賛否



 その文面をSNSアカウントに投稿し、祈るようにスマートフォンを握り締める界人。


 この叫びが、訴えが、多くのファンたちの目に届きますようにと祈りを捧げている彼の手の中で、スマートフォンがぶるりと振動を見せた。

 それがなんらかの通知が届いたという証であることを理解している界人は、おそるおそる自分に寄せられた声を確認していく。


【まあ、当然だわな。転売品に手を出すってことは転売ヤーの養分になりに行ってるってことだし、自制しなきゃ駄目だろ】

【言ってることは正しいけど、欲しかった物を手に入れた人が言っても……って感情も少なからず生まれる】

【よく言ったぞ、ニキ! 俺はPマンニキの意見を支持するからな~!!】

【そりゃ、くるめいガチ勢のニキからすれば嬉しい内容だろうけど、事務所側が男女CPを売りとして押し出すのはファンに対する義理としてどうなんだって感じせん?】


 投稿から僅か数分しか経っていないはずだが、それにしては随分と多い数のコメントが寄せられていることに驚きながら、界人はその声の1つ1つに目を通していった。


 大半は転売に対して声を上げた界人ことPマンに対する賞賛と同意の声ではあるが、同時にその訴えに対して反感のようなものを抱いた者たちからの抗議めいた声も寄せられている。

 炎上……とまではいかないが、やや荒れ気味になっている自分のコメントから続くツリー欄を見ていた界人は、自身の判断が正しかったのかどうかに自信が持てなくなってきていた。


(これで本当に良かったんだろうか……? 火に油を注いで、転売ヤーの炎上商法に手を貸しただけだったんじゃないのか……?)


 一介のファンという立場でしかない自分の意見など、大した意味をなさない可能性の方が高い。

 むしろ逆に自分の意見に反感を抱いた人たちがそれをSNS上で呟くことで炎上が加速し、転売ヤーたちの情報が多くの人たちの目に届くだけなのでは……という疑念を抱いた界人が迷いと共に俯く。


 注意喚起は必要だが、中途半端な位置にいる自分が声を上げるべきではなかったのではなかろうか?

 ここは素直に【CRE8】の声明を待ってからそれを引用する形で声を上げた方が無難だったのでは……という後悔を抱えていた界人であったが、その目に新たな通知の情報が映る。


「はっ……!?」


 界人の目に映ったのは、推しであり誰よりも愛するVtuberである蛇道枢の名前。

 再推しである枢が、自分の呟きを引用しているとの通知を目にした界人が大慌てでその欄をタップしてみれば、枢からの感謝が込められた投稿が画面に表示される。


【事務所とか所属タレントが言わなきゃいけないことを代わりに言わせることになって、本当に申し訳ない。改めて、転売されてるグッズには手を出さないでくれ。CRE8だけじゃなく、コミフェスに参加してるサークル、企業全体が被害に遭ってるから、次の被害を防ぐためにもここはぐっと堪えてほしいんだ】


「く、枢……!!」


 自分が担うべき役目を代わりに任せてしまったことへの謝罪と、その裏に込められた感謝の気持ちを感じ取った界人が声を震わせながら呟く。

 一介のファンである自分の呟きに推しが反応してくれたこともそうだが、自身の意見を肯定してもらえたことへの喜びに界人が感激している内にも、続々と彼のコメントを肯定する声が上がっていた。


【沢山の人たちに悲しい思いをさせちゃってごめんなさい。でも、絶対に転売されてるグッズには手を出さないでください。誰のためにもなりませんから】


【私のおっぱいマウスパッドは再販決まってるから、そっちが欲しい人はちょっとだけ我慢してほしいさ~! お願いだよ~!!】


【グッズの転売はなあ! 誰も幸せにならないから手を出しちゃ駄目なんだよ!! 手を出すなよ、LOVE♡FAN!!】


【転売……あんまりいい話は聞いてなかったですけど、こうして巻き込まれてみると嫌だなって思いますね。事務所の皆さんも頑張ってますから、買ったりしないでください】


 順に、芽衣、たらば、愛鈴、リアのコメント。2期生たち全員が転売を否定するコメントを投稿したことで、【CRE8】ファンたちの注目もそちらへと移ったようだ。

 界人から離れた彼らはそのまま転売はよくないと2期生たちの意見に同調し、反感めいたコメントを送る者の姿は見受けられなくなった。


 結果として、特に界人がなにかをせずとも治まった話ではあったが……それでも、騒動が落ち着きつつあることを見て取ったファンたちの中には、先んじて声を上げた界人ことPマンへの賞賛の声が寄せられている。

 【よくやった】や【それでこそ枢リスナー代表だ】などといった褒め言葉をもらい、枢本人からも反応してもらえたという喜びに心を躍らせる界人であったが……しかし、根本的な解決には至っていないことを思い出し、一気に表情を曇らせた。


「どうしようもないよな、転売は……」


 自分たちの力では対策のしようがないという意味と、本当にしょうもないことであるという2重の意味を込めた言葉を呟いた後、本日の戦利品であるくるめいスペシャルセットへと視線を向ける界人。

 本当にこの商品を望む人たちの下にグッズが届いてほしかったなと、転売の被害に苦しむ多くのファンたちや企業へと思いを馳せた彼は、大きくため息を吐くとともにSNSの巡回を終了し、明日の仕事に備えて夜の支度を始めるのであった。

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