第38話 信じる者は救われる

「はっ」

 意識を取り戻した叶田は周りを見る。誰もいない。

「はぁ……またあの年中暇であろうカフェ店員ごときにやられるとは……面目ない」

 叶田は長い溜息を吐き、通信機を発動させた。


『やあ、叶田くん。調子はどうだい』

「どうせ観ていらしたんでしょう、もう最悪ですよ……ですが緘人さんの指示通り、子供に発信機を取り付けておきました」

『ふふ、上出来だよ』

 緘人の何を考えているか分からない微笑みが声だけで伝わり、叶田は味方ながら少し身震いする。

『ここから先が本番だ』


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ 


「なんで僕を助けた」


『喫茶びたー』に連れられると、木騎が作ったふわふわのオムライスを目の前に置かれた。空腹をより一層刺激される香りに欲が負け、飲み込むように一瞬にして皿を平らげた後、我に返ったユニオットが放った第一声がそれだった。


 迂闊うかつにもオムライスを食べてしまったが、まだ信用したわけではない。

 いつでも戦闘を覚悟することを自分に云い聞かせる。

 口元のケチャップをふき取りながら、警戒を解くことなくビター社員を交互に見つめた。


「光警に君を引き渡す」

「なっ」

 ユニオットは京也の淡々とした声に振り向いた。

「というのが最初の計画だったんだけどね、どうやら少し考え直した方がいいかもしれない」

「……」

 さっきまでスプーンを握っていた手に汗がにじむのを感じる。

「光警は君のことを『最重要指名手配犯』と呼んだ―――しかしその左胸の徽章バッジは、まるで反対を意味する」

 ユニオットの襟に着けられた徽章は、彼のひどく疲弊した服の中で唯一黄金の輝きを保っていた。

「君はA-2の一員なのかい?」藤色の瞳がユニオットを真っすぐみつめる。

「A-2って、あの政府高官が形成したっつう秘密組織か⁉」木騎が驚きの声を発する。「あの噂は本当だったのか」

「……そうだ」

 居心地の悪そうに頷くユニオットの向かいに、京也は腰かけた。

「だとしたら、このまま光警に引き渡せば君は永遠とつまらない尋問にさらされるだけだね」

「な、お前まさか……」静雫が京也の意図することに感づく。

「そこで提案なんだけど、僕たちの仲間にならないかい?」

「え?」

 あたかも名案を告げたかのような表情の京也と唖然とした表情を浮かべたユニオットは見つめ合う。

「もちろん選択は君の自由だ。だけど、かの秘密組織が異能者の多いこの地へ一人だけ派遣するとは思えないな。双方の見張りも兼ねて、戦力となる人物を二人以上は送っているはずだ。つまり、君の仲間はまだルゥドに囚われているんじゃないのかい?」

「……!」

 拘束されたレインの姿がユニオットの脳裏に浮かんだ。

「その反応からすると、当たっているね」京也は微笑み、ユニオットは京也を睨み返す。

「あんたたちは警察じゃないのか……指名手配犯に手を貸すなんて、そんなことがバレたらどうするんだ」

「そうねぇ」カウンター脇に居たマスターは口を開いた。「坊や、私たちはあくまでも光警とは独立した組織なの。つまり、自分たちが正しいと思ったことを信じて行動する。押し付けられた正義なんて、くそくらえよ」

 ユニオットはその意外な言葉を理解しきれずにいたが、続いて木騎がその後ろから笑って云う。

「ハハハ、さすがマスター。その通りだ!お前さんの組織は怪しいが、ルゥドあいつらに囚われちまった仲間がいるんだろ?そりゃ放っておけねーな」そして静雫の肩を叩き、な?と云う。

「まぁ僕はどっちでもいいんだけど……ルゥドがおっかないのは事実だし。仲間には同情しなくもないな」

 夏目に目を向けると、ただ静かにこくりと頷いた。


 ―――本気で云っているのだろうか。

 明らかな戸惑いと共に、何故か信じる気になっている自分にユニオットは驚いた。

 しかしレインを助けるとしたら……奴ら相手に、独りでは到底敵わない。

 凍えるような銀色の瞳を持った青年との会話がよみがえり、無意識に顔が強張る。


「奴らは……何者なんだ」

「ルゥドのことか」木騎が云う。「まあ、この街の闇を取りまとめている親玉みたいなもんだ」

「でも彼らとは今休戦協定を結んでいるから、何かと動きやすいよ」と京也が付け加える。

「それ効力無いんじゃないか……普通に攻撃されたが」夏目は黒弾を容赦なく投げつけてきた叶田の姿を思い出す。

「あれ云ってなかったっけ。互いの縄張りに入った場合は無効になるんだ。つまり夏目が潜入した場所は、ルゥドの本拠地だから対象外だよ」

「……」

「え、じゃあここも危ないってことか!」静雫が驚きの声を上げる。「ど、どうすんだよ」

「私が昔アジト代わりに使っていた場所があるから、そこに移動すれば大丈夫よ」

「アジトって……マスターって昔、何者だったんだ」

「決まりだね。というわけで、夏目。此処にとどまるのも危険だし、先にマスターたちを安全な場所へ移動させてくれ」と京也は立ち上がり、扉へ向かった。

「分かった。お前はどこに行くんだ」

「ちょっと寄りたいところがあるんだ。すぐ戻るよ」


 木騎は京也が去る姿を見て苦笑いした。

「あいつの『すぐ戻る』は時間かかるぞー」

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