第15話 警報パニック

 作戦を二人に伝え終えると、京也は椅子の背もたれに寄りかかった。

 高級玩具店の最上階に位置する控室では、京也が夏目たちのいる会場の様子を隠しカメラで見守り、その隣には加賀谷がそわそわと膝を揺らしていた。


「本当に大丈夫でしょうね。爆発が起こればワタシたちも……」

「心配ないですよ」と京也は微笑む。

「……しかしアナタはどうしてそこまでして、この一件に関わるのですか」

 加賀谷は誰がいるわけでもないのに、声をひそめ、そしてわざとらしく笑う。「まさか正義のためという訳でもないでしょう」

「ええ」京也はモニターに目を向けたまま云った。「正直、僕にとってこの爆発を阻止することは、目的を果たすための手段に過ぎません」

 冷たく響くその声に加賀谷は少し震えた。

「目的?」

「僕はただ、母親が殺された理由が知りたいだけです」

 その言葉はどこか独り言のようで、その瞳はなにか別のものをみているようだった。

 予想しなかった返答に加賀谷は黙り込む。京也の横顔が冗談を云っているようにはとても見えなかった。 


 そこで沈黙を破るかのように、目の前のモニターが点滅する。

 銀髪のはみ出た帽子を被った青年が隠しカメラに向かって、にかっと笑みを浮かべてピースサインを送る姿が映し出された。

「相変わらず目立つ格好だな」

 張り詰めた空気が和らぎ、ふっと笑みを浮かべると京也はインカムに向かって云う。

「準備は整った」


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ 


 ステージ上で当選者の発表が終わり、続く新作のぬいぐるみの発表会が行われる中、一人の男が客席を離れてシンとした廊下に出ていった。


 興奮を抑えるように胸を掴みながら歩くが、その手が小刻みに震えている。

「遂にこの日が……!」

 あれから数年、ずっとこの日のことだけを考えてきた。

 如何いかにしてあいつから大切なものを奪い、同じ感覚を味わせられるか。

 我々をあざむき、仲間と組織を消滅させたあの悪魔デビルに―――


 あいつがその場所にいることはこの目で確かめた。遂にこの時が来たんだ。



幕開けだ。


 男は裏口へと通じる扉を開き、床に横たわる警備員たちの前を通る。たどり着いた管理室の扉を開くと、そこには大きなモニターがステージの様子を映し出していた。

「司令塔、もう間もなくです」

 モニターをチェックしていた女性が云う。司令塔と呼ばれた男は、袖をまくりながら頷いた。その腕には針葉樹の葉の模様エンブレムが素肌に施されている。

「これでやっと……先に逝った仲間も報われるな」


 モニターに映し出されたステージの上には、ダウンコートを着た長髪の男性が上がった。


 ―――いよいよだ。あいつもきっとこれで目を覚ます。

 ポケットに隠し持っていた起爆装置を手に取る。

 興奮で震える太い親指を当てたまま、その瞬間を待つ。


 ステージに上がった長髪の男性は布で覆われた机の横に立ち、マイクを口元に近づけた。


 お前の目の前で、大勢の客が吹き飛ぶ。どんな顔をするだろうな?


 司会の女性が相変わらず感情のみえない笑みを浮かべたままマイクを口に近づけた。


『それでは、新作を発表致します。3,2―――』

「1」

 指に力を入れる。カチッと音がした。


 ―――だが予想していた爆音はおろか、静まり返った空気の中で聞こえるのは自分の激しさを増した鼓動の音だけだった。


 モニターに映る長髪の男性は新作製品を覆っていた布を手に持ち、その説明を始めていた。

「……どうなっている。なぜ爆発しない」

 確かな手応えを感じたボタンを再度押すが、なんの反応もない。

「わ、分かりません。システムの反応に支障があるようで―――何者かに通信妨害された可能性が」

 記号の連なるスクリーンのパソコンに向かい合った男が一生懸命キーを打ち込むも、反応しない。

「ダメです……ハッキングによる妨害でシステムがバグの連鎖を起こしています……これでは解除できません!」

「なん…だと?一体誰が…」

 歯を食いしばって怒りを鎮めようとするが、モニターには長髪の男性がステージから離れ始めていた。焦りがこみ上げる。そして画面から消える間際―――隠されているはずのカメラに向かってふっと笑ったように見えた。


 それを目にした途端、男は体中の血管が憤怒の熱で膨れ上がるのを感じる。

悪魔デビルめ……っ!!」

 舌打ちとともに起爆装置を床に叩きつけ、扉に向かう。

「司令塔!」

「こうなったら直接商品を投げ飛ばしてその衝撃で爆発させるしかない。この命もろとも焼き尽くしてくれる!」


 しかし突然、頭上から頭痛するような高い耳鳴りがして、立ち止まる。

 いや、これは……

 パニックになった客が廊下を駆けていき、行く手を阻まれる。

 警報器が作動したのか……?莫迦な―――


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ 


「いいぞいいぞーー!もっとけむらせろーー!!あっははは、楽しいね!」

 無毒性のガスをそこら中にばら撒くよう部下に指示する銀髪の青年と、その横に控えめに立つ少女がいた。

「緘人さん、あの、少しやりすぎでは……」

「いーのいーの、祭りはこのくらいに派手にやらないと。お、いいねそこのカラス!」

 客に紛れていたマコトも奥で参戦し、彼女の創り出した幻想のカラスがそこらじゅうに暴れ煙を広めている。煙を感知した警報器は鳴り続ける。

「ですが、これでは客がパニックに陥るかと」

「そこらへんは京也たちがなんとかしてくれるさ」


 ルゥドとビターは敵同士。だが、緘人がその名をいくらか親しみのようなものを込めて呼ぶのをすでに何度か耳にした。

 二人がどのような関係なのかが少し気になるが、幹部にそのような質問するのは失礼だろうか。そう思いつつ、コウは遠回しに触れてみる。

「……便利ですよね、思考を読む力」

「ん、何のこと?」

 とぼけているのか、私を試しているのだろうか。

「その京也と呼ばれる人、思考が読めると噂で聞きまして」

「あはっ、面白い噂だね。でも残念ながらそれは嘘だなあ」

「えっ」

 最近はデマが多くて困るなと緘人は笑った。

「あいつの能力は『思考を読む』じゃなくて、『心を読む』だ――触れた相手の感情が分かるらしい。だから相手が虚偽を述べているかいないかくらいは分かるけど、何を考えているかは自分で想像するしかない」


 ―――「実は僕、思考が読めるんだ」

 確かに彼はそう云ったはずだが、嘘だったのか。


「まぁ、その能力も便利っちゃ便利だけど」緘人は声色を少し変えて云う。「知りたくもない感情まで読めちゃうのは大変だ」

 そう口にした緘人は、何故か自分が少し傷つけられたような苦笑いを浮かべていた。

 コウはそれにどう応えていいか分からず、口を閉ざし俯く。


 確かに、ある程度の嘘をつける思考とは違い、心は常に正直だ。愛情、好奇、嫌悪、憎しみ。人は様々な感情を頭で対処しようとする。

 だけど結局人の心は自由で、素直で―――時に残酷なものだ。

 コウがビターに人質にされたあの日。真意を確かめるために自分に触れたとき、彼はどのような感情を読み取っただろうか。


「おっと、僕はそろそろボスを迎えにいかないと」

 思いふけるコウを現実に戻したのは、いつもの調子で明るい口調の緘人だった。

 あとはよろしく頼むよ、と云いながらコウにボロボロになった団扇うちわを差し出す。

「任せください」コウはそれを受け取った。

「……あれ、それは」

「え?」

 緘人の視線がコウの手首に向けられていた。プラスチック製の光るボタンが翡翠色の腕輪に繋がれている。

「あ、これは先日マコトさんのカラスが渡してくれて……」

「ははーん。どうりで見つからないわけだ」

 緘人は納得のいったように頷いた。「まぁ、未完成のままでもいっか。いいよ、君が持っていて」

 不思議そうな顔をするコウに緘人は微笑み、煙の中に消えていった。

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