第5話 ケバケバ・モグリア・アッ・ナッコフィッチ
街は4方の壁に阻まれ、俺たちの目の前に門番が立ち塞がっている。
壁自体はそんなに高くはなく、あまり圧迫感は感じない。
例えるなら、『始まりの街』と言ったところだろうか…
いよいよ始まる冒険の始まりに、はやる気持を抑えつつ、俺は雪に声をかけた。
『さぁーて、雪よ。もうそろそろ俺に変わってくれても良いんじゃないか?』
「だめだ。お前に変わるとすぐに問題行動を起こす」
こいつ…見知らぬ人に突然殴りかかった口で何を言っているんだ…
そんなことを思いながら俺たちは、街の門を潜った。
門番には雪が独り言を言っているように見えたようで、少し怪訝な表情をされたのは、ここには書かないことにしよう。
♣︎
『雪ー!俺に主導権をよこせ!均等に変わっていくって約束だったじゃねぇか!』
「ギャーギャーうるさいクソ兄貴」
うるさそうに耳を塞いでいる雪に、それは無駄だと言わんばかりに俺もギャーギャー叫ぶ。
よくアニメで見る中世ヨーロッパのような街並みに、獣人とか、亜人とか言われる種族や、我々誇り高き人間もまるで友人感覚で通り過ぎるこの街に、なんか知らんが感動を覚えた。
だが、そんなことはどうでもいい。
『あー!!おーれーに主導権をーわーたーせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!クソビッチの妹がぁぁぁぁぁ…!さっさと変われぇ…恨むぞぉぉぉ…』
「うるせぇ誰がビッチだ。くそ…精神から声が聞こえるから耳を塞いでも意味がない…」
雪は嘆く。嘆いて嘆いて、ついに諦めたように俺に主導権を無言で変わった。
「シャー!久々に変わった!もうお前には変わってやんないかんなー!」
俺は周りの目など気にすることなく、人のひしめく通路で高々と叫ぶ。
当然、1人で叫び出したかのように見える俺は、周りの人に懐疑的な目で見られた。
『ちょ、お前…周りが見てるって…恥ずかしいだろ』
「正直言って俺は気持いいからもっと見てほしい」
『前世で、精神科の病院に連れて行った方がよかったかな?』
恥ずかしいとか言っておきながら、呑気なことを言う雪に、俺は感動の涙を流した。
………ああ、妹が何年かぶりに心配してくれている…
苦節3年…妹が、俺の服と自分の下着を一緒に洗うなと言われてから、初めて俺を心配してくれる声が聞こえた…
当然、人前で叫び出したり、めそめそと泣き出した俺たちが、ひそひそと噂話をされていたのは言うまでもない。
♣︎
そこから街を放浪し、腹も減ったのでナァロさんから貰った金で飯を食いに行こうと言う話になった。
『ここがいいな』
雪が選んだのは日本のファミレスを思い出させるような、気軽な雰囲気漂う店だ。
橙色の壁と、こじんまりとした感覚が俺たち庶民の心をくすぐる。
雪とも相性ぴったりな俺は、当然この店に入ることを決心した。(ほんとはもっと高いとこ行きたかった)
「まぁ、俺もここでいいかな。異世界名物、ゲデモノ料理にチャレンジしてみようぜ。ていうか、味覚はこのままでも共有されるのかな?」
『共有されるんなら、ゲデモノは勘弁してくれよ…』
何を言うか…ゲデモノは異世界名物ではないか…どんなに不味くても、こういうのは好奇心というものがそそられるではないか…
それが例え不味かったとしても…!打ちどころが悪くて死んだとしても…!俺は絶対に食う!
この溢れんばかりの好奇心を押さえつけることなどできないのだ。
「よーし、まず俺が毒見してやるから行くぞー!」
俺はそう言って、レストランの扉を開けた。
『や、止めろぉ…お前だけでも何かを食うのは理解できない…』
雪が小声で止めようとするが、俺はもう止まれない。
俺はその言葉を無視して、扉の先へと足を伸ばした____
♣︎
俺はメニュー表を見ながら思案するように手を顎に当てた。
「なぁ、雪。なんで俺は普通に日本語以外の言語が読めるんだ?俺は自慢じゃないが、日本語もほとんどまともに読めないが、これは理解できるんだが…」
『ナァロさんが言ってたろ?言語はこの世界に来た時点で習得できるように設定したって』
はて、俺はその時眠っていたから全く聞いていなかった。
とにかく、猿以下の脳でも無理矢理、理解できるというのは、ずいぶん便利なものだ。
「んじゃ、この『ケバケバ・モグリア・アッ・ナッコフィッチ』ってやつをお願いします」
『なんだそのいかにもキワモノそうな名前…!ちょ、まじでお前これ頼んだの!?名前でどんな料理がくるかも想像つかないんですけど…ちょ、お前待てまじてふざけんな』
うるさいと心の中で思いつつ、俺はメニュー表に載っている写真を雪に見えるようにした。
ケバケバ・モグリア・アッ・ナッコフィッチ。
それは日本で言う、エッグタルトに、蟹の足をぶち込んだ上に、なんだか具合の悪そうな色のクッキーを乗っけた料理である。
クッキーの色がそう見せているのか、なんだか不穏なオーラが渦巻いているような料理に、俺は一目惚れして気づけば注文をしていた。
『いいか?私はぜーったいに食わないからな!食うのはお前だからな?どんなに不味くても私に押し付けるなよ!?』
「はいはい、分かったよ」
『それ絶対わかってないだろ。なにちょっと仕方ない風なんだよふざけ____』
数分後……
俺のカウンター席の前に、例の料理が運ばれた。
「うん、不味そうだな」
自分で注文したのにも関わらず、俺から出たのは最低の言葉だった。
『だったら注文するんじゃねぇよ…うぇっ…』
プレートの上に載っているのは、写真で見た通りドリアに蟹の足を突っ込んで紫色のクッキー(?)が至る所に散りばめられた、ケバケバ・モグリア・アッ・ナッコフィッチ…
俺は、緊張した面持ちで、それを一口すくって口の中に放り込んだ。
「うん…うん…なんだこれ?」
妙にもきゅもきゅした食感に、クッキーの味なのか、サクサク食感。色々混ぜすぎて、これは集合体というより1つの新たな食材のような感覚がした。
不味くはない。不味くはないんだが、なんだか拍子抜けしたような味である。
「点数にして、−30点だな」
俺はそんな辛口レビューを残し、静かにフェードアウトを決め込み、雪に主導権を渡した。
『雪ー!ちゃんと残さず食えよ!?食べ物を粗末にする者は、早死にするって言うからな!』
「待て…お前の−30点とか、静かに変わったと言うのもいい、不安要素しかないんだが!?」
『……まぁ、なんだ。俺はお前の生還を祈っているぞ…』
「ふざけんなぁぁぁぁ!」
…特に不味かったわけではないから、別に俺がくっても良いのだが、せっかくなので俺の可愛い妹に嫌がらせを仕掛けてやることにした。
案の定、雪は慌てた様子でスプーンを握った。
ガチャガチャと体を揺らしながら、慎重に口まで運んでいく。
雪はごくりと息を呑み、口に放り込んだ!
「………」
『………』
しばらくの沈黙の後、雪は口を開いた。
「なんだ、結構うまいじゃん…」
『!?!?』
思わぬ返答に俺はしばらく、人格から声を出すのも忘れていたと言う…
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