あなたが空しく生きた今日は、昨日死んでいった人が生きたいと心から願った明日なんだよ、と担任に言われた。

 その人が泣きながら死んだ今日は、僕が必死に自殺を試みて失敗した昨日だと、声に出さず返した。

 生とは不平等で残酷だ。しかし死も無差別で苛烈である。どちらも辛くて苦しいのだから、他人と昨日だの今日だのと比べる暇があるのなら、自分をどうやって騙すか考えた方が有意義だろう。死ぬにしても、生きるにしても、誤魔化しが必要不可欠である。

 でないと、とても耐えられない。

「随分考えているようだけどさ」

 声と共に、ずい、と僕の視線を遮って女性の顔が現れた。笑っているが不機嫌なことが伝わってくる。随分と表現力の高い顔面をしているなと感心した。彼女と同じクラスであることを誇りに思う。顔を動かすコツを是非教えてほしい。

「提出期限、今日までなんだよね」

「知ってるよ」

 彼女に向けていた視線を、先ほどまで見ていた紙に戻す。クリアファイルで丁重に保管して、渡された時のままをキープしていたので、折り目や汚れは全くない。買ったばかりのワイシャツと同じくらい綺麗な用紙だ。当然、埋めるべき空欄には何も書いていない。

「全員が進路希望調査を出してくれないと、クラス委員である私が帰れないの」

「それはご愁傷様。同情するよ」

 足を踏まれた。痛い。痛くてアイデアが飛んでしまった。

「いや、書こうにも中々思いつかなくて困っているんだよね」

「そんなのテキトーに書けばいいじゃん。近場の大学から順番に並べるのじゃダメなの?」

「いやいや、こういうのには真剣に取り組まないと」

 もちろん嘘である。真剣に取り組んでいるのなら、そもそも余裕を持った提出をしているはずだ。しかし、この状況は僕なりに真面目な姿勢で取り組んだ結果であると、強く言いたい。

 僕には夢がない。持とうとも思わない。明日に希望を持ったら、死ねない理由が増えてしまうから。それはとても厄介かつ憂鬱なことで、これ以上生きがいを増やしたら正気を保てる自信がない。みんなの思いやりや感謝や優しさを踏みにじるだけで精一杯なのだから、自分で自分の首を絞めるような真似はしたくない。

 まあ、僕は三日に一度、真似ではなく本当に首を絞めているのだけれど。

 僕の趣味は自殺である。いや別に、悲しい過去とか、いじめとか、ぼんやりとした不安などはない。普通の家庭に産まれて、普通に育って、普通に学校生活を送っている。特別仲の良い友人や恋人などは居ないが、誰かと敵対した記憶もない。

 故に、僕は死ぬべきなのだ。生きている理由がないというのは、今まで歴史を築き上げて希望を繋いできた人類に対して最大の侮辱だろう。死ぬ根拠として十分である。しかし、理由なく生きている以上の迷惑をかけて死ぬとなると、また話は変わってくる。飛び降りだとか、飛び込みだとか、放火だとか色々あるけれど、それはいささか、今を生きている人々に失礼ではないだろうか。

 要するに、良品に影響を与えず欠陥品を弾くのは、思っているよりも難しいよね、というだけの話である。

「君って変なところ拘り強いよね」

「真面目だからね」

 なら早く書きなさいよ、と言われて何も言い返せなくなった。

 これ以上嘘はつきたくないが、素直に自殺なんて書こうものなら、周りにとんでもない迷惑をかけることになる。それは中学生の頃に経験済みだ。

 けれど進学や就職と書いたら書いたで、やりもしない試験や面接に向けての対策を僕なんかのためだけに用意される。

 それは僕にとって、そのまま潰れてしまいたいくらいに、荷が重い。

 まあ、すでに目の前にいるクラス委員へ多大なる迷惑をかけているのだけれど。

「ねえ、クラス委員さん」

 なによ、と面倒だなという態度を一切隠さない返事を聞いて、なぜだか僕は笑いたくなった。別に面白いわけでない。

「どうすれば、他人に迷惑をかけないかな?」

「知らないわよ。まあ、提出物はさっさと出すべきだとは思う」

「激しく同意する」

 僕を睨みながら、クラス委員は嘆息混じりに言葉を続けた。

「生きているだけで誰かと関わらざるを得ない社会が嫌なら、タイムマシンでも作ってカンブリア紀にでも行きなさいよ」

 なるほど、その手があったか。

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