第79話 新年度

 年末ライブからあっという間に三か月が経った。あの時に決まった方針通り、メジャーデビューを目指して五人で新曲のレコーディングやMVの撮影に取り組んでいる。


 年末ライブで披露した二つの新曲はあっという間にサクシの顔となるほどSNSでバズっていた。


 自作曲の一曲目からこれなので、永久は味を占めて作曲に力を入れるようになった。永久と奏が競うように曲作りに励むため、僕達もやる事が多くて大変だがやり甲斐に満ち溢れている。


 永久とは一切気まずくはならなかった。永久の方がこれまでと全く変わらない感じなので僕もやりやすかったのが大きい。永久もまたガハハと笑うようになったので本当に吹っ切れたのだろう。


 僕と奏の関係を認めるかどうかについては、永久の男泣き、もとい女泣きによって流れてしまった。


 僕と奏が、お互いに好意を持っていることはなんとなく本人も周囲も察した訳だが、友達以上恋人未満という付かず離れずな距離感を保っている。


 奏の要望もあるし、他のメンバーへの配慮もあるので僕と奏の関係はほとんど変わっていない。唯一変わったのは、奏が毎朝の登校時に僕を迎えに来るようになった事くらいだ。




「奏吾ぉ! 奏ちゃんが迎えに来たわよ。早く降りてきなさい!」


 階下から母さんの声がする。昨日も遅くまで練習をしていたので、まだ眠い。急いで着替えを済ませて一階に降りようとダッシュすると、部屋の前で奏と鉢合わせた。


「おっす! 今日も……寝癖すごいね。それだけ直しておいでよ」


 奏に寝起きを見られてしまった。別に初めてではないのだけど、なんだか恥ずかしい。


 後ろから奏に髪の毛を押さえつけられながら階段を降り、洗面台に向かう。髪の毛を濡らしてドライヤーをかけるといつも通りの頭になった。


 鏡越しに奏が見てくるのだが、どこか不満気だ。


「今日から新年度なんだよ。二年生になるんだし、初日くらいカチッとしてこうよ」


 奏はニヤニヤ顔でそう言うと、後ろから洗面台に手を伸ばして整髪料を手に取り、自分の手のひらで伸ばし始めた。


 何をするのかは分かるが最後の抵抗の意味で鏡を背に振り返り、棒立ちになる。手が届かないようで、屈めとジェスチャーで指示を受けたので、素直に屈む。


 奏が僕の頭をワシャワシャと触り始めた。ところどころ髪の毛に指が引っかかって、大事な髪の毛がちぎれる感覚がある。


「はい! 完了!」


 背筋を伸ばして鏡を振り向くと、格好良くセットされていた。何かイタズラを仕掛てくると思ったので少し驚いた。


「普通だね……」


「そりゃね。初日からアイツヤバいって思われたら終わりだよ。この一年の生活が決まる日と言っても過言ではないのだよ。新年度は一歩踏み出す! いい目標でしょ?」


 既に女装好きの変態ベーシストとして校内では噂が広まっている。今更好転しようもない。勝手に意識の高い目標を設定されてしまった。


 奏と二人で家を出て、隣り合って歩きながら学校に向かう。


「二年生かぁ。クラス分け、どうなるんだろうね」


 新年度一日目のクラス分けを知る前の緊張感。これを味わえるのは今日と来年の二回だけとなった。そんなに大したことでもないのかもしれないが、少し寂しさはある。


「本当にね。これで別々のクラスになったら悲しいなぁ」


「実は私、もう知ってるんだよね。知りたい?」


 奏が八重歯をむき出しにして笑う。その顔はもう同じクラスだと言いたげなのだが、一応話を合わせて頷く。


「同じだよ! また一組! 彩音もいるんだ」


「良かったね。また三人でお昼ごはん食べられるね」


「本当にね! 彩音がいないと退屈なんだよね。良かった良かった」


 奏が唇を尖らせながら呟く。


「僕がいるじゃん……」


「ま、二年になってもずっと文化祭ジンクスでイジられるのもあれだしね。程々な感じは継続ということで」


 文化祭のミスコン優勝ジンクスと林間学校での一件で、クラスではやたらと僕と奏のカップルいじりが流行ってしまった。


 あまりイジられ続けるのも面倒なので、学校では少しだけ距離を置いているのだ。休み時間は話すしお昼も一緒に食べるけれど、四六時中ベッタリという感じではないように振る舞っている。


「そういえば、同じクラスに転入生も来るんだってさ。本田さんって人らしいよ」


「女の子なんだ。というかやけに詳しいね」


「まぁ、優等生ですからね。春休みに練習で学校に行った時、先生にちょっと聞いたら教えてくれたんだ」


 優等生だからネタバラシはしないだろう、という謎の信頼感があるのだろう。林間学校の一件なんて先生もすっかり忘れているようだ。


「あ、もう着いちゃうね。じゃ、ここで」


「うん。また教室でね」


 家の前から続く路地はあっという間に大通りに合流する。区画整理をやり直してもう少し路地を伸ばして欲しいくらいだ。


 とにかく、大通りに出たら僕と奏は他人。精々、顔見知りのクラスメイトだ。カップルいじりも面倒なのでバラバラに登校する。


 お互いにそこそこ仲良しなクラスメイトという覆面をかぶり、奏を先導にして少し距離を開けて大通りを歩く。


 だが、奏は新年度初日だからなのか、少し気が緩んでいるみたいだ。少し歩いたところで笑顔を振りまきながら振り向いてきた。


 振り向くなり僕に向かって手を振ってくる。


「好きだよ! 奏吾くん!」


 周りの通勤している人を一切気にせず、大通りの少し先から奏が叫んできた。初日から奏は『一歩踏み出す』という目標を達成してしまった。


 奇しくもその言葉は、林間学校で奏と二人っきりになった時に出題されて分からなかった、四拍、一拍空けて五拍と同じリズムだった。




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お付き合い頂きありがとうございました。

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