第45話 残暑⑤

 彩音に良く突っかかっている二人の女子だ。名前は思い出せないけど会いたくない人に会ってしまった。


「えーっと……名前なんだっけ」


「えぇ! 一学期も終わったのにまだクラス全員の名前覚えてないの? ウケるね」


「そ……そうかな……」


 一学期の最初の方にオリエンテーションはあったけど、全員の名前と顔を覚えられなかった。女の子が多すぎたのと、数少ない男子で固まっていたので全員と話をしていないからだ。


 二人は改めて自己紹介してくれた。デコ出しロングヘアーの方が日山(ひやま)さん、ヘルメットの様なボブヘアの方が熊谷(くまがい)さんと言うらしい。二人共、夏休みなのになぜか制服を着ていて、お揃いのスクールリボンをつけている。


「なんで制服なの?」


「補修だったんだ。皆どんどん来なくなって、今日が最終日だったんだけど、ウチらしかいなくてホント笑ったわ」


 日山さんは恥ずかしげもなく補修だと言う。教室に二人しかいなかった事を思い出したのか、日山さんと熊谷さんで顔を見合わせてケラケラと笑っている。


 補修には行くあたり二人共真面目らしい。それなら彩音に絡まず平和に過ごしてほしいものだと思う。


「それで、二人はいつから付き合ってんの? 学校では隠してた感じ?」


 熊谷さんが聞いてくる。


「いや、付き合ってるとかじゃなくて……かな……和泉さんと三人で遊んだ帰りなんだ」


「あ、そうなんだ。じゃあそんなの放っといてウチらと遊ぼうよ」


 熊谷さんはそう言うと僕の右側に来る。


「そうそう。海斗と蓮も呼んで遊ぼうよ」


 日山さんが左側に来る。彩音がいない者のように、わざとぶつかっている。


 なぜこの二人はこんなに彩音に絡むのだろう。バンド内では少し当たりは強いけど、学校では人畜無害な人だと思うのだが。


 二人は海斗や蓮と仲がいいらしい。トワイライトにいた時この人達は見たことがなかったので、多分僕は遊ぶ時に呼ばれてなかったのだろう。


 その界隈とは正直距離を置きたいので行く気が失せていく。二人の彩音への絡み方が不快だったので元々行く気はゼロだったけど。


 別にこの二人も彩音への当て付けなだけで、僕じゃない人でも彩音の隣にいれば誘うのだろうし、なんというか薄っぺらい人達だと思う。


 そんな訳で二人を振り払って彩音の横に移動する。


「彩音と遊んでる方が百倍楽しいから行かないよ。それじゃ」


 彩音の手を引いて二人の前から立ち去る。彩音の体からは力が抜けており、多少強めに引っ張らないと体が動かなくなっていた。


 スクールカーストなんて意識したことは無かったけれど、いかにも上位に位置していそうな二人に喧嘩を売ってしまった。


 僕も彩音と一緒にターゲットになるのだろうか。男子に比べて女子のいじめは陰湿そうだけどどうなるのだろう。奏はそれでも僕達と一緒にいてくれるだろうか。二学期の始まりが憂鬱になる要因が増えてしまった。


 そんなことを考えていると力が強くなっていたらしい。強引に彩音が腕を振り払ってくる。人通りの多い歩道を避けて雑居ビルの入り口で立ち止まる。


「痛いんだけど。もういいでしょ」


「あ……ごめん」


「別に怒ってないから。一応、ありがと」


 彩音が素直に感謝してくるのは珍しい。


「腕、大丈夫?」


「大丈夫だけど、もっと心配する事があるでしょ」


「あの二人の事?」


「わっ……私と遊ぶ方が百倍楽しいって……」


 彩音がカーっと顔を赤くしている。


「あ、あれは弾みで言っただけで……」


「分かってるわよ! 楽しくなくて悪かったわね!」


 一気に彩音の目つきが厳しくなる。楽しくないとは言っていないのに、機嫌を損ねてしまったらしい。


「変な噂とか広まらないといいね……」


「私は噂が広まるなら奏吾でいいけどね」


 彩音の言ったことの真意が分からずに言葉に詰まる。顔が熱くなっていく。さっきの彩音よろしく顔が赤くなっているかもしれない。口をパクパクとさせていると、彩音はため息をついて頭を抱えた。


「アンタ……どこまでお花畑なのよ……男子の中で不人気だから余計な嫉妬とかされなくて済むって意味だから。変な勘違いしてんじゃないわよ、バカ」


 彩音の半開きの目とアンタ呼びは、完全に呆れている時の特徴だ。どうやら本当にそれだけの意味で他意はないようだ。


 冷静になって考えたら当たり前か、と気づく。彩音はつい数か月前まで別の人が好きだった上に、そんなすぐに心変わりするタイプとも思えない。


 それと、彩音の態度に戦々恐々としていて流していたが、僕は男子の中で不人気らしい。そういえば夏休みに入る前、誰からも予定を聞かれていないし遊びに誘われてもいない。サクシのツアーがあったのでどうせ断っていたけれど。


 奏にも陰キャ扱いされた事があるし、自覚していなかっただけで客観的に見るとモテない陰キャなのだろうか。そこまで自分では評価が低くなかったので少し落ち込んでしまう。


「彩音……僕って陰キャなのかな……」


「え、ちょっとそんなに落ち込まないでよ。そこまで酷くないから。物好きは好きなタイプだと思うわよ。蓼食う虫も好き好きって言うじゃない。ほ……ほら。ベーシストって人気ないし目立たないし癖が強い人が多いけど、コアなファンが付きがちじゃない? 奏吾にもそういう人がいずれ現れるから。ね、元気出して?」


 彩音のフォローが僕の傷口に塩のように塗りたくられていくのを感じながら夏休みの終わりを名残惜しく思った。


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