第10話 合宿④
「おーい! 起きろー!」
永久が僕の顔をつついて起こしてくる。僕は練習部屋でベースに抱き着いて寝ていたみたいだ。腕に四本の線がクッキリと残っている。
体を起こすと、彩音はドラムセットにもたれかかるように寝ていた。千弦が懸命に起こそうとしているが中々しぶといみたいだ。確か、早朝まで練習を続けて、二人共ここで寝てしまったのだったかな。
「ベースに抱き着いて、『奏ぇ、奏ぇ』って言ってたよ」
永久が冗談とも本当ともつかない口調で言う。
「えぇ!? 本当ですか?」
そんなことを本人に聞かれていたらどんな顔をされるのか分からない。
「嘘だよ。まだ寝ぼけてるみたいだな」
永久が僕のおでこにデコピンを食らわせる。痛みによって眠りの世界から完全に戻って来ることができた。
時計を見ると、既に朝の集合時間になっていた。奏もキーボードの前に座ってセッティングを始めている。永久が渡してくれた朝食用のゼリーを飲み干し準備を始める。
練習は昼休憩を挟んで夕方まで続いた。昨晩の一件で僕と彩音の連携が良くなったのか、かなり完成まで近づいた。後は平日にスタジオで練習すれば本番を迎えられそうだ。
「いやー。昨日はどうなることかと思ったけど、今日のリズム隊は良かったな!」
永久が感心したように頷きながら話す。
「一体、昨晩何があったんでしょうね。こんな防音室に男女が二人……気になりますね」
名探偵千弦が僕と彩音を交互に見ながら推理を組み立てようとしている。
「千弦! 余計なことは言わなくていいから! 私と奏吾は何にもないからね!」
「おぉ。アイツから奏吾に昇格してるね。これは奏もうかうかしてらんないなぁ」
「え? なんで私が関係してくるの?」
永久は僕と彩音の間に何もない事を分かっていてこういうことを言っているのでたちが悪い。急に巻き込まれた奏もぽかんとした顔だ。
結局永久と千弦だけが面白がっている構図になった。意外と盛り上がらなかったので二人もさっさと片づけに戻っていった。
「奏吾。ドラムセット運ぶの手伝って。バスドラが重たくて」
彩音がドラムセットの方から呼んでくる。
「はいよ」
彩音と二人でバスドラムを持ち上げる。二人にしてはやけに軽いと思ったら、間に奏が入って来て一緒にバスドラムを持っていた。
「万が一の保険でね。私は自分の片づけ終わっちゃったし。それに二人だと筋肉への負担も大きいでしょ? 三人のほうが安全だよ」
聞いてもいないのに奏はペラペラと自分の存在意義について主張してくる。別に理由は何でもいいのだけど手伝ってくれるのはありがたい。奏がかなり手伝ってくれたので、僕はドラムの片づけはほとんど手伝わなくて済んだ。
車に荷物を積み込み、家に向かって出発する。運転はもちろん恭平だ。
昨日の事は皆の前では伏せているのか、いつもと変わらない様子だ。ユキの人格、というべきなのか、あの色気のある人格は皆の前でも出していないみたいだ。普段通りの男らしい話し方をしている。
「おし、じゃあ音楽かけようか」
永久の合図で、恭平がカーステレオから音楽を流し始める。本来は行きの道中でやることだったのだが皆寝ていてそれどころではなかった。各自が好きな音楽を持ち寄って教え合う企画だ。
サクシのメンバーで、僕以外は相互に分かり合っているけれど、僕はまだ参加して日が浅いので自己紹介も兼ねているらしい。
最初に流れたのは激しいロックナンバー。英詞なので海外のバンドだと思う。歪んだギターがギュインギュインと鳴っている。
「これは……永久?」
「正解! ここのフレーズ、電動ドリル使ってんだってさ。ヤバいよなぁアツいよなぁ」
永久が曲の間ひたすらこのバンドについて語ってくる。
何となく見た目通りというか、一番このメンバーの中でロックしているのは彼女だ。今日も練習が終わった後はスキニーの黒ジーンズに黒いシャツと全身黒コーデでキメていた。
次の曲は落ち着いた調子だ。ヒップホップとかに分類されるのだろうか。良くカバーされているので聞いたことがある。
「これは、千弦かな」
「おお、正解です。よくなくなくなくなくなくないですか?」
千弦も見た目とイメージが近い。大き目のパーカーとニット帽は普段でもマストアイテムらしい。いかにも都会にいるカジュアルな女子という感じだ。リズムに合わせて体をクネクネさせながら歌っている様子は、普段のサクシの曲と雰囲気が違うので新鮮だ。
音楽から誰の選んだ曲か当てるゲームもかなり楽しくなってきた。
次はアニメソングだ。電子音がピコピコとなっている。青春やら恋愛やらをひたすら早口で禁止している曲だ。何となく一人この状況が重なる人がいる。
「彩音だね」
「なんで分かるのよ。キモ……」
黒髪にツインテール、つるぺた、低身長とこれでもかと属性を詰め込んだ風貌をした彼女らしいチョイスだ。しましまのニーソックスなんて、今日日コスプレでしか着ないと思っていたのだが、彩音が履いているのを見たので考えを改めた。
次は昭和歌謡曲。この曲は知っている。『シルエットロマンス』。これは恭平のチョイスだった。ユキの妖艶な雰囲気は昭和歌謡とも通ずるものがある気がした。
その次はジャズトリオの曲だった。ピアノとベースとドラムだけなのだが、しっかりと迫力もありつつお洒落な雰囲気だ。水が流れていくようなピアノの旋律が美しい。
「消去法で奏かな」
「そうなんだけど、なんだか釈然としない決め方だね」
この中では一番話しているはずなのに、奏の人となりが良く分からないのだ。才色兼備というのはもちろんなのだが、それ以上の彼女の個性が分からない。
同年代に比べたら大人びているけれど、たまに子供っぽいところもある。頭がキレるようで、時たま天然なボケをかます。
相反しそうな二つの事柄が両立する不思議な人だと思う。
「ま、私がチョイスした曲ってジャンルがバラバラだからね。カメレオンみたいなものだよ」
自分があるようで自分がない。そういうメッセージなのかもしれない。基本的に自信家なのに、不安そうにしている時もある。色んな面が見えて、奏の素がどれなのか分からない。
携帯でバンド名を見せてくるが、北欧っぽい文字で読むことが出来なかった。
最後に流れたのはサクシの曲。これは僕のチョイスだ。
よくこれだけ好きなジャンルがバラバラな人が集まってサクシのような王道JPOPのバンドをやれていると感心する。所々に各自の趣味が反映されている気もするが、うまいこと奏が取り入れているのだろう。
「うはぁ。私たちの曲じゃん。やっぱいい曲だわ。奏って天才だよね」
「いやいや、照れますなぁ」
永久が褒めて奏が照れる。変に照れずに自分たちに自信を持っている姿がとてもかっこいいと思う。
もう一曲流れた。また昭和歌謡だ。
「ジュリーかよ。俺はこれ入れてないぞ」
恭平が首を傾げている。他の皆はぽかんとしている。
「あ、僕です」
サクシの曲ばかりだとつまらないので、一曲だけは好きな昔の曲を選んだのだ。
「趣味が合うな! 今度うちにおいでよ。色々話しながら音楽でも聴こうぜ」
誘いは嬉しいのだが、昨日の恭平の感じだと色々と警戒してしまう。
家に着くまで、バックミラー越しに恭平の熱い視線が僕に注がれているのを感じていた。
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