第121話「インターハイ」

 森下の泣き言を振り切って、試合会場の沖縄入りを果たした。


「なあ、俺緊張してきたんだけど、どうしたら良いかな」


 緊張でふるえて居るのは魁皇で、先輩で有る澤崎も武者震いだろっと茶化しては居るが、その澤崎自身も緊張していたのは手に取るように判った。


2人が緊張している理由も判る、それは予選リーグに優勝候補の神武館高校が居たからだ。

 予選は1位通過校のみが決勝トーナメントに進める仕組みだから、1敗することが致命傷に成りかねない。


「天井の染みでも数えてろよ」


 ホテルの部屋で馬鹿みたいなアドバイスを送っているのは、澤崎だ。


「聡志は緊張して無さそうだな」


 魁皇が話を私に振ってきた、県大会を優勝する事で推薦入試の最低限の責務は果たしたと言ってもいいだろう、これ以上の結果を求められても困る。


「そうでも無いけど、沖縄まで来られた事で安心してるのかも知れないね」

「聡志にそう言われると俺達の立つ瀬が無いな、また大将を任せる事になってしまったしな」


 全国大会のオーダーもはやり私が大将を務め、先鋒に鳥羽上を置くかなり攻めたオーダーに成っていた。

 先鋒だった魁皇は次鋒に下がり2人で2勝するのが勝利条件と成っている。

 今、目の前に居る澤崎が副将戦に出るが、県予選でも勝率が低い澤崎が副将戦で勝てる見込みは低い。


「初日は個人戦だけですからまだ気が楽ですけどね」


 個人戦に出場するのは、男子では私と達也の2人だけだ。


「女子は団体戦の予選リーグだから、初日から大変そうだ」

「聡志は川上さんの応援に行かないとな」

「薫は応援してくれないのか」

「行くよ、怖い事言うなよな、でも女子を応援してるとさ、マネージャーが怖くてさ」


 魁皇と尾張の関係性はどうなっているのだろうか、聞いてみたいがどんな答えが帰って来るか解らず、それこそ怖い。


「女子部の事は女子に任せるとして、問題は肥後に聡志が勝てるかって事なんだよな」

「去年まさか1年で個人戦を優勝するなんて思わなかったですよね」

「まったくだ、でも聡志ならって思わずには居られないんだよな」


 肥後巧、肥後剣人の弟で昨年のインターハイ個人戦の覇者、一般人で有る事は間違いないので、負ける事は無いだろう。


「それと後1勝を誰が上げられるかですね」

「神武館に穴らしい穴は無いからな、俺が決めたいと言いたい所だけど、まあ無理だよな」


 ホテルの部屋で暫く雑談していたが、集合が掛かってエントランスに降りていく、場所が無くて喫茶スペースで話を聞くことになった。


「個人戦のトーナメント表を貰って来た、鳥羽上と緒方は確認して、時間と会場を間違えないように」


 当然県大会の1位と2位は別の山に入るから、私と鳥羽上が当たるのは決勝以外あり得ない。


「肥後は俺の山みたいだな」

「そうですね」


 去年の覇者巧は鳥羽上と潰し合いになるようだ、正直に言えばどちらが来ても大差は無い。


「初日は鳥羽上と緒方の応援だな、時間が有れば女子部の応援にも行ってやれ。後、飯はここで食べる、もし鳥羽上と緒方が勝ち進んでいった場合には弁当になるが、会場に飲食スペースは無いので控室で食ってくれって話だ」


 会場には恵まれて居ないようだ、弁当はちゃんとした仕出しを取ってくれるようだし学校側も予算をケチって無い事は理解出来た。


「鳥羽上は順当に行くと3回戦で肥後と当たるな、そこさえ越えられればベスト8入は確実だな」


 肥後に勝てたら決勝まで行けるのではと思うが、肥後以外にも強敵が居るらしい。


「緒方の方は準々に入ってからの方がきつそうだ、大阪の梅田と福岡の古賀は勝ち進んで来るだろう」


 細かい注意が入って行ったが、今更そんな事を言われたって対応は難しいだろう、顧問の氏家もそれは判って居るようで、一通りの説明が終わると喫茶店で好きな物を食えと奢ってくれた。


 大会初日、私は午前中の試合は完勝して女子の予選リーグの試合を観戦していた、先鋒の千葉と次鋒の美奈子そして中堅の涼子で先行して勝つ布陣を敷いていて、予選リーグは難無く突破してしまった。


予選リーグが終わった時点で飯となる、控室は男女別なので私は鳥羽上と2人で昼食を食べるのだが、どうにも落ち着かない鳥羽上に影響され食べた気になれなかった。


「千葉県勢女子が予選リーグを突破したのって10年ぶりらしいよ」

「そうなんですか」

「俺達も女子に続かないとな」

「そうですね」


 私も何か気の利いた事を言えれば良かったのだが、今の鳥羽上に掛ける言葉が無かった。


短い昼食を終え、私と鳥羽上は3回戦に向かう、試合会場が離れて居て試合のタイミングも近かったので応援には行けなかった。


「主将が・・・」

「負けたのか」

「うん、肥後だけどな、あれもはや人間じゃ無いよ、主将が為す術もなく2本取られた」

「そうか」


 私は無難に3回戦を勝利して4回戦を待つ間に、鳥羽上の結果を魁皇が伝えに来てくれた。


「達也さん落ち込んでたか」

「そうでも無かったよ、練習不足は明らかだったし」

「冬の大会でリベンジだな」

「ああ、でも聡志が決勝で肥後に勝ってくれても良いんだぜ」

「それもそうか」


 試合時間が迫ってきて、魁皇は会場で応援すると離れて行った。4回戦も特筆すべき点も無く順当に勝ち進んでいく、準々決勝に残れた事で学校から祝福の電報が届いた。


「敵わないまでもせめて手の内を晒させようとしたんだけど、足りなかった何もかも。ここから巻き返して冬の大会では肥後に一泡吹かせてやるよ」


 夕食の席では明るく振る舞っていた鳥羽上だったが、痛々しくて見ていられない、食事を食べ終わると早々に部屋に戻って明日の団体戦に備えるべく直ぐにベットに入った。


 翌日の予選リーグ、所詮は秋田の学校と対戦し4-1で勝利した、唯一の黒星は鳥羽上だった。勝てる相手だったし勝たないとならない試合だった、私達の次戦は神武館だがその前に神武館と秋田との対戦が行われる。


予想通り神武館が秋田に5-0で勝った、うちと神武館勝った方が決勝トーナメントに参加出来るが、雰囲気は暗かった。


神武館とうちとの戦いが始まる、先鋒の鳥羽上が初戦から躓いた、無理も無い相手は意表を突いて肥後を先鋒に置いたのだ。

 先行逃げ切り、うちの女子部がやった戦法と同じオーダーで攻めて来た。

 二戦目の次鋒戦ここで負けるとかなり厳しい、何時もの魁皇なら勝てない相手では無かったが、経験不足が露呈した。先鋒戦の多かった魁皇は苦しい立場で試合に望んだ事が少ないのだ。結果を見ると延長には持ち込めたが、結局一本負けを喫したここから逆転を狙える程甘い学校では無い。


 中堅戦も負けた事で敗退が決定したがそれでも試合は続いていく、副将の澤崎が意地で1勝を上げ、私も大将戦で勝った事により2-3で敗北が決定した。


「俺さえ勝ってれば優勝も夢じゃ無くなったのに」


 試合後鳥羽上は私達の前で声を上げて泣いた、それはいかにも無理筋だろうと思うが、私達は誰も声を掛けられなかった。

 これで3日目試合の出場するのは女子団体と個人戦で勝ち抜いた私と涼子だけと言う事になる。





「聡志君あの話無くなったっす」

「はっ?こっちはそれどころじゃ無いんですけど」


 飯食った後、お通夜のような雰囲気の中森下から連絡が入った、ダンジョン攻略連合の親睦会で、アメリカが中国への冒険者派遣に正式に反対を表明したようだ。


「聡志君イスラエルって知ってるっすか」

「高校生でイスラエルを知らないと拙いと思いますよ」

「そのイスラエルがヤバいらしいっす、米国がイスラエルに冒険者を派遣するって話で、その応援を日本と西ドイツに依頼してきたっす」


 中国では無くイスラエルに冒険者を派遣しても、レアメタルは手に入らないのでは無いだろうか。


「イスラエルの持ってる特許を公開してくれるって話で、レアメタルが無くても車が作れるらしいっすよ」


 そっちの方向で解決するのか、東西冷戦はまだまだ続くらしい

 下級ダンジョン崩壊にしろ、東西冷戦構造の保持にしろ、私の記憶とは随分と違った動きを見せて居る。

 ギリシャが崩壊したのはEU成立後だった筈だし、各国と音信不通になり始めたのは2000年頃からだった筈だ。

 致命的に日本が崩壊したのは2015年、私の行動で歴史が代わってしまったのだろうか。


「じゃあ森下さんはイスラエルに派遣ですか」

「行かないっすよ、下級ダンジョン攻略なんてもっとレベルの低い冒険者が派遣されるっす」


 森下との会話で私自身は暗い雰囲気からは脱出出来たが、鳥羽上が立ち直るには暫くの時間が必要になるだろうな。



3日目順当に私と涼子は勝ち進んでいった、女子部の団体戦も危うい部分は幾つも有ったが何と決勝戦までたどり着いてしまった。

最初に始まったのは女子決勝で、涼子相手は京都の紫苑院高校主将だった、団体戦の決勝も紫苑院高校なので本当の強豪らしい。

対戦相手は相当涼子の事を警戒していた守りを固めて居たが、そんな程度の事で涼子の攻撃を避けられる訳も無く、あっけなく涼子が優勝した。


 その僅か5分後私も優勝候補筆頭で有った肥後相手にあっさりと勝利し、同一高校の1年が個人戦アベック優勝と言う事で会場が大いに湧いた。


私の試合が終了した後、女子団体戦の決勝が行われた。残念ながら涼子以外で勝てたのは千葉のみで2-3で敗退と言う結果で、インターハイ準優勝を果たした。


男子の決勝は肥後巧率いる神武館高校が優勝した、決勝の相手で有った筑紫高校を5-0のストレートで下している。


「聡志おめでとう」

「ありがとう御座います」


 表彰が終わった後、鳥羽上に声を掛けられホテルまで2人で歩く事になった。


「肥後にまで完勝出来るんだな」


 偶々ですとは言っては駄目なんだろうな。


「なあ俺と肥後どのくらいの実力差が有るんだ」

「そんな事判りませんよ、達也さんには私が対戦相手の実力差を図れる涼子並に鬼才あふれる剣士に見えますか」

「見ない所が余計に傷つくんだよな、聡志が川上さん並の剣士だったら諦めも付くのに」


 私と涼子がスキル無しで戦えば一瞬で負ける自信が有る、私の感覚的には肥後でも鳥羽上でも剣道部の初心者1年でも大差は無いのだ。


「3年が引退した冬の大会までには立て直さないとな」

「そうですね」


 大会が終わった後2日間、沖縄でのバカンスを楽しんだ。


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