第120話「国家消滅」

 正直言って美奈子の事を舐めて居た、剣術の才能が無い私から見ても、美奈子と対戦相手いの力量の差は明らかだった。

 それが時間いっぱいまで互角に戦い、ついには延長戦までもつれ込ませた。


「運に恵まれたんですかね」

「あれは・・・日々の努力の積み重ねだろう、僕ももっと努力をして置くべきだったよ」


 鳥羽上が弱音を吐いた、確かに私は美奈子の努力を見てきた筈だ、それなのに彼女の事を全く理解出来て居なかったのだろう。

 あの地獄のようなシゴキに、紛いなりにも着いて来たのだ、弱い筈なんて無かったのだ。


 結局延長戦の最終盤で一本取られて負けてしまったが、会場からは惜しみない拍手が送られて居た。


「達也先輩、本気で行かせて頂きますね」

「望む所だと言いたいんだけどな、お手柔らかに」


 午後から始まった決勝戦は男女共に一瞬で勝負が着いた、私と涼子の2人は表彰台の一番高い所に経って、1位通過でインターハイに出場する事が決まった。






8月3日午後2時15分、世界地図からギリシャと言う国が消えた。





「全員沖縄に連れてってやりたかったんだけどな、レギュラー陣5人と補欠要員2名しか許されなかったよ」


 県大会の優勝が男女共に決まった後、学校側は校内での合宿を認めた。

 本番のインハイは8月1日から25日の間で行われ、剣道は18日から20日までの3日間で試合が行われる。


5日までの短い合宿が行われた後、レギュラー陣の発表の場でそう宣言された。

 通常なら全国大会に出場すると、3年生は無条件で、2年も希望者は応援に参加出来たのだが。

 開催地が沖縄で旅費が高額だと言う事に加え、例の事件が未だに尾を引いていたようで通常の対応はしてくれなかった。


「自費で行くのは構いませんか」


 3年の1人が挙手して氏家に訪ねた、そんな事尋ねずに行ってしまえば良いのにと思うのは、私の心がおっさんだからなのだろうか。


「俺としては駄目だとしか言えない、しかし偶々家族旅行で沖縄を訪ねて来たらそれは会場に足を運ぶ事は止められんよ」


 選ばれた男女7人ずつが沖縄行きのチケットを受け取る、出発は8月17日の朝一番の飛行機で空港までは全員揃って送り迎えがしてくれるらしい。


「美奈子さん惜しかったね」

「まだ冬の大会も有るし、それが駄目でも来年も有るし」

「鍛えないと駄目だね」


 私は遠慮しておきたいが、また師範の地獄の合宿に参加しなければならないのだろうか。


「こんな所でイチャついてたのか」

「私達ラブラブですから、鳥羽上先輩は私達の邪魔をしに来たんですか」


 ラブラブは恥ずかし過ぎるので辞めて欲しい。


「浜中さんと南部さんが引退するから、そのお別れ会に2人も参加しないかと思ってね」


浜中は残っていた3年で、個人戦にワンチャン掛けて居たが結果は3回戦で敗退した。

 南部は女子部員で、正直に言って何故今日まで部活に残っていたのかは謎な部員だった、地区予選で早々に敗退していて、他の3年同様合宿前に止める物だと思っていた。


「会場は何処ですか」

「悪い、外部は使えないんだ、格技場でお菓子とジュースを飲みながらって事になる」


 私と涼子は参加したが、壁の花状態で遠くから見守っている事しか出来なかった。 

 これでレギュラー陣とマネージャーを除く3年は全て引退してしまった事になる。


  帰り道浜中に呼ばれ、全国制覇の夢を託されてしまった。

 南部が浜中に寄り添っていて、2人は付き合って居たようだ、南部が部活に残っていた理由は浜中に有ったようで、その浜中が引退すると同時に引退したのだろう。


「浜中さんは大学でも剣道を続けるつもりなんですか」

「ああ、俺にはそれしか無いからな、付属に入ったのだって剣道を続ける為だったし。せめて補欠に行く込めれば全国大会に行けたんだけどな」


 補欠2名は両方3年の部員が選ばれて居た、浜中もその候補だったから最後の合宿に掛けて居たのだろう。


「じゃあ大学でもお願いします」

「付属の方にも顔を出すつもりをしているから、そんな連れない事を言わないでくれよ」


 笑いながら笑顔で別れた、浜中が付属の練習に顔を出すのかは判らないが、私に気を使っていて来れた事は判る。

 私か魁皇がレギュラーから外れたら、確実に浜中は全国大会に出場出来ただろう。




 8月15日お盆、日帰りで祖父母に家に帰省していた、千葉の領に越してからは何度か顔を出しているから、泊まりまでは良いだろうと言う算段だ。


「お兄ちゃん家に帰って来ないの」

「帰るとしてもインターハイが終わってからかな」


 小学4年生になった紀子は私にべったりとはしなくなった、彼氏が出来るにはまだ早いが好きな子くらいは出来たのだろう。


「ふーん、あのね、お母さんがお兄ちゃんの下宿先にこのお盆中、掃除しに行くって言ってたよ」


 辞めて頂きたい、私の部屋には涼子の荷物が割と無造作に置かれて居る、ベットに並んだ枕を見られたら何を言い出すか判った物では無い。


「ありがとう紀子、ちょっと外に出てくるよ」

「いってらっしゃい」


 どういう理由で紀子が気を利かせてくれたのかは分からないが、寮に残っている涼子に連絡して、荷物を片付けるよう頼んで置いた。



 昼ご飯を食べ終わると突然母が寮に掃除しに行くと言い出した、涼子に言付けては居たがまさかこんなに早くに行動するとは思わず、焦ってしまった。

 母の車で一緒に公舎に向かい、駐車場に車を止めた。


「聡志君もうお帰りっすか」

「和美さんいつも聡志がお世話になってます」

「お世話してるのは涼子ちゃんっすよ、私は何もしてないっす」

「森下さん出発時間は大丈夫なんですか」

「まだまだ余裕っす」


 森下がハワイに出発するのは今日だったが、ハワイにも支店を作って居て飛んでいく事が出来る。

 日本国内に有る米軍基地にもやっぱりアメリカの支店が有って、相互に行き来が出来るように成っているようだ。


「和美さんも里帰り?」

「違うっすよ、ハワイに出張っす」

「まあ羨ましいわ」

「聡志君と涼子ちゃんも誘ったっすけど、振られちゃいました」

「それは残念」


 森下と別れて母と部屋に向かう、涼子が部屋の荷物を片付けて終わって居る事を祈りながらドアを開けたが、中で涼子がテーブルの席に座りお茶を飲んでいた。


「おばさんこんにちは」

「涼子ちゃんこんにちは」


 涼子がお茶を入れて行ったスキに母が部屋の中を確認する、いち早く私は寝室を確認すると、ベットの枕はしまわれて居た。

 安心してダイニングに戻って涼子が入れてくれたお茶を飲んで居ると、母が戻ってきた。


「掃除は必要無さそうね」


 暫く3人で雑談していたが、母が夕方になって帰ると言ったので駐車場まで送って行く事にした。


「聡志ちゃんと避妊はしなさいよ」

「何を言ってるのか判んないけど、判った」

「隠して置くつもりなら、洗面所の歯ブラシも隠して置きなさい」


 歯ブラシが見つかってしまったか、バレてしまった物は仕方ない、車に乗った母を見送ると私も部屋に戻った。



 8月16日の夕方、突然森下が部屋を訪ねて来た、ハワイで忙しくしている筈の森下が一体どんな用が有るのかと身構えてしまった。


「聡志君ヤバいっす」

「何が有ったんですか」

「バハマナ共和国が消えたっす」

「消えたってどういう事ですか、そもそもバハマナ共和国なんて国初耳なんですけど」


 国が消滅したと言う意味では既にギリシャが無くなっている、デフォルトを起こして経済的に立ち行かなくなったと言う話に成っているが、実際にはダンジョンから魔物が溢れたのだ。


「レアメタルの産出国で、日本とも付き合いが有った国っす」

「それで消えた理由ってのは?」

「勿論ダンジョンっすよ、消える国は1ヶ国だって話だったのに、これでもう4ヶ国目っすよ」

「4ヶ国ってギリシャの他にも崩壊した国が有るんですか」

「南米のスリナム共和国とアフリカに有るガボン共和国っす」


 両方知らない国だが、何故今更そのバハマナ共和国が消えたと大騒ぎしているのだろうか。


「ギリシャが消えるよりも問題なんですか」

「大問題っすよ、バハマナが無くなったら中国からレアメタルを輸入しないと駄目になるっすよ」


 中国からのレアメタル輸入で揉めたような話をニュースで見た覚えが有る、しかしそれがこんなに森下が慌てる理由にはならないと思うのだが。


「中国は輸出に関して条件を付けて来たっす、中級ダンジョン攻略と引き換えにしか輸出しないと言ってるっす」

「じゃあ輸入しなければ良いんじゃ無いですか」

「そんな事をしたら車が作れなくなっちゃうっす」


 どうもバハマナ共和国から輸入していたレアメタルは、車のCO2を劇的に減らす触媒だったようで、同じレアメタルは中国でしか産出されていないらしい。


「CO2を撒き散らして走れば良いんじゃないですか、どうせ車の輸出なんてそのうち出来なく成るんですから」


 現状生き残れそうな国なんて先進国のごく一部だけだ、ギリシャが沈んだ事でEUが成立するのかは微妙な所になった。

 国ごとにダンジョンを抱える数も違うし、ダンジョンのランクも違う、連合して冒険者の融通をしあうのは難しいと思える。


「それがですね、西ドイツが乗り気なんすよ、ダンジョン連合の常任国の提案なんで日本国政府も拒否しづらいんす」

「日本って常任国なんですよねドイツと同格の、拒否権発動してしまえば良いんじゃないですか」

「それがっすね、日本の国会議員にも親中派ってのが居てですね、西ドイツが参加するんなら日本も冒険者を派遣しようって事になりそうなんすよ」


 政治の話なら私や森下にはどうにも出来そうに無いのだが、何故森下はこんなに声高らかに訴えるのだろうか。


「でも政府がそう決めたんならどうしようも無く無いですか、私には少なくとも他人事ですし」

「聡志君冷たいっす」

「まさか、森下さんそのメンバーに選ばれたんですか」

「もしもの時には聡志君一緒に行ってくれるっすよね」

「無茶言わないで下さい」


 私には無関係だと考えて居た、下級ダンジョン崩壊の情報が、まさか巡り巡って直接関係してくるとは思いもしなかった。



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