第97話「凛として」
小田切達が帰って行った翌日の日曜、父が一足先に東兼に帰って行った、学会も終わり病院勤務が始まるらしい。
合宿は特段語るべき事も無く、厳しい日々が淡々と進んでいった。
最終日の8月8日には全員で札幌に繰り出し、食い倒れツアーの開催となっり、そのまま飛行機に乗って千葉へと帰ってきた。
「まともな漫画だ」
「どうしたのリュウ君」
英美里から預かった同人誌、シュタイナーゼの騎士木蓮、シュタイナーゼ王国関連の物語として書かれた第一作作品、この同人誌は私が予想していたような男性同士の恋愛表現は無かった。
所々男性同士の友情のような話は出てくるのだが、基本的には聖女とマリアと、地球に居た頃の恋人中町町子との2人の間で揺れる、恋愛劇を中心として物語が進んでいく。
これなら商業誌で書かれて居たとしても、何の違和感も持たなかっただろう、何故安倍民子はダークサイドに落ちて行ったのか謎だ。
「英美里さんから預かった同人誌がまともな作品で驚いただけだよ」
「それってさ、弥生ちゃんが好きだって言ってた漫画なんだよね?」
確かに私がターミン先生の事を知ったのは佐伯弥生の一件からだった、佐伯に土産を渡しに行きがてら話を聞いてみても良いな。
「佐伯さんの家に土産を持って行って話を聞いてみようか」
「電話してくるよ」
涼子が家に帰って電話を掛けてくれるらしい、もう携帯の事を話しても良かったのだが、言い出す切っ掛けが無い。一時間程経過して涼子が戻ってきたが、既に着替えを済ませて出かける気満々だった。
「いつでも来てって」
佐伯の家を訪れるのは2回目だ、全開は真夜中に忍び込んだから、玄関から堂々と入るのは今日が初めてと言っても良いだろう。
インターホンを押すと佐伯が2階から降りてくる事が判った、出迎えてくれた佐伯は部屋着とは思えない格好だったから着替えたのかも知れない。
「いらっしゃい、2人とも上がって下さい」
招き入れられたので中に入る、脱いだ靴を並べてから佐伯の部屋へと移動した。
「うわー」
「どうかしたのかな緒方君」
前に来た時には気づか成ったが、本棚には薄い本が所狭しと詰め込まれている、中学生の小遣いで賄える金額では無いように思えた。
「本が沢山有ると思ってさ」
「これは私の宝物なんです」
「弥生ちゃんこれ北海道土産」
涼子が弥生に北海道で買ってきた土産を渡す、一応北海道饅頭も探して見たのだが、残念ながらそれらしいものは売ってなかった。
蟹でも買ってくれば良かったのだろうけど、生物は避けた方が良いと言われたので、帯広に有る有名な菓子店が作っているバターサンドと言う物を買ってきた。
「わざわざありがとう御座います、これってお菓子ですか」
「うんそうだよ、10日くらいは日持ちするって」
「今紅茶を入れて来ますね」
土産の箱を持って1階に降りて行った、10分程で戻ってきた佐伯は盆に乗せた紅茶とお菓子を持って居た。
「これ美味しいですね」
下で一つ食べたのだろう、佐伯が土産のバターサンドを褒めて居る。紅茶を飲んで一息着いた所で本題を切り出した。
「佐伯さんってターミン先生のファンなんだよね」
「もちろんその通りです、たーみん先生は100万乙女の代弁者ですもの」
間髪入れず肯定されてしまった。
「ちょっと聞きたい事が有って」
「何でも聞いて下さい」
いつもの佐伯と様子が違う、私がターミン先生の事を切り出したからなのだろうか。
「シュタイナーゼの騎士木蓮って最終的にはどうなるの?」
「木蓮様の最後ですか、シュタイナーゼ王国物語では、勇者クロノと添い遂げます」
添い遂げたのか、私が読んだ聖典ではそんな描写は無かった気がする、もちろん肉体的には繋がっていたが。
「初期木蓮三部作では中町町子とヨリを戻します」
「初期三部作ってのは?」
「シュタイナーゼの騎士木蓮、流浪の騎士木蓮、転生戦記木蓮の三部作です」
何処かで聞いた事の有るタイトルだな、ターミン先生が描いた本を読んだからどうなのだって事もあるのだが、もし、もし万が一にもダンジョン攻略につながる事になるのなら読んで見たいと思う。
「佐伯さんはその三部作全部持っているのかな」
「残念ながら、本当に残念な事なんですけど流浪の騎士木蓮だけは持って居ないのです。たった1度500部だけ頒布されてそれ移行一度も再販されて無くて、内容だけは聖王国同盟の同好会で教えて貰えたんですが、実物は私でさえ見てないんです」
「そうか、佐伯さんでも知らないのか」
SDTFで手に入るだろうか、ミスリルと龍の首飾りを売りつける必要もある、後で寄ってみるか。
「中町町子ってどういう設定に成ってるのかな」
「一応勇者って事に成ってますよ、私も途中の話が解らないのでなんとも言えないんですが、暗黒神ブラックルシファーの依代になる少女だって話もあるそうです」
その辺りはダンジョン攻略には関係なさそうな話だ、佐伯に読ませて欲しいとお願いしたら、他にもどぎついBLを何冊も勧められてしまった。
三部作最終作では木蓮は地球での昴の記憶を完全に取り戻し、聖女マリアを捨てて、中町町子と結ばれる。どうしてこの作品と世界観を共有している、シュタイナーゼ王国物語があのような話になったのか想像もつかない。第一作と三作目を読んだ限りではダンジョンの話は一切出てこなかった、むしろ未完で終わっているシュタイナーゼ王国物語の続きにこそヒントが有りそうだ。
「ありがとう佐伯さん」
「それだけで良いんですか、もっとお勧めの本が1杯有るんですが」
「佐伯さんはシュタイナーゼ王国物語の8巻以降の話ってどうなるか知ってる?」
私がシュタイナーゼ王国物語の話題を出した所で、佐伯の目が見開かれグイグイとにじり寄ってきた。
「緒方君・・・聡志君はシュタイナーゼ王国物語を8巻まで読まれたのですか」「まあ一応・・・」
「同士だったんですね緒方さんは、なら私と一緒に聖王国同盟のお茶会に参加しませんか。関東一円のたーみん先生大好きっ子が集まる宴です」
絶対に遠慮して置きます、私は話の本筋を知りたいだけで、安倍民子のファンでは決して無い。
「大丈夫です、安心して下さい、男性の同士もちゃんとお茶会に来ますから。次のお茶会は8月15日の大賢者リュウズワルド・フォン・シュタインタークの誕生祭です」
まさか・・・私の誕生日も8月15日だが偶然だよな、誰か偶然と言ってくれ。
「弥生ちゃん、そのお茶会って男の人何人くらい来ているの」
「えっ涼子さんも興味を持って下さったんですか、もちろん大歓迎しますよ。男性の参加者は全開のお茶会では7人です」
「おんなの人は?」
「当然100万乙女の集いですから、100万人と言いたいのですが、僅か3000人程です」
ターミンファンが3000人も集まる集会ってどんな地獄の光景なのか、想像もつかない。
「そんな女だらけの場所になんてリュウ君を連れて行けないよ」
「緒方君に手を出そうだなんて女性は1人も居ませんよ、それだけは決して、鉄の掟が有りますから。私達は男性同士の友情を熱く見守るだけです」
それって男からは手を出されるって意味じゃ無いだろうな、絶対に参加しては行けないイベントのようだ。
「弥生ちゃんって三条英美里って人知っている?」
「東北たーみんっ子集まれ会長の同士エミリンさんですよね、お名前だけは知ってます。なんだかすっごい美人さんって事だけは聞きました」
同士ってそう云う意味か、志を同じくするのでは無く同好の士って事だな。何故涼子が英美里の名前を知っているのかと逆に聞かれ、小田切の友人だと涼子が話してしまった。それを聞いた佐伯はまた目を輝かせて居る、2学期が始まると小田切の元に突撃していきそうだ。
聞きたい事は聞けたのでそろそろ帰りたいのだが、佐伯が返してくれない、でっかいティーポットを持ち込んできて長期戦の構えを見せて居る。強引に帰る事が出来なかった私達は夕方に成るまで、佐伯のBL談義を聞かされる事となった。
SDTFに寄るつもりだったのだが明日にする事にして、今日の所は家に帰った。
翌日支店に行くと森下がいつものように出迎えてくれる、肥後は不在でSDTF本部内に出かけているらしい。
「今日はどうしたんすか」
「藤倉課長にアポを取って欲しいんですよ」
「ミスリルを売るんすね、でも今値下がりしているらしいっすよ」
値下がりする要素なんて有るのだろうか、蓄電池にするのに優秀な素材だと聞いたのだが。
「他にも話があるので会いたいんですよ」
「了解っす」
早速電話で確認してくれると8月10日に会ってくれることになった、森下に肥後に土産を渡してくれたかと聞くと、昨晩一緒に蟹を食べたと返事が帰ってきた。
「じゃあ私はコスモ君にお土産を渡して来ます」
「了解っす、一緒に行った方が良いっすか」
「1人で大丈夫ですよ」
笑いながら返事してそのままコスモの家の物置小屋に飛んだ。
人の気配がする、僅かに聞こえてくる甘い吐息、まさかコスモの母親が倉庫で盛っているのか、こんな事は今まで一度も無かったので、連絡せずに飛んだ事が失敗だったようだ。
私は音を出さないようゆっくり声のする部屋へと近づいていく、そのままとんぼ帰りすれば良いのだが、興味本位で何が起こって居るのか確認したくなったのだ。
「ああ・・・」
そっと扉の隙間から部屋の中を覗いてい見る、マッサージチャアに座っている少女が声の主だった。コスモの母親では無く、話には聞いていた私や涼子と同い年の姉だろう。
見方によればエロいと言えなくも無いが、私は興味を失い、ゆっくりと後ずさるのだが大きな音が鳴り響いた。
「コスモなの」
「そうだよ姉ちゃん」
音を立てたのはコスモだったようだ、マッサージチェアに座っている姉に対して出ていくように迫って居た。
「ここ僕の部屋だよ」
「いいじゃないちょっとくらい」
「僕が姉ちゃんの部屋に入ったら怒るでしょ」
「当たり前でしょ、乙女の部屋に入るなんて弟でも許される事じゃ無いわ」
「じゃあ僕の部屋から出ってってよ」
「そもそもここ物置でコスモの部屋じゃないでしょ」
「片付けをしたのは僕一人だし、爺ちゃんに貰ったから僕の部屋だよ」
「煩いわね、判ったわよ」
コスモの姉は折れて部屋を出て行った、瞬く様子を確認してからコスモに声を掛けた。
「聡志兄ちゃんか、さっきの見てた?」
「うん、御免な」
「別に良いよ、それよりも今日はどうしたの」
「北海道のお土産を持ってきたよ、それと珍しい鉱石を手に入れたからコスモ商会で買取をしてもらおうかと思ってさ」
バターサンドと夕張メロンアイスを取り出して、コスモに手渡す、夕張メロンアイスが解けないうちに冷蔵庫に入れに行くと言われ、しばらく1人で待つことになった。
「こんにちは」
「こんにちは」
コスモが母屋にアイスを持っていった間にコスモの姉が再び物置に帰って来た、両手にはお菓子とジュースを持っていて、退散したのはおやつを取りに行っただけのようだ。
「お邪魔してます」
「あの、ええっと、私は虎守茂の姉の凛です」
悠木凛、大鉄は何を考えてこんなダジャレのような名前を付けたのか問いただしたい、彼女が美形なのは救いだな。
「コスモ君の友達の緒方聡志です」
「緒方さんって、弟に剣道を教えてくれて居る緒方さんですか」
教えていると言うほどの事でも無いが、コスモがそう吹聴しているなら話に乗っておこう。
「教えてるって程でも無いですけど」
「やっぱりそうなんですね、いつも弟がお世話に成ってます」
まともだ、散々おかしな人間の相手ばかりしてきたから、久しぶりのまともな中学生を目にして安心した。
「今日は弟を訪ねて来られたんですか」
「私がお世話に成っている道場の北海道合宿が有ったので、そのお土産を渡しに来たんですよ」
「そうなんですか、ありがとう御座います。それで弟は今何処に?」
「冷凍庫にお土産を入れに行きましたよ」
「そうですか・・・これ食べてて下さい、今コップを持ってきますね」
コスモの姉凛も母屋に向かってしまった、コスモにアダマンタイトを渡したかったのだが凛の居る眼の前では渡しづらい。どうしたもんかと考えて居ると、コスモと凛の2人が揃って物置にやって来た。
「姉ちゃんもう良いよ」
「緒方さんすみません、弟がこんなで」
こんなってどんなだ?疑問に思ったが口には出せなかった、どうやら私が帰るまで凛は同席するつもりのようだ。
「聡志君も慶王の千葉付属に行くんだ、横浜の本校を受けたら良かったのに」
10分のしないうちにタメ口で名前呼びだ、かなり社交的な部類らしい。
「横浜は高校からは男子校でしょ、それはちょっと嫌かなって」
「そっかそうだったね、私も来年からは東京の女子部か、なんか嫌だな」
コスモとの話をする事はちょっとむずかしい、どうしたって共通の話題はダンジョンやSDTFの話になってしまう。
「聡志君は父の事も聞いてるんだよね」
「少しくらいは」
コスモの前でしたい話では無かったが、凛としては他に話せる相手が居なかったのだろう。そこから父親の性癖や、仕事の内容にまで話が飛んでいった。
「皆が言うように地上げ屋だったのかな」
「たまたまそう云う仕事も有ったってだけだと思うよ、全く無かったとは言えないけど全部が全部そんな事はしてないと思うな」
後の報道で知ったとこから言えば、仕事の半分は悪質な地上げを行っていたらしい、その事を敢えて今言う必要は無いだろう。
「聡志君にどうしてそんな事が判るの」
「叔父が東西不動産に務めて居たからだよ、大鉄さんとは大学の先輩後輩の間がらだったんだってさ」
「えっそうなの聡志兄ちゃん」
「そうだったんだ、ゴメンね」
凛のゴメンねという言葉に何処までの意味が乗せられて居たかは解らなかったが、そこでお開きとなり帰る事にした。
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