第96話「北海道合宿10」
札幌中級ダンジョン、大通り公園内の一角に有るそのダンジョンはアンデットの蔓延る墓所型ダンジョンだった。
「ちょっとまって下さい、防具も無しでその格好で行く気ですか」
私の用意した拠点から近いとは言え多少は距離が有る、流石にSDTFと違ってダンジョンの目の前に拠点を用意出来る訳が無かったので、ダンジョンに入るまでは普段着なのはしょうがない。
しかしそのままズンズンと進んでいこうとする小田切達に、待ったを掛けた。
「防具なんて無いわよ、あなた達は持ってるの?」
「持ってますし予備の装備をお貸ししますから、止まって下さい。森下さんコンテナハウスを出すのでお願いします」
俺が急いで墓地のど真ん中にコンテナハウスを設置する、その間にもゾンビのような歩く死体が襲ってきたが、涼子が一刀両断にしていた。
「野営地になったっすよ」
コンテナハウスの周囲から魔物達の気配が無くなる、私の『危機察知』のスキルから危険を感じなく成った。
「ゾンビが襲って来なく成ったみたいだけど、コレってどういう事なの」
「森下さんのスキルです、野営地が安全になるスキルらしいです。あのコンテナハウスは私が『収納』して置いた物を取り出した普通の物品です」
私が先頭に立って中に入っていく、着替える為にはもう一棟コンテナハウスを出した方が良いか。
「みなさん武器はお持ちなんですよね」
「ええ拾ったり宝箱に入ってた剣や槍や斧を使っているわよ」
斧使いが居るのか、斧と言えば後藤の奴アメリカで上手くやっているのだろうか。
「じゃあコレ、SDTFの支給品なんですけど防刃服です、普通の服よりは大分と頑丈で、噛まれたり引っ掛かれても切り傷程度は防げます」
「野田が噛まれる前に欲しかったわね」
ゾンビに噛まれて毒が回って居たのかよ、それって放置してたら野田がゾンビ化してたって事だろうか、考えたくも無いが、ダンジョンから出たら全員のステータスをチェックして置いた方が良さそうだ。
「後は・・・鎧はゴメンナサイ、人数分は無いので皆さんで誰が着るか決めて下さい」
コスモから購入してある防具は予備が2セットしか無かった、サイズは私と涼子の物なので装着出来るのは、小田切と英美里の2人しか居ない。
やはり3人で相談した結果野田に盾をもたせ、前衛の2人が防具をするらしい。
私は一人コンテナを出て、新たに設置すると着替えを行う、着替え終わって外に出てもまだ女性陣の着替えは終わって居なかったから、椅子を出して座って待つ事にした。
「冷暖房にトイレにお風呂って贅沢すぎませんか」
防具を付ける必要の無い野田が一足先に外に出てきた、私は 椅子を勧めると野田の質問に答えた。
「それもこれも森下さんのスキルのお陰です、普通なら電子機器はダンジョンの中では動かないので」
「そうでした、私の時計も壊れたのかと思ってショックを受けましたもん」
流石に時計が買えない程の貧困では無いと思うが、壊れたら悲しくなる気持ちは判る。私も携帯を持ち出して殆ど腕時計をしなくなったが、働き始めた頃は左腕に就職祝いで貰った時計を巻いていた。
「このダンジョンってアンデットしか出ないんですか」
「そうなんですよ、北大のダンジョンはうさぎや猪が出てきたので美味しかったんですが、ゾンビやスケルトンなんて似ても焼いても食べられませんから、やる気が出ないんですよね」
野田が一人でダンジョンに入っていた理由って食料確保の為か、『収納』しておけば腐る事は無いが、解体を自分でこなさなければ食べられない、どうやって処理したのかまでは聞かなかった。
野田と雑談している間に、着替え終わった女性陣がコンテナから出てきたので、コンテナを撤収するとダンジョンアタックを開始した。
「ゾロゾロ湧いて来ますね」
「緒方君余裕が有るわね」
森下が野営を撤収した途端、ゾンビがワラワラ湧いてきた、一匹一匹の強さは然程でも無いが、集団で襲ってくるのでちょっとしたミスが大事故に繋がりそうだ。
先ずは様子見と、聖剣で対処していたが広域魔法を使っても問題無さそうなので、一声掛けてから魔法を使って見る事にした。
「ちょっと大きめの魔法を使います、私の回りから離れないようにして下さい」「大賢者リュウ、回りってどのくらいの距離まで」
「10m近辺なら大丈夫です」
英美里がリュウと呼ぶ度に涼子の視線が厳しい物になる、だが今は戦闘中だ、戦いに集中しないと怪我を負う。
「涼子護りを任せた」
「わかったよリュウ君」
『汚れた大地に呼び寄せられた、哀れなる堕ちた骸達を永遠の眠りに付かせ給え、聖なる炎よ顕現せよ』
少し長めの詠唱が終わるとゴゴット魔力を持っていかれ、私の周囲に炎の竜巻が発生する。その竜巻に周辺に居た魔物達が吸い込まれるように引き寄せられ、燃えて行く。
「真ん中は熱くないんすね」
「リュウ君大丈夫?」
私は小さく頷いた、魔力が持っていかれて少しくらっとしていたが、大丈夫まだ戦える筈だ。
「緒方君座った方が良いわ、顔色が悪いわよ」
小田切に言われて、椅子を出して少し座る事にした、まだ魔法の効果は続いているようでいつまで継続するのかは私にも解らなかった。
「まだ燃えてるっすね、ビックリする事にレベルが2つも上がったっすよ」
そうなのだ、30分近く経過しているのにまだ聖なる炎が燃え続けていて、ゾンビやスケルトンが巻き込まれていく、稀にスケルトンナイトも混じっているらしく経験値が大量に入ってきているのだろう。
「流石は大賢者リュウズワルド・フォン・シュタインターク、相変わらずとてつもない大魔法ね」
英美里の戯言は無視して3人を再鑑定してみる、小田切はレベル35、野田は37、英美里は39までレベルが上がっている。
推奨レベル35の中級ダンジョン地下1階、現れる魔物の中には50を越えている奴らも居る、スケルトンナイトがそうだんだろうがレベルの上がりが凄まじい理由はアレの存在なんだろうな。
「地下2階へは降りたっすか」
「全然、1階も広すぎて回り切れて無いですよ、マップは作れってますけど端に到達出来るのは、天使ちゃんが合流してからだと思います」
「魔法が治まったら撤退って事で良いですか」
「リュウ君調子悪いの?」
「少しね、気軽に使っちゃ駄目な魔法だったみたい」
魔法が止まったのはそれから10分程した後だった、結局40分近く炎の竜巻が発生していた事に成るわけか。
「回りに金属の破片が落ちてますね、拾い集めて来ますね」
奴らの死骸の燃えカスから燃え残っている金属がアチコチに散乱している、私も拾いに行きたいのだが、周囲の警戒も必要だろうし、少しまだ疲れて居る。
「涼子周辺警護お願い、森下さんは金属を拾って貰えますか」
「うん判った」
「了解っす、聡志君軍手か何か持ってないっすか」
軍手の持ち合わせは無かったが、籠手の代わりに購入していた、革のグローブがある、森下に手渡すと手にはめて何処かで見た事の有る変身ポーズを行っていた。
「これっすね」
拾い集めて来た金属を観察して『鑑定』を行った、大半がミスリルで一部にアダマンタイトが含まれて居た、まさか魔物にこんな物質が含まれて居たとは思いもしなかった。道理で魔物の死骸がそこそこのクレジットで買い取って貰えるのかと、納得出来た。
「ミスリルと一部はアダマンタイトみたいです」
「一個一個はちっさいっすけどまとまると結構な量になりそうっすね」
「ミスリルはSDTFに売って、アダマンタイトはコスモ商会で買取して貰いましょう」
「ウハウハっすね」
全ての金属をかく集めるのに1時間近く掛かった、まだ拾い残しも有るとは思うが、ゾンビがリポップしはじめたので撤退することにした、試しに野田の拠点に飛んで帰る事にして、全員が飛んだ事を確認してから私が最後に飛んだ。
「全員無事のようですが、確認の為『鑑定』を行います、野田さんも私に『鑑定』を掛けて下さいね」
英美里のレベルは上がって居なかったが野田と小田切のレベルは、野田が38、小田切が37へと上がっていた。幸い全員毒に侵される事無く健康体で有るようだ、唯一疲労が付いていたのは私と言うことになる。
「これだけレベルが上がれば地下2階への入り口も見つけ出せそうね」
「同士伊知子それは早計だな、我らの守護天使、中町殿のレベルが上がらないと無謀だと言わせてもらおう」
「中町さんね、確かにそうかも知れないわね、だとするならしばらくは無理だと思うわよ、中町さん部活で忙しいらしいから」
仮称中町町子は部活を行っているようだ、と言うことは自動的に社会人では無いと言うことになるな。
「聡志君、今日拾ったミスリルってどうするんですか」
「SDTFに売っちゃうつもりですよ」
「・・・」
見つめられても困るが、つまり分前が貰えるのかと言う事が心配なのだろう、野田らしい意見だ。
「心配しなくても均等に分けますから、その代わりアダマンタイトは全部貰いますよ。野田さんガメないで下さいね」
「恩人の聡志君にそんな事するわけが無いじゃないですか、嫌だな」
集めたミスリルの合計は980グラムしか無かった、しかし1グラム100万もする魔法の金属だ、これだけで9億8千万と言うことになる。金額の事は口にせず、アダマンタイトの方を確認すると、28グラム、アレだけの数の魔物を討伐してこの量だと労力に見合った物だとは言えなそうだな。
「この後は小田切先生が空港で、英美里さんのアパートに立ち寄れば良いんですよね」
「英美里のアパートも千歳だから同じ方向よ」
というわけで、野田だけを残して残りのメンバーは森下と英美里の車に分乗して、千歳へと向かった。
「ここが英美里さんが住んでいるアパートなんですか」
「社宅よこれ、北銀が不動産部門に力を入れてて、ここもその物件」
オートロック完備の高層マンションに入っていく、こんな田舎に高層マンションだなんて、そんな事ばかりしてるから破綻へと進んでしまったんじゃないのか。
英美里の部屋は1LDKの部屋で、玄関から一歩中に踏み入れるとそこは異世界だった。
「コレ全部本棚なんですか」
「そうね、でもコレクションの一部よ、持ってこれなかった物は実家の書斎に有るから」
薄い本からソビエト関係の危ない書籍まで、女子の部屋とは思えない物ばかりが並んでいる。
「コレって本物っすか」
「残念だけどモデルガンよ、同士がくれたんだけど欲しかったら持っていってもいいわ、私の趣味じゃないし」
ソビエト関連のグッズや書籍は、英美里の気をひこうとした、革命ごっこの同士君が置いていった物らしい。
英美里本人の趣味はゴリッゴリの腐女子のようだ。
「大賢者リュウ、これは私の命の次に大切な物なの、絶対に無くさないでたーみん先生に渡して欲しい」
それはいわゆるサイン本って奴で日付を見ると1985年8月と記載されていた。今から5年前の夏、ターミン先生のグループが同人活動を辞めた頃か、その頃にこの本にサインを貰ったようだ。
「シュタイナーゼの騎士木蓮、これがターミン先生の第一作の作品ですか」
「そうよ、でも残念ながらこれ初版物じゃ無いの、私がたーみん先生の本に出会った頃にはこの修正版でも入手困難品でね。私がこのシュタイナーゼ王国物語を手に入れたのは1981年の秋、高校入試を控えた私は・・・」
長い自分語りが始まってしまった、小田切の飛行機の時間が心配なのだが、英美里のターミン賛美が止まらない。ただのオタクで辞めておけば良いのに、どうしてテロリズムにまで、その思考が転化したのだろうか。
最終的に自分は聖女マリア・ヴィクトリアス・シュタイナーゼの転生体で、たーみん先生は女神ルナリアムーンの生まれ変わりなのでは無いのか、と言う話で締めくくられた。
その頃には、そろそろ本気で飛行機の時間が間に合わないかと言う時刻に成っていて、受け取った本を『収納』すると急いでマンションを出て空港へと移動すし小田切を見送り、コテージへと帰って来た。
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