第72話「バット コミュニケーション」
連休に入った、僅か4連休だったが学生にとっても見れば破格の長さだ、これが社会人だと7連休や8連休もあり得るが。
「リュウ君映画は10時からだけど大丈夫?」
約束していた映画は本日が最終日で、10時の次の回は午後9時からのレイトショーしか上映していない、つまり10時の回を見逃せば映画が見れなくなってしまう。
「大丈夫だと思うけど、最悪走って行こうか」
いつもの送迎車を頼んで映画館に向かっているのだが、バブル期のGWを舐めて居た、車が全然進まない。
「お昼からはあずみちゃんとも約束あるから、そっちもどうするかだね」
あずみとの約束は女子班の一件で、学校じゃ話し辛いと今日午後から会う約束をしていた、私は乗り気では無いのだが涼子が何故か乗り気だ。
涼子は人の恋路を応援するタイプでは無いのだが、何がそうさせるのだろうか、忘れていた青春の1ページを取り戻したいと言うことか?
渋滞は暫く解消しなかったが、目的の映画館には時間内に到着した。
涼子が見たかった映画は猫が主人公の映画で、川を流された子猫が飼い主の元に帰る旅を撮られた物だった。
悪い映画じゃ無い、ただ映画館の中がカップルと子供しか居なかったので、居心地が悪かっただけだ。
「私感動しちゃった」
「ウンソウダネ」
映画が終わったのは12時前、そろそろ食事でもと思うがどこの店も混み合っている。
「昼どうする?」
「和美さんの所で食べようよ、どこのお店も行列だらけだよ」
休みの日だし居ないかも知れないが、その時は『収納』している食料を食べれば良いかと、送迎車は帰して涼子と2人支店へ飛んだ。
「居たんですね」
「居たら悪いって言うんすか聡志君は」
休みの日なのに自室に籠もっていた森下に、思わず心の声が出てしまった。
「休みなのに大変ですねって話ですよ、所で肥後さんは」
「剣人さんは先月の末から里帰りですよ、親戚の集まりが有るんですって」
長期休暇を利用して里帰りを行っているらしい、肥後も森下もだが、有給休暇がだいぶ貯まっているのでは無いだろうか、休みらしい休みを取っている所を見た事が無い。
「和美さんは帰らないの」
「私も土日に帰ってましたよ、近いんで月1くらいには顔を出してます」
肥後は九州だから帰省するのも大変そうだ、その点関東が実家の森下は簡単に帰る事が出来るようだ。
「それでお二人は何しに来たんですか」
「和美さんとお昼ごはんを食べようと思ってだよ、お土産はリュウ君から貰ってね」
土産なんか買っては無いが、『収納』の中には土産物が山程入っている、私自身は苦手だが一応ケーキの類も購入しておいたので、少し多めに渡す事にした。
「これは新宿ラベルタのティラミスじゃーあーりませんか。食後に珈琲と一緒に召し上がりましょう」
2周りくらい古めかしい感じのするティラミスだが、森下曰くナウなヤングにバカウケする甘味らしい。
「和美さん昼から友達と会うので臭いのする食べ物はNGね」
「了の解です」
ティラミスに合わせてイタリアンな昼食を作ってくれるらしい、麺は乾麺だったがトマトソースは自作で、少し辛味の有るアラビアータを作ってくれた。一緒に食べるフランスパンと、オリーブオイルを小皿に出してテーブルの上に置いた。
「エクストラヴァージンオイルでフランスパンを食べるんですか、聡志君ってどこでそんなオシャレな食事覚えたんですか」
後はスープとサラダが有れば、イタ飯と呼んでも差し支えないだろう。ここまで来たらとことん拘るか、スープはオニオンスープが有ったしサラダはコールスローを取り出す。
「リュウ君誰か大人の女の人に、たらし込まれて無いよね」
「刃物を持ちながらそう云う事言うの止めて貰えるかな、さあ森下さんに感謝してお昼ごはんを食べようか」
唐辛子の味が利いたパスタを食べる、こういうの初めて食べたが森下の料理は天才的に旨い、将来SDTFを辞めたとしても飯屋で生計が建てられるな。
日常的にスポンサーに成って欲しいと言っているが、本当に森下が望むなら出資しても構わない。
「和美さんこれ辛いけど美味しいね」
「そうでしょそうでしょ、色々と経費で研究してるんすよ」
何の経費を使ってるんだか、先程は感心したけど森下は森下と言う事か。
「森下さん独立したいとかいつも言ってますけど、調理師免許って持ってるんですか」
「持ってますよ」
持ってるのかよ、いつの間に勉強したんだ。
「短大の食物栄養学科に行ってましたもん」
「文系の学科じゃ無かったんですか」
なんでそんな学科に行って警察で事務をしようと思ったのだ、資格を生かして食堂にでも入れば本当に良かったように思う。
「調理師免許は取れたんですけど、管理栄養士は落ちたからですよ。学校給食の栄養教諭を狙ってたんですよ本当は」
待て待て、確か前に包丁すら握った事が無いとか言って無かった。
「包丁使った事無いって言ってませんでしたっけ?」
「それは調理師免許の闇の部分っすね、ペーパーテストだけで実技は要らないんですよ」
料理を出来もしない人間が、調理師に成れるって事なのか、怖いことを聞いてしまった。森下の言う事なので話半分にして聞いているが、どうも調理師免許を持っている事は本当のようだ。
「じゃあそろそろ美味しいティラミスと珈琲を飲みましょうか」
「和美さん私カフェオレで」
「今日はイタリアンっすからカフェラテにしましょう」
カフェオレでもカフェラテでも同じ物だと思っていたのだが、森下が言うにはドリップの仕方に違いが有り、更に言うとミルクの割合が違うらしい。
何故かキッチンに置いてあるエスプレッソマシーンで深煎のコーヒー豆を蒸気でドリップする、ミルクが多めで濃い目の珈琲とを混ぜ合わし、涼子と森下はどっさりシロップを入れていた。
「リュウ君も甘いもの大丈夫なんだね」
「美味しい珈琲が有るから食べられるよ」
「そこらの喫茶店には負けない味っす」
昼飯をご馳走になったから、私と涼子はあずみとの待ち合わせ場所に移動する、森下が車で送ろうかと言ってくれたが遠慮して置いた。
待ち合わせ場所はスーパーマーケット、何処にでも有る普通のスーパーでここで飲み物とお菓子を買って、カラオケボックスで話をすると言う事らしい。
「お待たせ涼子さん聡志君」
「僕らも今来た所だよ」
自転車に乗ってきた私服のあずみの後ろには、同じく自転車に乗った佐伯の姿も有った。
「佐伯さんも来たんだ」
「お邪魔でしたか」
「邪魔なんて飛んでもない、大歓迎だよ」
スーパーの駐輪所に2人の自転車を止めて、スーパーの中に入る、商品のラインナップがバブル時代だなと懐かしくなるが、目的の飲料水のコーナーへと移動する。
「コーラとかで良いの?」
「私烏龍茶か紅茶が良い」
大した値段じゃ無いし次々カゴの中に入れていく、紙コップは100均で良いかと思ったのだがそう言えばまだそんな店が無い、紙コップも探しせカゴに入れる、最後にお菓子コーナーでスナック菓子を適当に手にとって会計に進んでいく。
「2365円です」
私が財布からお金を出して会計を済ませると、あずみが後から割り勘にするからと申し出てきた。
買い物袋に購入した物を入れると自転車に乗って移動する、私と涼子の自転車は『収納』していたものでここまで乗っていたわけじゃない。
目的地のカラオケボックスは貨物用のコンテナを改造した完全個室で、もう何年かすると規制が掛かってその内に消えて行った物だ。
「1時間1000円よ、持ち込みは自由だけどゴミは持って帰ってね」
カラオケボックス1部屋が1時間1000円のチャージ料で借りられる、人数は何人居ても料金は同じらしい。
部屋の中に入った瞬間、思わず声が出てしまった。
「レーザーカラオケが有る」
「どうしたの聡志君、カラオケボックス初めてだった?」
「LDが珍しかっただけだよ、カラオケは大丈夫、歌はそんな上手くないけどね」
通信以外のカラオケもやはり数十年ぶりに見かける、そもそもLDの実物なんてあの頃見た記憶がない、カラオケに行った事が無い訳では無いので目にしているのだろうが、記憶には残ってなかった。
エアコンと電灯のスイッチを入れてソファーに座る、持ってきた飲み物を入れてくれたのは佐伯だった。スナック菓子の袋を開けると、テーブルに適当に並べると話を聞く体制が整った。
「そろそろ本題を聞かせて貰えるのかな」
「本題ってそんな大げさな話じゃ無くてね、修学旅行の班割をどうにかならないかなって話」
「女子班の誰かが宮沢君と回りたいって話だったけど、結局誰の事なの」
昨日態々校舎の裏に呼びだされたが、肝心の誰だと言う事は聞けなかった、用務員が巡回で回ってきて校舎裏から立ち去らねばならくなったからだ。
「聡志君は3組で誰が1番美人だと思う?」
会話の導入部にクソ面倒な話題を持ち出して来やがる、こんな場所で本音を言えば後からどんな目に合うか、私気にしてませんよと言う表情の涼子が怖い。
「そんなの涼子にキマッテルヨ」
「へぇーそうなんだ、ご馳走様。聡志君はそうかも知れないけど殆どの男子に聞くと、牧瀬ありさって言う返事が帰ってくると思うの」
確かに牧瀬ありさが美少女だと言う事は認めよう、認めはするが彼女はバスケ部のキャプテンと付き合って居たのでは無かったか、やり直し前の記憶ではそうなっていたのだが。
「牧瀬さんてバスケ部のキャプテンと付き合って無かった?」
「そんな話聞いた事無いけど、でも牧瀬ありさが宮沢君と一緒に回りたいって言ってる訳じゃないのよ」
前フリが長くないですかね、あずみさん。
「聡志君内緒話は守れる?」
少なくともあずみよりは秘密を護り通せると思うよ、きっと。
「私に相談を持ちかけてきたのは朝倉さんよ」
「朝倉さん?」
「知らないのね、そうだと思ってたけど、少しは涼子さん以外の女子にも興味を持ってね」
そうは言われても女子中学生に興味を持つ元中年男性って、厳しい物が有るよな。
「朝倉かすみさん、私と同じバレー部のセッターで背は低いけど頑張りやさんの優しい子よ」
そう説明されたがサッパリ姿が思い浮かばない、私に覚えは無いのだが涼子は知ってるのだろうか。
「涼子は知ってるのその朝倉さん」
「まあ名前くらいは、小学校で何回か同じクラスに成った事もあったし、リュウ君が覚えて無くても不思議じゃないかも。目立たない子だったし」
小学校6年間同じだったのか、それなら多少は記憶に残っていても良さそうな物だが。
「朝倉さんが宮沢君と一緒に旅行の班に成りたい事は解ったけど、牧瀬さんはそこにどう絡んでくるの」
「餌よ、餌」
「牧瀬さんを釣り餌にして、宮沢君を釣り上げるって事?」
「その通り」
「それは難しいかもね、宮沢君今は恋人とか要らないって言ってたし」
それに私も牧瀬と一緒に修学旅行を回るのは勘弁してもらいたい、古傷が生々しくえぐられる。
「ひょっとして宮沢君ってBLなんですか」
「弥生ちゃんBLって何?」
「男同士の熱い友情を描いた恋愛様式の漫画です」
「友情なのに恋愛漫画なの?」
「そうなんです。それはそれは、熱い純粋な男同士の友情で、愛情なのです」
佐伯の趣味嗜好は置いといて、中垣内と朝倉2人の恋の行方が問題って事か、いやもう本音を言えばどうでも良い、二人共告白して玉砕しちまえって言うのが私の感想だ。
「素直に言うけど、先生からは私達以外の班に女子班をくっつけろって言われるんだよ」
「何で?」
「女子班から苦情が出たらしいよ、誰からどういう苦情かって事は知らされて無いけど」
「それって朝倉さんが先生に言ったって事なのかな」
「違うわねきっと、そんな事言い出しそうなの半田じゃない、あのこ宮沢君狙いなのがミエミエじゃない」
えっそうなの?てっきり私に気があるのかと思ってい居たが、私の自意識過剰だったのか、こんな場所で真実を知らされ落ち込む事も出来ない。
「女子班2つの内両方に宮沢君と一緒に回りたい人が居るって事なんですね、じゃあ仕方ないですね、他の男女混合班と回って貰った方が良さそうです」
佐伯は今回の件については興味が無いようだ、それよりも休日に友人と一緒に出かける、それこそが目的のように思えた。
「私は宮×聡が見れるだけで十分尊いです」
涼子が怪訝な顔をしていて、あずみもイマイチ解ってないようだ、私は尻の穴を佐伯に隠しながら心を無にして話を聞き続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます