第66話「小田切伊知子」

 体育館では退屈な校長の話が続いてその上に眠くなる来賓の話までもが始まる、新入生が最前列に並びその後ろに保護者が並んでいるからまだ目立たないが、春の陽気に誘われて睡魔が襲い意識を保つ事に全力を傾ける。


入学式が終わったのは12時前キッチリ2時間式が行われた事になる、新入生と保護者が退出した後3年生が同じく体育館を出て行くのだが数人道場で顔なじみの新入生を確認していた。


「緒方君この後の話って聞いてますか」

「聞いては居ないけど去年と同じで良いんじゃないのかな、後片付けは2年がやるから私達はこのまま教室に帰れば良いはずだよ」


 グルっと見渡すと小田切と学年主任が顔を突き合わせて何かの話を行っている、1組から順に帰って行って2組が体育館を出た後、3組も続いて教室へと帰って来た。


「なあ聡志俺たち帰っても良いのか」


 名前も覚えちゃ居ない生徒から聞かれるが私だって帰りたい。


「駄目でしょ、先生から明日の連絡何も受けてないし」

「じゃあ弁当は食っても大丈夫だよね」


 言い訳無いだろうと思ったが口には出さずどうかなと答えて置いた。

 部活の有る連中は新学期早々に弁当を持ってきているらしい、私と涼子は弁当なんて持参してないから帰りたいのだが下校時刻に近付いても小田切は帰って来なかった。


「聡志本気で弁当食べないと走り込みに間に合わなくなるんだけどやっぱ駄目だよな」


 お前もかよ、早弁でもすれば良いのにいちいち確認取ってくるなよと思いつつ宮沢に返事してやった。


「チャイムが鳴っても来なかったら呼びに行くから」

「そう、悪いね」


 5分も経たない内に授業終了のチャイムが鳴る、それまで宮沢は昼飯を我慢する事に決めたようだ。

宮沢とそんな会話を交わし終えあずみが振ってくる噂話に耳を傾けて居ると小田切が教室に帰ってきた。


「明日の1、2時間目にロングホームルームを行います、授業の用意は3時間目以降でお願いします。今日は配布物を配り終えたら授業は終了となります」


 事前に用意してあったらしいプリントが配られて行く、最初に配られたのは時間割で後の物は保護者宛の割とどうでも良い物だったので流し読みして鞄の中にしまった。


「それでは今日の所は終了です、皆さん車には気をつけて帰って下さい。あと、緒方君と篠崎さんは残ってもらえますか少しこれからの事を話合って置きたいので」


 起立礼着席の号令を掛けて今日の所は解散と成った既に授業終了のチャイムは流れて居たので数分遅れだったがそんな事日常茶飯事で大して気にもせず、部活の無い生徒は帰っていき、午後から部活の有る生徒は弁当を広げて行く。


「篠崎さんは弁当ある人だっけ」

「午後から部活の予定でしたから、緒方君は学内では部活やってませんよねどうするんですか?」

「一旦帰って出直すか弁当でも買ってくるよ」

「そうですかでは後ほど」


 既に私の横には涼子がスタンバっているまさか着いてくるとは言わないだろう、けど一応どうするか聞いてみた。


「駅前のバーガーランドでランチしようよ」

「駅前って走って行くつもりなの」

「自転車有るよ」


 涼子のアイテムボックスに自転車が入っているらしいが人の目も有るしそれは拙いだろうと思った。


「どちらにせと先生に断ってから学校を出ないと駄目だから職員室に行ってくるよ」

「うん、私も一緒に行く」


 涼子とランチに行くから暫く留守にする、そんな事口が裂けても教師に言っちゃ駄目だろう。そもそも買い食いは校則で禁止されていたような気もする。

職員室では小田切が学年主任と生徒指導担当の教諭相手に食いかかって議論を交わしている、漏れ聞こえてくる情報を精査すると2人は花村の父親を学校に呼びつける事に及び腰に成っているようだ。


「緒方に川上じゃないか、小田切先生に用事かな」


 目ざとく私と涼子を見つけた学年主任が声を掛けて来た。


「昼ご飯の用意をして来なかったので帰るかどこかで昼ご飯を用意して来ようかと思ったのでその許可をもらいに来ました」

「小田切先生緒方達の対応をお願います、私も今日は昼食を用意していませんし・・・席を外しますので後の事はお願いします」


 そそくさと財布と鞄を手にした学年主任が職員室を出ていく。


「待って下さい磯村主任、私もご一緒させて下さい」


 その後を追って生徒指導の担当教諭も教室を出て行った。


「ごめんなさい、私の通っていた中学は土曜でも学食が有ったからてっきり昼食が有る物だと勘違いしていたの。まさか私自身の昼食を用意する必要が有ったなんてね、というわけで私も緒方君と同じ用に何処かで昼ご飯を調達しないとならないの」


 教職員の昼食事情なんて考えた事も無かったな、平日は当然教員も給食を食べるし、私が働き出した頃には学校も完全週休二日制だった。問題は学校の近くに食事が出来るような場所が無いって事なのだろう。


「生徒だけで何処かの店に立ち寄らせる事はできないの、それは校則で決まって居る事だから私としては許可出来ないわね。それで緒方君の住んでいる本庄地区って遠いのかしら」

「歩いて片道30分くらいなので往復して昼食を取ってたりすると2時間くらいは掛かりますかね」


 自宅に帰るだけなら一瞬で帰る事は出来るのだが、そんな事を気取られるわけには行かない。


「遅くなる原因の半分くらいは私に有るから一緒に昼食を買いに行きましょうか、この辺りの地理に詳しくないから案内料を含めるって事で昼食代くらいは私が出させてもらいます」


 残りの半分は誰に責任があるのかと尋ねたい。


「あのそういうの必要無いんで、私達一緒に帰ってご飯を食べてからリュウ君また学校に来ます」

「えっリュウ・・・君?」


 それは疑問に思うよな、今まで何度と無く説明して来た事を再び小田切にも伝えた。


「子供の頃からのあだ名です」

「ああニックネームね、でも川上さんは帰っても良いのよ」

「一緒にランチするって約束してたんです、リュウ君が学級委員になる前から」


 そんな約束をした覚えは無いが涼子は引くつもりが無いようだ。


「2人ってひょっとして付き合っているの」

「相思相愛です」


 職員室に残っている数人の教員は涼子の発言を聞き流している、いつもの事だと諦めて居るのだ。


「そうなのね、今どきの中学生ならそれが普通なのかしら」


 何を言っても埒が明かない事を理解した小田切は私と涼子の2人を連れて外に出る事を決意したらしい。





「何処に迎えば良いのかな」


 小田切が運転する車に乗って学校の敷地を出る、教師の車に乗るなんてなかなか経験した事の無い出来事だ。


「駅に向かって下さい、この辺で弁当を買うにもランチを取るにも駅前にしか何も無いんで」

「コンビニも無いの?」

「東兼にコンビニが有るなんて話聞いた事は無いですよ」


 今はまだコンビニは無かったが高校に入って暫くしてから1号店が出来た、その後は雨後の筍のように次々出来て便利な世の中に成ったなと思った事が有る。


「先生都会育ちなんですか」

「生まれも育ちも千葉よ、秋葉台って知ってるかなそこに実家が有るわ」


 小田切も秋葉台かよ、母の生まれが秋葉台だということは隠して置きたいな、母に口止めする事は不可能だが私が口にする必要は全く無い。


「大学が札幌だったかコンビニが近くに有る生活が続いて居たわね」


 この90年初頭でも千葉市ならコンビニが数件は存在していた、何処に行ってもコンビニが溢れて居るようになったのは大学時代まで待たなければならないが。


「札幌って北大ですか」

「そう北大の教育学部、広大な大自然に憧れて進学したんだけど札幌市内は結局都会だったわね」


 北大出身で冒険者となると札幌ダンジョンを攻略した冒険者は小田切のグループに違いないな。


「そこの交差点を右に入って下さい」

「涼子そこってバーガーランドに行くつもりなの。あそこテイクアウトしてくれたっけ」

「今日はハンバーガーの口になってるから他の物じゃ駄目なの」


 学校でハンバーガーやコーラは拙いよな、店で食べるにしろ学校から駅まではそう遠くない、知り合いに見つかると何か言われそうだ。


「ハンバーガーね、手軽に食べられて良いじゃないそこで食べましょ。駐車場は有るのよね」


 小田切もバーガーショップでランチする事に抵抗は無いようで結局バーガーランドでランチを食べる事になった。1階席では目立つので仕切りの有る2階の席を確保した。


「バーガーセットでドリンクはコーラ」

「トリプルバーガーセットのポテト大盛りドリンクはアイスレモンティー」

「バーガーセットで珈琲を」


 私と小田切は普通のセットを頼んで涼子は肉が3枚挟まれた巨大なバーガーとポテトを大盛りで注文した。


「緒方君それだけで良いの遠慮なんてしなくて良いのよ」

「私は大丈夫です」


 注文したセットを受け取り2階へと運んで確保していた席に座る、涼子の頼んだバーガーは少し調理時間が掛かるので席に座っているのは私と小田切の2人だけだ。


「緒方君達はここによく来るの?」

「そんな頻繁には来ませんけど夏休みなんかの長期休暇には利用してました」


 この店のバーガーやポテトも大量に『収納』していたが、取り出して食べるなんて不自然極まりない。


「学校帰りに立ち寄ってないなら良いわ」


 正面に座って小田切の容姿を確認しながら『鑑定』をしっかり掛け直す。小田切を見て真っ先に目が止まるのはその大きな胸だろう、幸田もかなりの物を持ち合わせて居たが小田切の胸はそんなレベルでは無い。

 グラビアアイドルも真っ青と言う揺れ方をしている。


「篠崎さんも誘って上げればよかったわね」

「篠崎さんは弁当持参の部活組なんで」


 小田切伊知子22歳、魔物使いレベル29、スキルは『テイム』、『生活魔法』、『餌製造』、『三位一体』の4つを所有していた。


『テイム』モンスターテイマーの代名詞とも言えるスキルで魔物を仲間に加えて戦わせる能力。使役出来る魔物はレベルに依存するようだがレベル29の小田切がどの程度の魔物を使えるかは未知数だ。


『生活魔法』私の使う魔法の下位スキルと言う訳でも無さそうだ、どういう区分けがされているかまでは私の『鑑定』では看破出来なかった。


『餌製造』テイムした魔物用の餌を作り出す能力のようだがそれ以上の事は不明だ。


『三位一体』使役獣と一緒になって戦う攻撃スキル、魔物使いが戦闘職なのか支援職なのかそれともその他に分類されるのかよく解らなくなるスキルだ。


そもそも小田切が何を使って戦うのかすら解らない、私の拙い『鑑定』で解った事はこの程度という事になる。


「緒方君と川上さんは剣道をやってるって聞いては居たんだけど部活じゃ無いのね」

「うちの学校に剣道部は有りませんから、近くに有る町道場に通っているんですよ」

「東兼に町道場が有るのか、私も子供の頃近所に有った神社で剣道を習ってたのよ。こう見えてもそこそこ強かったのよ、そのうち緒方君や川上さんの腕を見てあげるわね」


 秋葉台の神社で剣道って教えて居た所は一箇所しか心当たりがない。このままの流れは拙いと会話の転換を図るのだが上手く行かない、此花神社か十和子の名称が出た時点で終わる。


「お待たせ」


 涼子がどでかいハンバーガーと山盛りのポテトを持って席にやってきた、それを見た小田切懸命に笑いをこらえて居た。


「いくら大盛りでもポテト多すぎない」

「私が可愛いからサービスしてくれたんだよ」


 買い足したのだろうか、金なら涼子も腐る程持ってる上がってくるまで嫌に時間が掛かっていたし無い話では無いな。


「川上さん本当はどうしたの」

「バーガーの焼き上がりが遅れたからお詫びで超大盛りにしてくれました」

「そうそれは良かったわね、でも食べ切れるかしら」

「無問題」


 森下の口癖が移っている、涼子と森下の相性が良すぎるのは問題が大有だな。




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