第64話「レベル上げ その3」

 東兼の拠点に飛ぶと道場に行く時間ギリギリで梅田ダンジョンでレベル上げるをする余裕が無くなってしまった。


「リュウ君何処行ってたのよ、リュウ君家に行ったら朝早くに出掛けたっておばさんに言われて私恥ずかしい思いをしたんだからね」


 なんで涼子が恥ずかしい思いをしたのか分からないが、こういう場合はひたすら頭を下げて謝って置けば間違いがない。


「皆で心配してたんですよ、聡志君約束を破るタイプの人間じゃ無いんで。事故は無いにしても何処かの秘密結社に連れ去られたとか。兎に角皆心配してました」


 頭を下げて謝りつつSDTFに呼び出された経緯と手打ちに成った事を伝え最後にロングソードが売れた事を告白した。


「悪の秘密結社SDTF団に乗り込んでたんすね」


 いやいや、そこお前の所属する団体だから。


「緒方君詳しい話は後から伺いますので明星道場に向かいましょう」


 今日はSDTFのワゴンに乗り込んでコスモを含めて道場へと向かった、何故コスモも着いてきたのかと言えば前回遊びに来た時にたっくんと仲良くなったらしい。


「子供たちの事はお願いします、私は森下さんを鍛えますので」

「なんだか子供の数が増えて無いですか師範」

「聡志さんと涼子さんの活躍のおかげで新入生が増えました、4月は入学の季節ですから」


 新学年になって剣道を習いに来た子供が増えたと言う所だろうか、まだ正式に新学年は始まっては居ないが習い事を始めるには良い時期かも知れない。

子供達を一通り見て回って私はいつものように涼子と模擬戦を行っていたら肥後が混ざりたいような表情でこちらを見ていたので誘ってみた。


「緒方君、本気で打ち込んできて来て貰えないでしょうか」


 本気と言ったって限度が有る、ここは普通の町道場で教わりに来ているのは小学生が殆どなのだ。私達が力の限り竹刀を振るえば一瞬で粉々になってしまうだろう。


「攻め続けるので受け流して下さい」


 私はレベルによる筋力と持久力に任せて肥後に竹刀を打ち込んでいく、10本の打ち込みの内半分くらいは肥後の竹刀によって捌ばかれるが、残りの半分は急所を確実に捉えて行った。5分間攻め続け打ち込みを終えると肥後は額に汗を流しながら肩で息をしていた。


「参りました、参りましたが気持ちが良い物ですね、二度と竹刀なんか持てないと考えて暮らして来ましたので。こんなに心地よい物だって事を今まですっかり忘れてました」

「警察署で剣道の稽古はしないんですか」

「今の仕事が終わったら考えてみます」


 今の仕事と言うのが何を指している事なのかは敢えて聞かなかったが5年10年で終わるような仕事では無い筈だ。


 夕方道場の掃除が終わってから東兼支店まで車で移動する、この時間からダンジョンに潜るのは流石に危ないだろうと本日のレベル上げは中止と言う事にしてSDTFとの話し合いの結果を伝える事にした。


「そうれじゃあSDTFのレベル上げにまた付き合うって感じなの?」

「森下さんのレベルが40になるまでは1年でも2年でも断るつもりだけどね、梅田ダンジョンの崩壊だって2000年までまだ10年の余裕が有るから焦る必要は無いと思うんだ」


 涼子はSDTFに対して然程気にしては居ないようだ、ミスリルが買い叩かれたとは言え1億の現金を『簡易アイテムボックス』の中に入れている。1億円では生涯仕事をせずに遊び暮らせる程の金額では無い、しかし今回渡す2億を含めればそれも夢では無いだろう。


「私は何だか気が乗らないっす」


貴女だけはそれ言っちゃ駄目でしょと言いたくなったがグッと堪えてそうですかと聞き流した。


「SDTFとの協力関係は不可欠だと思います、私にも思う所が有りますがダンジョン崩壊の恐れが有るのなら尚更関係悪化は避けるべきです」


 肥後は大人の対応で私の決断に賛成してくれた、コスモの件はこの場で話すような事では無いので一切口を噤んでいた。




「じゃあそろそろ森下さんお楽しみの、売ったミスリルのロングソードの利益分配に移りましょうか」


 森下を納得させるのにこれほど的確な飴の存在も無いだろう、淀んだ空気を一掃するためにも大げさに騒いでもらおう。


「私も貰えるですか、そんな事私考えた事も有りませんでした感激です」


 涼子が森下のわざとらしい態度に思わず笑みを漏らしていたのでアタッシュケースを4つ並べて見た。


「聡志君4つしか無いですけど、これどういう事っすか」

「残りは私の分ですけど、良いです出しますから中身は全部同じ金額ですよ」

「聡志君ってよく見るといい男ですよね、そんな経験有りませんけど、ちょっとくらいならHな事しても良いっすよ」


 さっきまで笑っていた涼子の表情が消え音もなく森下の後ろに移動した。


「嘘です嘘、私純血を護る派の乙女なんで結婚まではそういう事誰にもさせませんから。涼子ちゃん辞めてそれ以上は首が締まって息が出来なくなるから」


 涼子が森下にチョークスリーパーを掛けて居るが無視して中身の確認をコスモと肥後にお願いした。


「聡志兄ちゃん2億円だね」

「まあ『収納』したら中身を間違える事は無いからね」

「こんなに貰ってしまうのはまずくは有りませんか、一時所得で課税されるといくら持っていかれるかも判りませんし」

「そのお金も絶対に申告しないよう言われてますから辞めて下さいよ」


 コスモと肥後の態度は予想通りだったが涼子のテンションが明らかに浮かれて居る。


「リュウ君これだけ有ったら2人の新居を買えるよね」

「2億の新居ってどんな豪邸を建てるつもりだよ、土地はうちの庭が余ってるし足りなければお隣さんの土地を買い増せば良いだろ。新築でも3000万程しかしないって」


 結婚してから建てた離れは確か2500万で2人の貯金で貯めた頭金の500万と父からの援助が1000万、残りの1000万を15年ローンを組んで建てた物だ。土地は父の名義だったし恐らくそのまま使っていたが結局建物はすべて燃えて無くなった。


「それにコスモ君にお願いしたらもっと安く建てられるかも知れないよ」

「それは嫌だよ、2人の新居に誰かが飛んできたらリュウ君だって嫌でしょ」


 商会所属の会員は誰でも飛べるから確かにそれは嫌だが安全が確保出来ると言う最大のメリットが存在するので新居が駄目なら庭にガレージでも作って支店化は行ってもらいたい。


「聡志兄ちゃんと涼子お姉ちゃんって結婚するの」

「そうだよコスモ君結婚式には招待するから絶対来てね」

「うん楽しみにしてる」


 涼子と付き合う事は了承したが、話の流れ上結婚して家の敷地に新居を建てる事に成っていたがそこまで考えて居る訳じゃなかった。そろそろ森下の茶々が入る所なのだが嫌に森下が大人しい、何をしているのかと森下に目をやると100万円の札束を1つ1つ中を確認し、確認し終わると1束ずつ『収納』していた。


「森下さんそんな事しなくても『収納』しちゃえば金額は解りますよ」

「聡志君2億ですよ2億、何でそんなに冷静で居られるんですか」


 激昂せず冷静に問い返されて何と返答すれば良いか解らなくなった、しかし森下の言う事の方が正しいように思えた。


「じゃあレベルを40にまで上げてからSDTFに協力するって事は問題無いですか」

「うん良いよリュウ君に任せる」

「私は緒方君にお任せしていますので」

「ここからガンガン伸し上がってやりますよ、最早SDTFなんてその為の踏み台でしか有りませんから」

「聡志兄ちゃん眠いよ」


 少し長話になってしまったようだ、コスモがオネムなので家に帰らせ私達も解散した。




7日の土曜日道場も休みで意気揚々と梅田ダンジョンにレベル上げに向かう、ひたすら魔法でモン部屋に召喚される魔法を狩っているとコスモが私達のレベルに追いつき39に森下が肥後と同じ38へと上がっていた。

目標の半分30部屋のモン部屋を攻略して後半も頑張ろうねと一休みしていた所に攻略隊の面々が現れた。


「緒方さん一昨日振りですね」

「私達が入った後直ぐにダンジョンに入ったんですか」

「さあどうだったでしょう」


 江下達の構成は、リーダーの江下、攻撃要員の北条と北川、壁役に柴田が入っていてその他支援要員が安達、御園と言う少数精鋭で臨んでいるらしい。相変わらず彼らを『鑑定』する事は出来ない、特に安達に関しては名前とジョブのみだ。


「皆さん怪我1つ負われて無いのですね」


 そういう江下達は盾騎士の柴田と戦士の北条が怪我を負っている、致命傷と言うような物では無かったが癒してやる事にした。


「緒方君度々ありがとう、君から提供してもらったミスリルのロングソードのおかげでスケルトンナイト相手でも互角以上に戦えて居るよ。次に共闘出来る時には君たちと一緒に戦う事が出来そうだ」


 怪我の治療が終わった北条が頼もしい事を言ってくる、柴田の方は短くありがとうと言う言葉だったが二人共から感謝の意は伝わってきた。


「森下君本部にも顔を出して下さい、荷物がデスクに溜まって居ましたよ」

「了解しました」

「それでは皆さん私達は先に進んでいきますので」


 怪我が治った北条を先頭にして攻略隊のみなさんが別の部屋向かって進んでいった。


「コスモ君お局のレベルっていくつだった」

「僕には見えなかったよ、聡志兄ちゃんは解った?」

「サッパリだったよ、江下さんと会った時には見えたから多分あの安達さんのスキルの所為だと思っているんだけど」


 まてよ、前回のレベル上げの時安達はチームに加わて居なかった、と言う事は誰か他の人間のスキルの所為なのでは無いだろうか。戦闘職の3人と安達それに江下も独りだと鑑定出来たから残りは御園だけと言う事になるか。


「隊長のレベルはいくつだったんすか」

「一昨日は30のままだったけど今日はレベルが上がってるかも知れませんね」


 攻略隊一行の事は気になりはしたが既に離れてしまっている、私達もモン部屋を回ってレベル上げを再開した。

 60部屋回った所で引き上げた、レベルは結局あれから誰一人上がらなかった。




 4月8日日曜日、明日から学校が始まるので余裕を持ってレベルを上げられるは今日が最後だ。道場は流石に入学式直前と言うことで休みになっている。

集合した時間は10時朝食もこなれた頃梅田ダンジョンに突入する。


「今日は江下さん達着けて来てないよね」

「毎日ダンジョンに潜る余裕は無いと思いますよ、聡志君みたいだ大魔法使いが仲間に加わらない限り」


 大魔法使いでは無く賢者なのだが訂正せずにダンジョンを進んでいく。最初の部屋でレベル44のスケルトンナイトと遭遇した、しかも取り巻きのレベルも42と39と高めだ。

3体が召喚されたと同時に高火力の魔法を放ち、炎が収まらない内に次の魔法の詠唱を始める。


「肥後さんリュウ君が二発目放つと同時に行くよ、私は真ん中をやるから肥後さんは左の奴をお願い」


 詠唱中の私に変わって涼子が指揮を取る、あの涼子が指示を出せるまで成長して私は内心嬉しさで一杯だ。

温度差でスケルトンナイトの骨をもろくすべく氷の礫を放つ、運良く一番レベルの低いスケルトンナイトとは私の魔法で崩壊した、残った2体に涼子と肥後が襲いかかる。

当然涼子が振るった聖剣はスケルトンナイトレベル44を一撃で仕留める、盾とミスリルの短剣を使った肥後も一撃とはいかなかったがダメージを受けずに仕留める事が出来た。


「楽勝っすね」


 危なげない攻撃で仕留められてホッとした、ちょうどその時私と涼子のレベルが40に成った事を実感した。


「レベル39から長かったね」


 詳しくは覚えちゃ居ないが200回以上モン部屋を回ったのでは無いだろうか、様々な事が起こりすぎて数を覚えちゃ居ないが。


「私『聖鎧』のスキルを覚えたけどリュウ君は」

「私も涼子の『聖鎧』が『物真似』出来たのと『ブースト』って言う魔力を沢山使って威力を上げるスキルを覚えたよ」


 勿論『物真似』の力で『聖鎧』が作れた訳では無くサードジョブ勇者の力なわけで、実際意識的に『物真似』を使った事は一度もない。今回セカンドジョブの道化師はどういう訳かスキルを覚えなかった、非戦闘職はスキルを覚えやすいと思っていたのは間違いだったようだ。


「今日のレベル上げはおしまいっすか」

「魔力が尽きるまでは回るつもりですよ」


 鎧を生み出すのはまたの機会にしてダンジョンを回っていく、目標の60部屋を回り終えた頃の私達のレベルは、私と涼子がレベル40、コスモと肥後と森下までもがレベル39になった。




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