第55話「春休みの予定」

 奄美大島ダンジョンを無事脱出出来たのは3目の朝だった、ダンジョンから出て時間を確認すると中に入ってから現実世界では1分と経過はしていなかった。


「私達はこのまま本部に直行して事情聴取を受けます」


事情聴取を受けるのは子供組3名を除く全員で1人森下が駄々を捏ねているが誰も取り合おうとしていない、私と涼子の二人は明星道場で子供たちの面倒を見る為早々に移動する事にした。


「それじゃあ私達は道場で剣道教えて来ます」

「今回は大変助かりました、ありがとう御座います」


 北川達に別れを告げると地元に帰って道場で汗を流した。





「大人がガチに起こられている場面を目の当たりにするとドン引きするもんなんですね」


 翌日支店に行くと森下が編み物をしながらそう話しかけて来た。


「何で編み物なんかやってるの?」

「涼子さんこれが女子力って奴なんですよ、好きだからってテレビゲームで暇つぶしなんかをやってると駄目な女扱いされちゃうもんなんです」


 この際編み物でもゲームでも好きにやってくれたら良いが昨日の顛末を詳しく聞かせて欲しい。


「工作隊3人が怒られたって事ですよね」

「もうそれはそれは真っ直ぐな正論で反論の余地なく4時間も怒られてました。でも一番の被害者は巻き込まれただけで何の落ち度も無い私だと思うんですよ、だってその説教を4時間立ったまま聞かせ続けられたんですもん」


 一番下っ端の森下がその状況から抜け出せる術は無かったようだ、肥後も同じ立場だが甘んじてその状況を受け入れたのだろう。北川に関しては現場責任者として説教をされる側だったらしい。


「じゃあコスモ君の仕事はお役御免ですか」

「長島さん達はしばらく謹慎処分の上減給で他の工作隊にコスモ君達は付いていくみたいですよ。そうそう北川特務警部補殿も減給処分らしく珍しく落ち込んでました」


 北川の処分内容を話す時だけ森下は笑顔で嬉しそうに話して居た、悪気しか無い森下の態度に北川とは馬が合わないのだと改めて思った。


「春休みの日程調整と今回の謝罪がしたいって室長が言ってたんですけど今日本部に行けますか」

「室長って誰なんですか私達聞いてましたっけ」

「そう言えば言って無かったですか、ダンジョン対策課攻略室長の佐伯少佐ですよ」


 階級が軍の物なのか、自衛隊からの出向者だとしても少佐なんて階級自衛官には無い筈なのだが。


「少佐さんなんですか」

「少佐はニックネームでした、正しくは佐伯大雪特務警視正です。自衛隊からの出向組で最上位の冒険者ですねレベルは15だって聞きましたジョブは算術師って言う変なジョブですスキルは聞いてないから知りません」


 自衛隊に冒険者が居たか、自衛隊かの出向者と言えば課長の藤倉がそうだったけど彼は一般人で冒険者では無い。藤倉の元の階級までは知らないがたしか警視正と名乗った記憶が有る。


「藤倉課長って警視正ですよね」

「そうですよ」

「じゃあ佐伯特務警視正の方が階級が上って事になりませんか」

「なりますね」

「それっておかしく有りませんか」

「現場のラインと参謀本部のラインは命令系統が違うって教わりましたけど特務って着くのは現場の課員だけでおえらいさんは普通の階級みたいですよ」


 森下の説明では要領を得なかったが現場に居る課員が他の部署から優位性をもたせる為にわざわざおかしな階級を作ったと言う事で良いのか元部署に戻った時には冠の特務と言う階級が消える事でその優位性が無くなると言う事で理解した。


「今日は道場にも行きませんし夕方までに帰れるなら本部に行っても良いですよ」「本当ですかありがとう御座います、本部に連絡入れますね」


 森下が連絡を入れているうちに私と涼子は春休みの間に遊びに行く予定を立てて居た。


「15時に本部の室長室に来て下さいって事です」

「判りました」




「リュウ君私ネズミーランドに行きたい」

「春休みにネズミーに行くのちょっと無謀過ぎない」


 地元最大のテーマパークであると同時に日本最大のいや世界的に有名なテーマパークなのだ、夏休みに比べれば人は少ないと言うものこのバブル時代の絶頂期2時間3時間待ちは当然なネズミーに行きたいとは思わない。


「待ってる間もリュウ君と一緒なら私楽しいよ」


 嘘だ、そんな事を言っても不機嫌に成ることは目に見えてる、なぜなら私が今まで誘った女の子は大抵が待ち時間に不機嫌になる。とは言っても他に連れて行く場所が有る訳でもない、一度くらいは連れて行っておいた方が良いか。


「じゃあ土日は避けて平日の月曜か火曜に行こうか」

「羨ましいを通り越して恨めしいですね、今の私の気持ちを伝えるならリア充滅せよ。そろそろ時間なんで行きましょうか」 


 森下からの催促で休みの計画を練る事を諦め本部に移動した。

 本部の支店から室長室に移動するのだが今まで使ってきた場所と比べて内装がかなり質素に成っている。室内の重要度が落ちている訳では無い筈なのだがどうしてここまでグレードが違うのか疑問に思った。


「ここが室長室です」


 森下がノックして名乗ると中から返答が有って扉を開け中に入った。


「始めましてで良いのかな、私はダンジョン攻略室の室長で佐伯大雪と言うものです。先日はうちの連中がご迷惑をおかけしました、救助活動にご尽力頂きましてありがとう」


 算術師と言う珍しいジョブでレベルは17だった、森下が知っているより2つもレベルが上がっている、スキルは『計算』と『予測』の2つ、『計算』はそのまま計算力の向上だったが『予測』の内容は私の『鑑定』だとよく解らなかった。


「お礼の言葉は受け取って置きます。それよりも春休みの予定を聞かせて貰えますか」

「3月18日の日曜から4月8日の日曜までが春休みでよろしいですか」


 正確には覚えちゃ居ないがそんな期間だったように思う涼子も頷いて居るので大きくは違ってないだろう。


「火曜と金曜、それに日曜が剣道教室に通って居られると言うことなので月曜、水曜、土曜の3日間ご協力下さい」


 そうなると完全フリーな曜日が木曜しか無くなるが道場の方は休もうと思えば休める、石碑の解読作業なんて移動時間が仕事の大半で作業事態は簡単に終わらせられる物だ。涼子にも不満が無いようなのでその内容で良いと返事しておいた。


打ち合わせも終わって雑談タイムに入ったので気になっている話しをぶつけて見た。


「佐伯室長は自衛隊の方なんですか」

「元の所属は自衛官でしたが今はSDTFの人間です、ダンジョンが日本から無くなるまでこの職に就いている筈ですから自衛官に戻れる事は無いでしょう」


 佐伯の年齢は46歳定年が60だとすると後14年以内に解決しないと元の職場に帰る事は出来ないと言うわけか。佐伯自身がそう考えて居るように恐らくそんな短時間でダンジョンがすべて攻略される事は無い。


「室長さんは安倍マリアと言う人物に心当たりは有りませんか」

「安倍さんですか」


 佐伯が何やら困惑している顔つきに成ったがしかし首を傾げて


「恐らく知らないと思いますよ」


 と言う答えが帰ってきた。


「では公安の淡路さんから聞いた自称勇者の中町町子さんの事は」

「その件に関して私には答える権限が有りません。どうしても知りたければ大濠統括か直接公安にお聞き下さい」


 けんもほろろに断られた。しかし森下や肥後とは違い中町の情報事態は知っていると言う事だけは判明した。


「具体的な調査方法は森下君に伝えて置きますのでよろしく願います、私はこの後人に会う約束がありますのでこの辺で失礼させてもらいます」



 雑談も終わり室長室が出ると森下が別の部屋に案内してくれる。


「何処に向かってるの?」

「攻略隊のデスクですよ、一応私の席も残っているのでそこで江下隊長から詳しい話を聞くことに成っているんですよ。聡志君も聞きたい話が有るんじゃ無いんですか、この際何でも聞いちゃって下さい」


先程まで居た区画に比べると部屋の作りが若干豪華に成っている、攻略隊が使っている部屋は私や涼子が本部で案内される部屋と近くに存在する場所らしい。

 森下の案内で攻略隊の面々が使って居るデスクに移動したが部屋の中に居たのは江下と事務員のみでその他の攻略隊は1人も居なかった。


「隊長聡志君と涼子ちゃんを連れてきましたよ」

「森下君、緒方さんと川上さんにご迷惑をおかけしていないだろうね。二人共ダンジョン攻略隊の詰め所にようこそ。歓迎します」


 江下に勧められ来客用の応接セットに座らさせられる、こんな地下にも来客が有るんだなと言う感想を抱いて本題に入った。


「残りの攻略済みのダンジョンは関東に3箇所、北海道に1箇所、関西に5箇所、九州に1箇所です」


関東に存在するダンジョンは構わないのだが関西に5箇所有るダンジョンを回るのは大変そうだ、一日で回れる場所にあると良いのだが。


「それぞれのダンジョンはコスモ君の支店から近い場所に有るんですか」

「九州地区は福岡の博多と長崎のハウステンボス近くそれに宮崎のシーガイア内と鹿児島の奄美大島に 支店が存在します。攻略済みのダンジョンは福岡に有りますから2時間程で石碑巡りは終わるでしょう」


 各都道府県に1つと言うほど支店構築は進んで無いらしい、必要なクレジットは恐らく日本円を換金して居るから不足すると言うことは無いだろうから土地や建物の買収の方が手間が掛かっているのだろう。


「関西の5箇所は北から滋賀の長浜、京都の三千院、大阪の梅田と堺、兵庫の尼崎です。それぞれ最寄りの支店は滋賀は彦根、京都は京都御所内、大阪は難波、兵庫は神戸に存在します」


 京都御所内に支店を作ったのか、やんごとなき方の避難場所を考えると最適な場所だが私達が飛んでいって捕まらないかが心配だ。


「関西地区を2日間の行程で考えて居ます」


 関西と言えば徹が務めて居た製薬会社が有る、京都の研究所で徹夫妻の自宅も京都市内だった、私が徹の自宅を訪ねたのは結婚式の前後で2度両親と一緒に行った切りだ。

京都競馬場に行ったのは去年の事だったが既に遠い過去のように思える、あの時は甚八と一緒に日帰りで強行した。私の記憶では2年の終わり頃に修学旅行が実施されていた筈だが今世では3年の6月のはじめ京都では無く北陸を回る旅に変わっていた。


「最後の北海道は緒方さんから教えて頂いた北大の敷地内です、最寄りの支店はまだ有りませんので北海道だけは飛行機でお願いします。日帰りも考えたのですが流石に時間が厳しいので北海道だけは泊りがけでお願いします」

「泊まりがけは親の許可を貰うのが難しいですよ、何かそれらしい理由が無いと」 


 江下は少し考えますと言い北海道への石碑巡りは後回しにされた、それでも佐伯にお願いされた日数よりだいぶ少ない日程で石碑巡りは終わりそうだ。


「江下さんは中町町子って人物をご存知ですか」


 佐伯に訪ねた事と同じ内容の質問をぶつけて見た。


「中町町子ですか、聞いた事は有りませんが緒方さんのお知り合いですか」

「公安の淡路さんから聞いた自称勇者様らしいですよ」

「勇者ですか、川上さんと同じような・・・ひょっとすると札幌ダンジョンを攻略した冒険者かも知れません。公安の情報は私よりも御園が詳しいのですが御園は別任務に従事しているので暫く会えないのです」


 札幌下級ダンジョンを攻略した人間か、あの件は全く埒外に置いていたから今まで考えないようにしていた。


「公安は独自の情報網を抱えて居てSDTFに協力的では有りますがすべての情報を開示しては居ません。少し私の方でも調べて見ますのでその件は一旦預からせて下さい」


 中町の件は江下が調べてくれるらしいが期待薄だ、佐伯からは大濠経由で話を聞けと言われて居たからな。江下がポロリと情報を漏らしてくれるかと思って話を振ったのだが無駄だった。


「安倍マリアと言う人物に心当たりは無いでしょうか」

「アベマリアさんですかそういう源氏名に心当たりは有りますがどうしてそのアベさんを探しているのか理由をお聞きしてもよろしいですか」


 確かに偽名の源氏名っぽい名前だ、肥後の心当たりが有ると言っていたアベマリアはその線だろうな。


「神託で安倍マリアに邂逅せよと言う物が有ったんですよ」

「新たな神託が降りたのですか、ですがアベマリアと言う名の冒険者は居ませんし、私が知るアベマリアは水商売か風俗関係者しか居ません。他に何か特徴や住まいなどは解っていないのですか」

「いえ名前以外は特に何も」


 結局ここでも安倍マリアに繋がるような情報は何も得られなかった。


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