第41話「練馬ダンジョン」

「ダンジョンって緒方君は本気でそんな事を信じて居るんですか」

「肥後さん新宿の事件現場に有るダンジョンの入り口見えてるんでしょ、目にしてる事も信じられませんか」


 車内で勝負に出た、ここなら涼子の目と耳を気にする必要はないから涼子に隠している事も口にする事が出来る。


「モンスターを倒してお金と経験値を得るなんて絵空事だとしか思えません、緒方君君は山内君に騙されてませんか」

「私は山内何某さんとは先程お伝えした通り面識が有りませんから彼に騙される事も有りませんよ」


 肥後が迷っている事が伝わってくるが目的地には向かってくれている、私の話が与太話なのか真実なのか判断が出来ないのだろう。


「モンスターと言う言い方が正しいのかは判りませんが奴らを倒してレベルが上がる事は本当です。私は今レベル19で肥後さんはまだレベル0ですね、お金に関しては奴らを狩るより普通に働く方が正解だと思います。いまの所そんなに稼げませんので」

「レベル19ってそんなに上がる物なんですか、山内君はレベル3で頭打ちだったと嘆いてましたが」


 レベル3で新宿ダンジョンに潜ったのか、『鑑定』を持っていたとしても得られる情報がまだ低いだろう、新宿ダンジョンの要求レベルを知りもしないで突撃しちゃったと言う落ちか。


「緒方君は山内君の仲間の1人では無いと言うことですね」

「全く違います」

「一つ確認なんですが目的地には山内君とその仲間が居るのでしょうか」

「確証は有りませんが居ないと思いますよ、この情報をくれたのは例の新宿ブラックタイガーの菊池と言う特攻隊長でしたから」


 自称ブラックタイガーの下部組織の彼らの正体はブラックタイガーの幹部の1人とその取り巻きだった、私を利用して山内にまで辿り着こうと言う算段だったのか御園にそそのかされたのかは分からないが私達に近付いて来たのは偶然では無い事は確かだ。


「菊池が緒方君達に近づいて来たのですか」

「御園さんと菊池って繋がってたりします?それとも山内を始末したのが肥後さんだったり?」

「そんな馬鹿な事、失礼御園さんは菊池となんて繋がってませんむしろ菊池と接触するために昨日も駆け回ってました。私は警察官として山内君の事を補導しようとは思っていますが個人的な感傷は有りませんので当然殺そうなんて思った事も無いです」


 肥後は山内を捕まえようとしているが感傷的に成っているのは御園の方だと言っているような物だ。


「山内と御園さんは親族か何かですか」

「腹違いの弟さんです、複雑な葛藤が有るようですが山内君を更生させようと本気で考えて居られます」


 今生で更生する事は叶わないから来世に期待してもらう他無いな。


「肥後さんは新宿ダンジョン以外のダンジョンをご存知ですか」

「やはり他にもダンジョンが存在するのですか」

「私が知っている限りでは初級ダンジョンが1つに下級ダンジョンが2つの合わせて3つですがもっと沢山存在していると思います」

「場所は教えては貰えませんか」

「今はまだ、この先肥後さんが私達に協力して下さるならお教えしても構いません」


 そこまで話で少し沈黙が続いた、自分の中で会話を整理しているのか心を落ち着けて冷静さを保とうとしてるのか20分程経った頃肥後の口が再び開いた。


「緒方君はなぜダンジョンに入るのですか」

「レベルを上げる事が当面の目標ですが真の目的はダンジョンの攻略です」

「攻略すると何が起こるのですか」

「攻略せずに放置すると中から肥後さんの言うモンスターが溢れる事に成りますどうしてそんな事を知ってるのかと言われると説明が難しいのですが不思議な力でそうなる事を知ったとしか言いようが有りません。そのうえでダンジョンを討伐する事が人類に必要な事だと思っているそれが私がダンジョンに入る理由です」


 未来から精神だけリープしてきたと言う話はしなかった、多分私がその話を他のだれから聞いても信じないので肥後を納得させる事は不可能だと考えたからだ。


「ゲームのようにダンジョンで死んでも生き返ると言うような事は有りますか」

「生き返れるなんて考えた事も有りませんが多分誰でも気づかれずに死ぬだけです」


 私と涼子の知る限りでも二人の少年少女は犠牲に成っている。


「ではもし新宿のダンジョンに山内君達が入ったとしたら今でもまだ無事で助けを待っていると思いますか」

「それは新宿ダンジョンに入ったなら死んでるでしょうね。ダンジョンの中は時の流れが外の世界と違いますので入って直ぐに出てこない時点で絶望的です」


 何時から中に入っているのかは知らないが外の時間で丸1日有ったら中では100年くらい経過してても驚かない。


「肥後さんは山内が御園さんの弟だから助けようとしているのですか」

「それは違います、私も山内君に誘われて居たのです新宿ダンジョンに入る事を聞いて何を馬鹿な事と一蹴したのですが言われた通りの場所に行くと地下に続く入り口らしきものが実際に見えたのです。ですが私では中に入れなかった、馬鹿にされることを覚悟に同僚を連れて行ったりもしたのですが彼らは入り口を見る事も触ることも出来ませんでした」


 新宿ダンジョンが制限の有る場所で肥後は命拾いをしたと言う事だな、これが下級ダンジョンだったら死んでたかもな。


「新宿ダンジョン前で事件が起こるってタレコミが有ったそうですね、アレって肥後さんが知らせたんじゃ有りませんか?」

「話に夢中に成りすぎたようです、目的地に到着しました」


 タレコミの件には答えてくれなかったが肥後の態度から肯定だと読み取れたがそれ以上の話はしなかった。目的の住所は東京だとは思えない田舎で草だらけの田んぼは耕作放棄地のようだ。


「そんなに遠い場所じゃ無いのに開発の手が伸びて無いんですね」

「このあたりは交通インフラが整って居ないのが原因でしょう、自家用車を使わない限り駅にも行けませんよ」


 線路どころかバス停すら見なかった、東京とは言えど埼玉との県境でしかも交通の要所から離れている山中だ。私は20年先の世界を知って居るがこの辺りが開発されたかは知らない。


「アレ見えますか」

「何がでしょうか」


 車から降りて農機具小屋らしき建物の隣を指差し肥後に場所を伝えた。


「ひょっとして壊れたダンジョンの入り口ですか」

「練馬ダンジョンだそうです、初級のダンジョンで既に討伐済みですね。誰が攻略したか考えるまでも無く山内とその仲間でしょう。私も初級ダンジョンをクリアしてスキルとジョブに目覚めましたので彼らにも同じ事が起こったんだと予想します」


 涼子が乗ったタクシーは離れた場所で停車し既にタクシーを帰している、涼子なら『瞬間移動』を使えば戻れるからタクシーを確保しておく必要が無かった。

  菊池達が待ち伏せしているかもと思ったが誰の気配も無く涼子を隠れされて居た事が無駄になった。


「初級ダンジョンというものに入らないとスキルとジョブは貰えないのでしょうか」

「何処のダンジョンでも良いのでモンスターを倒せばレベルが上って両方手に入ると思いますよ。ただスキルを得られるタイミングはジョブによって違うようなので最初の一匹を倒したからと言って即日得られる保証は有りません」

「つまり私もダンジョンに入ってモンスターを倒せばレベルが上がるって訳ですか、そうなると今の私ではお役に立てそに無いですね」


 足を引きずりながら農機具小屋に向かう肥後の足取りは重い、後藤の持病だった腰痛を治せた薬があるし私も回復魔法が使えるなら肥後の膝を治す事も可能だと思えるのがやってみない事には判断が付かない。


「この小屋の中に山内君達が隠れ住んでいたのでしょうか」

「入ってみれば解るんじゃ無いですか」

「不法侵入なのですか」

「脱法行為は許せませんか、じゃあ私だけで中を探索してきます。肥後さんはそこで突っ立って見てて下さい」


 肥後も入らない選択肢は無かったようで苦言を口にしたものの私に先んじて中に入る算段を始めた。


「意外としっかりした建物です、強引に入る事は難しそうです」


 まさかホームに設定されている?と疑問を思い浮かべ扉に鍵穴が無いかと探してみた、どうやら扉に鍵穴が無い為ホームでは無さそうだと考え一応建物に『鑑定』を施した。

 『所有者の居ない仮宿』鑑定の結果が帰って来る、これはコスモが使う『ホーム』のスキルとは別の物で構築された建物だったようだが既に所有権が放棄されて居る建物らしい。誰の物でも無いらしいから強引に力を入れて入り口を揺さぶって見た。


「・・・引き戸だったみたいですね」

「握り玉のドアノブが付いた引き戸なんて物が存在するんですね」


 扉を開けて中に入る、外の見た目と反して中は内装が付いた部屋に成っていたここで寝泊まり出来なくは無さそうだが小さな明り取り用の窓しか無い。水場もトイレも無いのでここで暮らして行くことは出来無さそうだ。


「ここに山内君達が居たのでしょうか」

「居たんじゃないですか、それらしい荷物も置いてあるみたいですよ」


 チーム山内には『収納』や『アイテムボックス』のスキルを使える人間は居なかったようで初級ダンジョンから得たであろう品物が並べられて居た。『鑑定』を駆使して調べた結果低級魔法薬が3つに鉄の盾が1つ角ウサギの角が2本転がっている。

サービスと言う訳じゃ無いが肥後の見ている前で山内達が得た収穫物を『収納』して見せた、一瞬驚いた顔に成った肥後だったが直ぐに非常を消し質問してきた。


「それが異能の力ですか」

「スキルの1つです、この力を使えば窃盗なんて仕放題だとは思いますが今の所犯罪に使った事は無いですよ」

「山内君達のその力が無くて幸いです」


 倫理観の薄そうなチーム山内の連中がこの力を使えばルパンも顔前の怪盗に成っていただろう、彼らの中に自称怪盗や盗賊も混ざっていたらしいから単純にレベルが足りずスキルを取得出来なかっただけかも知れない。


「山内から肥後さんはスカウトを受けたんですよね、その時にジョブは聞きましたか」

「聞いて無いですがもう私の職が決定しているのですか」


 『鑑定』持ちが居た事は確定なのだろうがレベルが低くジョブまでは判明出来なかったらしい、コスモも最初私や涼子のジョブまでは解らなかったようなので山内達のレベルが低い事を疑う必要はない。


「騎士やナイトと言ったジョブらしいですよ」


 私の『鑑定』では騎士と表記されているがコスモはナイトだと言ってたように思う、『鑑定』のレベルは私よりコスモの方がたかいので信頼性はコスモの方が高い筈だ。


「騎士ですか馬には乗った事が有りませんが」


 私と肥後がそれぞれに分かれ部屋の中を物色していくと本棚の中に一冊のノートを見つけた、そのノート以外はすべて漫画雑誌が並んでいたので最初は気づかなかったのだが一冊だけ薄い物が紛れ込んでいたので同人誌かと思って手に取ると小学生が使う類の黄ばんだノートだった中を覗くと5人の名前の横にレベルとジョブそれにスキルが記載されていた。


 秘匿するか肥後に知らせるか迷ったがそれぞれの人物の所在確認するためには肥後の協力が有ったほうが良いと考え肥後にノートの存在を知らせた。


「山内君の物では無さそうですね」

「そうですね使い古しのノートで名前の欄に春日和泉と書かれてますから」


 チーム山内のリーダーは春日和泉と言う人物でジョブは詐欺師でレベル9初級ダンジョンをクリアしていれば順当なレベルだと思える。残りの4人のステータスは山内が宮廷画家レベル3、佐久間直己盗賊レベル2、和田文吾怪盗レベル1、上田豊次行商人レベル4。春日以外のレベルが低すぎる、商人は売買することで経験が得られる事は判っているので同系列の行商人はダンジョンに入らなくてもレベルが上がっている事には納得が行くがその他3人に関しては全く予想が付かない。少なくとも5人で初級ダンジョンをクリアしていれば全員春日と同じようなレベルになっているのが普通だ。だとすると奴らとの戦闘以外でも経験値を貯める方法が有るのだろうか。


「山内君以外は知らない名前ばかりです、署に戻ってから調べてみます」


 山内の仲間の正体を探るとか正直どうでも良い、重要な事は肥後がダンジョンに入る気が有るのか無いのかせめて下級ダンジョン攻略までは一緒に行動してもらいたい。

家探しが一通り終わると改めて一緒にダンジョンに潜って貰えないかと切り出した。


「私が役に立つでしょうか」

「私達が子供しか居ませんので肥後さんが一緒だと心強いです」

「そのダンジョンに入らずに例えば警察やそれこそ自衛隊を頼る事は出来ないのですか、人類の危機なのですよね」

「素質の有る人間以外ダンジョンを触るどころか見る事も出来ないと言ったのは肥後さんでしょ。見えない物や体感出来ない物を大人は信じるとは思えせんよ、ましてや警察や自衛官が動く事は有り得ませんよね」

「それは、その通りだと思います。解りました緒方君に協力しましょう」


 そう簡単には了承を得られないだろうと思っていたがあっさりと了承してくれ拍子抜けしてしまった。


「誘って置いてなんですがどうして協力して貰えるんですか」

「解らないからです、ダンジョンの事も山内の君達の行方も超常の力もモンスターの事も何もかも解らないから協力してみようと思いました。少なくとも通常の捜査では何も出来ないと言うことは朧気ながら理解出来ましたので」


 肥後が仲間に成ることは確約してくれたが何処まで付き合ってくれるかは不明だ、この話は涼子とコスモ二人に前もって教えて置かなければならない。涼子は良いとしてもコスモがなんと言うかそれでもダンジョン攻略に光明が見えそうだった。








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