第35話

悲しそうな顔を浮かべる彼女に、そんなつもりではなかったと、そう思いはするものの、どういったらいいかもよく分からない。

だって、僕が見た事のある星の写真、それはこういった個人用のもじゃなくて、それこそ天文台、そこでとられた写真ばかりなのだろうから。そこに乗っていた写真を思えば、なんというか、思っていたものと違うというか。大きく見えた、ただそれだけというか。


「その、惑星は、はっきり見えるんだっけ。」

「うん。恒星に比べたらね。」

「じゃ、そっちが見たいかも。」

「えっと、この時間なら、火星かな。ふたご座、分かる。」


言われて、空を見上げて、探す。今見たスピカ、おとめ座にから結構西にあったはずだけど、そんなことを考えながら、そっちの方向を見て探してみるが、流石に直ぐに見つけられない。


「あ、分かるんだ。」

「えっと、まだ見つけてはないよ。」

「見る方向があってるから。」

「それくらいは、覚えてるよ。」


気が付けば、彼女が落ち込んだ顔から嬉しそうな顔に戻っている。


「そっか。」

「カストルとポルックス、その双子だったっけ。」

「うん、そう。方角はそっち。二つ明るい星が並んでるの、分かるかな。黄色っぽい星と、青白い星。」

「えっと、そんな風に見えるのが、結構あるから。」

「そうだよね。えっとね、そのあたりで12月、勿論方角は変わるけど、流星群があるんだ。」


言われてみれば、そんな事をニュースで見た気もする。


「しぶんぎ座と、ペルセウス座もだっけ。」

「よく知ってるね、そう、それと合わせて三大流星群。他にもいっぱいあるんだけどね。」


そうして話す彼女は、また天体望遠鏡を覗き込んで、何やらあれこれと操作をしている。

話しながらでも手元が淀みなく動く、その様子から慣れているのがよくわかる。


「へー。その火星以外だと。」

「えっと、水星は少し低い位置に出るから、ここからだと木が邪魔かな。後の観測できる惑星は、それこそ明け方とかにならないと。」

「ああ、そうなんだ。」

「うん、そのあたりは、もう季節次第。」


時期によって変わる、星の運行。惑星も同じだと、そういった事は知識として知ってはいるが、こうして実際に空を見ながら話を聞けば、思うところもある。

ぼんやりと星空を見ながら、まだ背後で作業を続けている彼女に話しかける。


「よく覚えてるね。」

「好きな事だから、自然とね。私よりも、興味がないのに覚えてる君の方が、凄いなって思うけど。」

「えっと、前にも言ったけど、こうしてみるのは好きだよ。」

「そっか、そうだったね。うん、綺麗だよね。」

「うん。僕はここでしか、こんな風に見えるところを知らないし。町中だと、うん、少なすぎて、あまり見ようとも思わないけど。」


普段住んでいる場所、その夜空を思い出してみると、星の数ほど、その慣用句が馬鹿々々しくなるほどの数しか見ることができない。それを見上げて綺麗とは、流石に思わない。ただ、悲しいとも思わない。だって、その分便利だし、安全だから。


「そう、だよね。うん、町は明るいし、上空の大気が光を反射して、さらに見えにくくなるんだ。」

「ああ、そういう理由もあるんだ。」

「うん。何処だったかな。星空が綺麗な、それを自慢にしてるところがあってね。そこに在るショッピングモールが、星空を見るために、早い時間から電気を全部消して、とか。そんな取り組みもあったりするんだ。」

「それくらいで、変わるのかな。」


思わず首をかしげてしまう。


「どうなんだろう。私はそこにいたわけじゃないから。でも。そうだね。」


そういって、彼女は星空を見上げる。


「綺麗に見えるんじゃないかな、知ってたら。」

「そうかな。」

「うん、だって、それだけの人が協力してくれたんだから。それを知ってたら、普段より綺麗に見えると思うよ。」


物理的な効果はともかく、精神的な効果は確かにありそうだ。僕だって、あの日ここに来て、縁側から星を、夜空を見上げなければ、今ほどに星座の話とか、興味を持っていたわけもない。

ぼんやり眺めている時に、祖母の話してくれたことが無ければ、自分で他にはと調べたりもしなかっただろう。


「ああ、そうかも。」


夜空を見上げるには、被ってる帽子のつばが少し邪魔だな、とそんなことを思う。

一度とると被りなおすのも面倒だから、取る気はないけど。

そう言えば、彼女は帽子をかぶったまま食事をしても、特に何も言ってこなかったなと、今さに気が付く。

僕自身、忘れていたことも有るけど、行儀が悪いくらいは、言われそうなものだが。


「うん、これで良し。今度はもっと見ごたえがあると思うよ。」

「そうなんだ。」

「流石に、距離が違うからね。」

「でも、大きさ、かなり違うんじゃ。」


恒星が惑星よりも大きい、それも比べるのが馬鹿々々しくなるほど。

それくらいの知識はある。


「うん、そうだけど、それが馬鹿々々しくなるくらい、本当にとんでもない距離離れてるから。」


そう言われてみれば、それもそうかと、納得できる。

一番近い恒星、太陽だって、正直月と同じくらい、少なくとも比べられるくらいの大きさに見えるのだから。

地球の衛星、つまり地球よりもずっと小さい惑星だというのに。


「ああ、それもそうだよね。」

「うん。さ、見てみる。」

「ありがと。」


そうして、彼女が準備してくれた天体望遠鏡、そのレンズを覗き込む。

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