第31話
朝食後、すっかりと二度寝を決め込んでしまった僕は、昼少し前にようやく目を覚ました。
正直、普段の休みはそんなことも有るけど、こっちに来ている間は、午前中は課題をやる時間としていたから、なんだか落ち着かない。
昼ご飯までは、あまり時間も無いし、なんだかんだと毎日進めていたので、やらなきゃいけない物もそう残っているわけでもないのだが、それでも短い時間、お店を広げて、せっせと進める。
そうしていると、そういえば、あの子に勉強を見てほしいと、そんなことを言ったのを思い出す。
ノートの何処だったかに、間違いがあると、そう言われてはいるが、そこを見てしまえば名前が分かるから、さて、どうしようか、そんなことを考える。
昨晩も、それを考えたけど、ここまで来てしまえば、なんだか直接言われるまでは、知りたくなくなってしまった。
かといって、間違えていると、そう言われているものを放っておくのも落ち着かない。
そうして気もそぞろに手を動かせば、自分でもそれとわかるミスがちらほらと出て来る。
そんな風に、途切れがちな集中力と、どうにか戦っていると、祖母から昼ご飯に呼ばれる。
昨晩から食べて寝て、そんな繰り返しだったせいか、どうにもお腹は空いていないけど、それでもある程度は詰め込んで。
昼からは、祖父に色々と聞きながら、鉢植えを入れ替えて。
「これで、おしまいだ。」
「ありがと。結構、大変だね。」
「重さがな。育っていけば、さらに重くなる。」
そうして、二回りほど大きな鉢に移した自分の盆栽を、改めて見る。
これまでは、鉢に一杯、そんな状態だったけれど、今度は大きいものに移し替えたから余白が目立つ。
それはそれで悪くないけれど、出来た余裕を使えば、何かできそうな気もしてくる。
棚に置いた盆栽の周りを、あれこれと考えながらくるくる回ってみていると、祖父も楽しそうに僕を見ていることに気が付く。
「楽しいか。」
「うん。楽しい。」
「そうか。さて、他のは、どうする。」
言われて、もう一つ二つ、同じように根がいっぱいに張り始めているものがある事を思い出す。
すっかり今終えた物に夢中になっていたけれど、さて、残りはと、今度はそちらを見る。
「今は、良いかな。」
「そうか。」
「まだ、枯れないよね。」
「ああ。植変えなくても、7,8年は持つ。」
「そっか。うん、一つはこのままにしておきたいかな。もう一つは、どうしようか。」
そうして、一つは、何となく枯らしてしまうのは可哀そうだし、もったいないとそう感じてしまうけど、小さな鉢のまま、完成とそうしたい気持ちがある。
もう一つは、なんだか他のより幹もしっかりしているし、これまでうねる様に高く伸ばしてみたから、このまま大きくしてみたい気持ちもある。
「こっちの子は、大きくしてみたいかも。」
「そうか。」
残りの鉢は、まだ余裕があるからと、放っておくとして、とりあえず方針を決めた。
相変わらず、祖父はそれについては特に何を言うでもなく頷くと、自分の作業に戻る。
それがこの場の片付けだと気が付いて、僕も手伝いながら、改めてお礼を言う。
「ありがと。」
「また、手を入れるといい。」
「うん。この後、また外に行こうかな。」
「時間があまりないだろうが、そうしたいなら、そうするといい。」
言われて、今日はこの作業で結構時間を使っていると、改めて思い出す。
そろそろ夕方、そう呼んでもいい時間が近づいている。
「近場で、見てみる。」
「気を付けてな。」
残りの時間、鉢植えと向き合って、どうするか考えてもいい気はしたけど、どうにももう少し体を動かしたい、そんな気持ちもあったので、祖父にそう伝えて、片づけを終えたら、少し散歩に出る。
これまでは大きすぎるからと、選ぶこともなかった大きさの石だって置けるし、ちょっとした土を掘って、高さを演出したりと、今度の物は、出来る事が多そうだ。
いつもの湧水が作る水溜まり、そこの側で、あれこれと石を拾っては、矯めつ眇めつ。
これはどうだろう、あれはどうだろうと、考えながら手に取ってみる。
そして、少し大きなものを手に取ってみると、今度は石の模様、その違いにも意識が向き始める。
拾い上げた石は、どれも色合いは違うし、筋が入っているようなものもあれば、所々に不思議な色合いが混じっているものもある。
さて、これは難題だと、そうして頭を悩ませる。
思い返してみれば、祖父が持っている大きな黒いごつごつとした、鈍く光る石を取り込むような、不思議な一体感がある鉢植えを思い出す。
僕はこうしてたまにだが、祖父は毎日だろう。このあたりの歩き方を良く知っているところを見れば、祖父も色々と拘って選び抜いた結果が、そこに在るのだろう。
今の鉢植え、大きくなったら、きっと、初めて自分の手を入れているものだから、また植え替える。
そして、その時にはまた広くなった、その土台に、鉢の中に、今度は何を入れて、どう置こうか、頭を悩ませるのだろう。
今から、それを楽しみに、不思議とそんな風に感じていると、側に、丸くて平べったい、つるりとした石がいくつかあるのが目に入った。
高さを作るには、実に調度良さそうなそれを拾い上げて、僕は来た道を戻る。
なんだかんだと時間がたっていたようで、既に空は夕焼けの色を見せている。それに掲げてみれば、白っぽいその石が、僅かに空の色を映して輝いた。
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