第64話 オカンと春と蜂蜜と♪


「まっめごはんー、まっめごはんー♪」


 嬉しそうに幼女は、炊きたて御飯を手に踊っていた。


 春はやっぱりコレだよねっ♪


 園芸店に発注して届いた竹は、まだ植えたばかりで筍はとれない。数年は育てないとだから、じっと我慢である。


 筍がダメならエンドウ豆だ。


 春の御馳走に、幼女の眼は輝いていた。


 春先は作付けの好機。


 千早はあらかじめ多くの種苗を手に入れて、雪融けと共に植えまくっていた。


 果樹は言うに及ばず冬の始めに植え付け、他にも山菜や野生種の種苗を原生林周辺に植えた。

 原生林周辺も木を間引き、光と風が通るように調整する。


 間伐しないと森が淀むしな。使った分、植林して、そろそろ林業の形も作らないとだな。


 資源は有限なのだ。自然任せでいてはいずれ尽きてしまう。

 何事にも言える事だが、自分達が消費する分は自分達で作り、育てる。これ大事。


 成り行きで独立させた土地だが、ある意味僥幸だった。他への影響を考えずに作付けが出来る。

 陸続きなれば、地球の便利植物がどのような変異を起こすか分からないため、他への影響を考慮して遮断したり隔離したりせねばならないが、今は秋津国そのものが隔離されているようなものだ。

 千早は豆御飯を美味しく頂くと、残りをお握りにして風呂敷に包み、インベントリに収納した。


「さて、行きますか」


 幼女は踊りながら、足取りも軽く街と開墾地の境に向かった。


「あ、妹様だ。また踊ってらっしゃるよ」


「本当ねぇ。何か良い事があったのね」


 道行く親子が微笑みながら、遠目に踊る蒼いローブの幼子に眼を細める。


 歌って踊っておちょくって。これが千早の日常デフォであった。




「やっふぁい、壮観だな♪」


 幼女の目の前には、街と開墾地を隔てる木苺と蔓苺のブッシュが広がっている。

 今は開花期。溢れるほどの白い小さな花々が咲き誇り、仄かな香りを漂わせていた。

 幅五メートルほどの茂みは、街を囲うように二重に作られている。獣避けと実益を兼ねた、植物の柵だった。

 二十メートルおきくらいに門柱付きの引き戸と道が設置してあり、そこを通って人々は街と開墾地を行き来している。


 その茂みと茂みの間は三メートルほどで、野草やハーブが自然な状態のまま競うように生い茂っていた。

 千早は自分の膝上まである野草らを掻き分けながら、道と道の間にある小さな広場へやって来る。


 広場には5本程の養蜂箱。七段に作られた養蜂箱には無数の蜜蜂が雲のように群がっていた。


 日本の養蜂家から譲って貰った日本蜜蜂達だ。


 千早は木苺らや四季咲きのハーブで埋め尽くしたブッシュの真ん中で、日本各地から譲り受けた蜜蜂達に蜂蜜を集めて貰おうと考えた。

 基本は木苺らの蜜だが、ハーブも色々な花を咲かせる。ハーブの殺菌力は蜜にも含まれており、元々殺菌力の強い蜂蜜をさらに安全にしてくれるだろう。


 こちらにボツリヌス菌があるか分からないが、怖いしね。この街は御加護の無い人か多いから、用心は過ぎるくらいした方が良い。


 春夏にはレンゲや白爪草も咲き乱れるし、秋には原種系秋桜や菊が咲き誇る。

 ブッシュの外側には金木犀とアカシアが交互に植わり、いずれ成長したら良い蜜源になるだろう。

 薔薇があれば香りにも期待が持てるんだが、あれは肥料食いだ。半端無く手間隙もかかるので、今は栽培する余裕がない。


 まあ、苺もある意味薔薇だしな。


 幼女は背伸びして、蜜蜂の集っていない養蜂箱を覗きこんだ。


「巣別れはまだしないか。始めたばかりだしな」


 養蜂箱は5本あるものの、活動しているのは二本のみ。しかしいずれ巣別れし、賑やかな養蜂場となるだろう。

 千早は各地から貰った蜜蜂を、街を囲うブッシュの五ヶ所に振り分けて同じ感じの養蜂場にしていた。

 巣別れしたら、さらに増やし、このブッシュ全域で養蜂を始めるつもりである。


「今ある養蜂箱だけでも街を賄うには足りるしね。蜂蜜かぁ。また美味い物が増えるな♪」


 にししと笑う幼女の背後から、呆れたように見つめる一人の男。

 言わずと知れたタバスだった。その横には敦もいる。


「卵同様、蜜も専門の探索者がいるんですがね」


「養蜂家に鞍替えしたら良いさ。危険な森を徘徊して、獰猛なモンスター蜂から蜜を奪うより、ずっと安全だ」


「そうですね」


 もはや言葉もない。卵だの蜜だのは、本来、育成栽培は出来ないものだ。相手は大抵、野獣か魔獣なのだから。

 あんなに可愛らしく小さな生き物なら、蜜採集専門の探索者も、喜んで鞍替えするだろう。

 卵にしろ蜜にしろ、専門探索者らは扱いに慣れている。幼女としても働き手として願ったり叶ったりな相手である。


「蜂蜜は卵以上に高級品なんですが、あの人、そこんとこ分かってますかね?」


 タバスが横の敦に問いかけた。


「わかってないな、たぶん。ハニートースト、パンケーキ、ハニーマスタード。蜂蜜漬け。あれの頭の中は食べ物で一杯だと思う。そして断言しよう。無料で街中に振る舞うだろうと」


 頭が痛い。


 胸を張って答える敦の横で、タバスは思わずこめかみを押さえた。




 そんなこんなで収穫された蜂蜜は、敦の予言どおり無料で街中に振る舞われた。

 秋津国の人ばかりではなく、滞在していた多くの学び人や、帝国やガラティアの商人なども加わり大賑わい。


 本来、専門の探索者が鎬を削って手に入れる貴重品である。王公貴族ですら滅多に口に出来ず、庶民の口になどまず入らない極上の甘味。

 砂糖となる物が存在していないこの世界では、甘味と言えば果物などの水菓子や干し菓子ばかり。

 濃厚な甘さの蜂蜜に、異世界の技術が加わり、試食会と銘打ったお祭りは大盛況となった。


「美味いっ、何だこれ、すっごく美味しいっ!」


「蜂蜜レモンだって。甘酸っぱくて、さっぱりしてるねぇ♪」


 手始めの飲み物では、まだ人々に会話する余裕がある。しかし、中に進むにつれ言葉が出なくなり、皆夢中で食べ漁り始めた。


 蜂蜜入りパウンドケーキや、たっぷり蜂蜜がけの熱々パンケーキ。ラスクやビスケット、ナッツ、干し果物などを荒く砕き、蜂蜜で固めた一口大の蜂蜜バー。

 蜂蜜漬けにした果物や、各種肉や野菜料理に添えられたハニーマスタード。

 バターと蜂蜜が塗られた厚焼きトーストに、蜂蜜がかかったチーズピザ。

 レモンのみならず、木苺やリンゴ、オレンジなど各種果物水と割られた蜂蜜ドリンク。

 最後にあるのは五平餅。蜂の子を擂り潰してタレを煮込んだ一品である。勿論甘味は蜂蜜で。

 甘い、甘酸っぱい、甘辛い、甘じょっぱいと、味の変化が無限ループし、人々はお腹がはち切れるそうになるまで食べ続けた。


 誰もが満足して家路についたお祭り騒ぎの後。


 .......騒動はやってくる。




 「は? エルフ?」


 首を傾げる幼女に、ガラティアからの使者は静かに頷いた。


「しばし前に蜂蜜を使った試食会があったとか。その話と現物の蜂蜜を見たエルフが、是非ともこちらを訪問したいと申して、ガラティアに繋ぎを求めて参りました」


 ガラティアは南方に砂漠を隔てて魔族の国。西方には海が広がり、北方は浅瀬で此方に繋がっている。

 そして東方には巨大な樹海が存在し、その中心にエルフの国があるらしい。


 別に鎖国している訳ではない。帝国とも渡しで繋がってるし、ガラティアを経由すれば誰でも入国可能だ。


 不思議そうな顔で思案する幼女に、ガラティアの使者は苦笑する。


「正規の親善として国交を結びたいとの事。こちらの産業を見学し、積極的な貿易も視野に入れているとの事です」


 ああ、そういう。


 堅苦しいのは好かないが、まあ、ウサギな王様の頼みだしな。否やはない。


「了解。日時が決まったら早馬でもおくれ。準備しておくよ」


 にかっと笑う幼女に胸を撫で下ろして、ガラティアの使者は沢山のお土産を馬車に満載し、帰路へとついた。




「秋津国としての初の外交やな。なじょするか」


 取り敢えず千早は何時ものメンバーに召集をかけ、探索者ギルド会議室に集まってもらう。

 そして集まった面子に、斯々然々と今回の事を説明し、エルフの情報収集を頼んだ。


「しきたりや風習を知らないと地雷踏みかねないからね。おもてなしも出来ん」


「来られる相手によっては待遇を変えなくてはなりませんしね。まさか王公は来られないとしても、貴族やらが来たら、些細な事でも不敬になります」


「そういうのは此方の道理に従ってもらうさ。此方には特権階級はない。皆、法の元に平等なんだ」


 そう。秋津国では建国を機に刑法を作った。


 基本は罰金か使役。盗人の腕は切り落とすとか、見せしめの鞭打ちとか、前時代的な悪習は全て廃止した。

 さらに陪審員を取り入れ、七人からなる無作為で選ばれた人々の審議と投票で刑が可決する。


 幸いな事に、民の結束が硬い秋津国では、まだ犯罪らしい犯罪は起きていない。

 むしろ他から来ている学び人や商人らがいざこざを起こす事が多く、陪審員が振り回されていた。


「不敬罪なんて馬鹿げた罪は一切受け合わない。敬意なんて見かけで計れる物じゃないもの。相手にその価値があるのならば、人は自ずと頭が下がるものだ。強制すべきものじゃない」


 確固たる信念のこめられた鋭い眼差し。

 民の平等を謳い、それを守ろうとする幼女に、会議室の面々は頭が下がる思いだった。


 そしてハッとする。


 そうか、こういう事か。


 無意識に頭が下がる。それが当たり前なのだ。頭とは身分や地位に下げる物ではない。

 人々は幼女の言葉を理解し、そして彼女が旗印な限り秋津国は安泰なのだと安堵する。


 春半ば。


 秋津国は国として、本格的に始動を始めた。

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