第63話 オカンと地球の人々
「おー、やっぱりな。うまくいった」
幼女はダンジョンの新しいトイレを眺めながら、喜色満面の笑顔で穴の底にたまる青白い粉を見つめていた。
「あれが分解された有機物ですか?」
不思議そうな神埼に頷き、千早は穴の中に飛び降りる。ぽふんっと軽く舞い上がる白い粉。
よくよく見ると、それは粉砂糖のような結晶で、光を浴びるとキラキラ輝いていた。
「ダンジョンなら回収出来ると思ったんだ」
本来大地に還元されるはずの分解されたエネルギー。幼女は人々を弔う分解で、それが眼に見える有機物である事に気がついた。
弔い分解された人々は金の粉となり風に霧散する。
なれば魔術具でも同じ事が起きているのではないかと予想した。
あちらの世界で試してみたのだが、如何に穴をセラミックコートしようが、密閉しようが、分解されたエネルギーは大地に吸収されてしまうらしく、何も残らなかった。
そして考えついたのがダンジョンである。
神々の御力で構成されているダンジョンでも、地球の物は狭間の異空間にある。
あちらでも、こちらでもない。つまり吸収すべき大地に接していないのだ。
だから、ここなら回収出来るのではないかと踏んだが、大当たりだったらしい。
にぱーっと破顔する幼女に、神埼の肩にいる逆鱗様が不思議そうな顔で首を傾げた。
『ここで回収出来たとしても、ここから持ち出せば大地に吸収されてしまうだろう。なんの意味もなくはないか?』
当然の質問に、幼女はニヤリとほくそ笑む。
「別の物に吸収させてから持ち出せば良いのさ」
そういうと、千早はインベントリからポリマーを出して一面に撒き散らす。するとポリマーに触れた結晶が熔けるように消えていった。
「っしっ! イケたっ!!」
これで滋養たっぷりなポリマーが完成だ。土壌改良に大いに期待がもてる。
キャッキャッとはしゃぐ幼女を微笑ましく眺めながら、神埼はふとある事を思い出した。
「最上....じゃなかった、皇さん。折り入って御話があるんですが」
幾分、神妙な面持ちの神埼を振り返り、その眼に困惑が浮かぶのを確認して、千早はまたもや厄介事かと眉をひそめた。
そしてこれである。
幼女の正面には居丈高な親父が二人。
年の頃は千早より下だろうか、四十前後な眼鏡と髭面。えらく不機嫌そうな顔で幼子を見下ろしている。
やれやれ。何の用か知らんが面倒な。
無言で自分を見る二人を放置し、千早は出された豆大福をもっしゃもっしゃと美味しく頂く。
話を促してやる義理もない。食べ終わったら帰ろう。
大きな大福二つをペロリと平らげ、ずずっと御茶をすする幼女に、仰々しく溜め息をついて眼鏡の親父が口を開いた。
「本来なら頼みたくはないが、御協力願いたい」
「やだ」
にべもない幼女の即答に、眼鏡の親父は軽く眼を見開いた。それを一瞥し、千早はすくっと立ち上がる。
「神埼さんの頼みだから話を聞いてやろうと思ったが、ブスくれて黙りなまま、開口一番がそれか? ふざけてるのか? それが人に物を頼む態度か? 親からそう教わったのか? 碌でもねぇ親だな」
鋭利な眼差しで辛辣に吐き捨てる幼女。
親父二人の顔にサッと朱が差す。
「ガキが、舐めた口をきくんじゃないっ!」
立ち上がり怒鳴り付ける髭面に、幼女はあからさまな溜め息をついた。
「目上にたいして何て口のききかただ。幼稚園でも生温い。デボン期からやりなおせ」
嘲るように据えた眼を向け、千早は宙に軽く指を滑らせる。途端に親父二人のネクタイが凍りついた。
狼狽える二人を睨めつけながら、今度は靴を凍らせる。
「や、やめろっ」
無様に上ずる悲鳴地味た制止の声に含み嗤いをもらし、千早はさらに二人の髪を凍らせた。
「うわぁぁあ」
眼鏡の親父が思わず髪を掴む。するとパリパリと音をたてて髪の毛は砕け落ちた。
「あんたらが何を根拠に偉そうな態度をしてるか知らないが、術士に喧嘩を売るってのは、こう言う事だ」
千早は身体を宙に浮かせ、椅子に座っているかのように脚を組み、恐怖に顔を歪ませる二人の親父を、さも楽しそうに見下ろしていた。
「はいはい、そこまで」
パンパンっと手を叩いて、神埼が剣呑な空気を割り、幼女と親父らの間に入る。
「皇さん遊びすぎですよ。悪役ごっこは余所でやってください」
「だぁって、こいつら生意気だも」
「まぁねぇ。署長達にも先に言いましたよね? 見掛けは幼女ですが、中身は貴殿方より、ずっと歳上だと。ついでに容赦ない御仁だから気を付けてくださいとも。自己紹介一つせずに何やってるんですか」
事態を従容とせず、あからさまに醜態をさらす親父二人を見下ろし、神埼は呆れたように、なおも続けた。
「喧嘩を売りにきたとは存じませんでした。そんな御用ならお引き取りください」
髭面の親父が大きく舌打ちし、もう片方が恐々とした口調で自己紹介する。
「東海署、署長の中貫です。是非とも捜査協力を依頼したく神埼氏に繋ぎを御願いしました」
「最初からそう言やぁ良いんだよ」
「生抜かすな、クソガキがっ」
頭の心配をしてそうな中貫が、慌てて髭面の親父を諫めた。だが、髭面は更に激昂して怒鳴り散らす。
「下手に出たらつけあがるんですよっ、こういう奴はっ! 最初からガツンと行こうって話だったじゃないすかっ!!」
「ガツンで上から目線の仏頂面か。頭おかしいんじゃないか? メンチとか、何時の時代を生きてるんだ、おまえら。昭和育ちなあたしでもやらんわ、恥ずかしい」
けったいな物を見る眼で、じっとり睨まれ、さすがに髭面も羞恥心が傾いだのか黙り込んだ。
「で? 結局何なんよ?」
面倒くさげな幼女の呟きに、髭面は渋面をさらに険しくしたが、中貫は姿勢を正して事のあらましを説明した。
なんと以前に千早が告発した松前博士の事だった。
いわく、千早からもたらされた情報により、松前の罪状は明らかとなり、情報に基づき捜査したところ、わらわらと被害者ら殺害の証拠が出てきた。
もたらされた情報には日本人の被害者も二人いて、これが今回の揉め事の発端らしい。
「被害者が五人いる?」
中貫は静かに頷いた。
「似たような手口の事件が五人。同一犯と見て捜査していたのですが、内二人が松前の犯行でした。ならば残りも松前だろうという話になったのですが、本人は犯行を否定。松前の被害者に関しては状況証拠が判明しており、物証もでてきましたが、他三人に関しては何の情報も無く.....情報元である皇さんに話を聞こうとなった訳です」
「松前が殺害したのは情報にあった二人だけだ。他は違う」
きっぱり断言する千早に、髭面が叫んだ。
「何でそんな事がわかるんだよっ、松前かもしれないじゃないかっ」
「わかるさ。なんで、あたしが奴の犯罪の情報を出せたか聞いてないのか?」
「....っ」
髭面が言葉を詰まらせる。聞いてはいるんだな。
「まあ、魔法やスキルなんて眉唾物が証拠には成り得ない。だから捜査して物証を確保しなきゃな訳なんだが、あたしは鑑定や解析、過去視で情報を得る事が出来る。逆を言えば、犯していない犯罪の情報はない。つまり、残り三人の情報がないって事は松前が犯人ではないって事だ」
理路整然と説明する幼女に、髭面は拳を震わせ、さらに悪足掻きをする。
「そんなのは証拠にならんっ、奴がやっていない証拠はないっ」
千早は、うんざりと天井を仰いだ。
「あんた、阿呆か? やっていない証拠って、どんなんだ? 前提がおかしいだろう」
幼女の言葉を理解出来ず、髭面は剣呑に眉を寄せる。
「似たような手口であろうと、犯行を行った証拠が無くば、犯人には出来ないんだよ。やっていない証拠じゃない。やった証拠だ。疑わしきは罰せず。確たる証拠がない限り、奴の犯行には出来ないんだよ」
髭面の眼が大きく見開く。
「そして、あたしのスキルは奴の犯した犯罪を暴いた。犯していない犯罪は暴けない。これが答えだろう? やっていない証拠がないとか、そんなん言い出したら百年前の司法に逆戻りだぞなも」
如何にも呆れたような幼女の口調。その通りだった。
髭面はがっくりと肩を落とし、中貫と共に帰っていく。
それを見送りながら、神埼が小さく呟やいた。
「他に三人ですか。似たような手口という事は無惨な遺体だったのでしょうね」
「藁にもすがるって奴だろうが、やってない物はやってない。事実は曲げられん」
そんなんが通ったら、また冤罪が蔓延る前世紀に戻ってしまうわ。
魔法やスキルが希少で、つかえるのはダンジョンのみという事が幸いだ。
あちらと事情が違う地球世界では、どんな悪用されるか分かった物ではない。
結局あの髭面は名乗らんかったな。神埼の頼みだから話は聞いたが、あんな阿呆が司法の末席にいるという事実。あの思考はいただけん。今のうちに修正しとかないと、いずれヤバい事をしでかしそうだ。
「協力してはあげないのですか?」
「はぇ?」
悪戯気な神埼の顔に、幼女は苦虫を噛む。
「勘弁してくれぞなも。あとは、あん人らの仕事やき。そこまで、つきおうたれんわ」
顔全面を嫌そうに歪める幼子に思わず吹き出し、二人はダンジョン最下層へと戻っていった。
しかし、現実はままならぬ物。
後日再び、幼女へ繋ぎを求める人々が神埼の元を訪れる。
勿論、厄介事を携えて。
そんな未来を二人はまだ知らない。
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