第22話 オカンのお父ちゃん ~中編~


「そろそろ時間だな。また明日もくるよ」


 草部は千早からもらったリュックを背負うと、軽く手を上げた。千早の鞄と同じ帆布で出来た砂色のリュックだ。千早お手製のマジックボックスである。


「明日の日付変更あたりに異世界行く予定なり。あちらもこちらと同じ時間帯らしいから、深夜なら人もいなかろうさ」


 なるほど。草部は軽く頷いた。


 初の異世界人来訪だ。女神様が神託してあると言うし、人々の眼に触れれは騒ぎになるだろう。

 草部は軽く眼を伏せ、じゃまた明日と言い残し、三人は上層直通の魔法陣に消えた。

 それを見送りながら、千早は暫し思案する。


 こてりと首を傾げる幼女の頭を親父様が撫でた。


「明日は....荒れる」


「だぁなぁ。取り敢えず明日は実家を回収して、親父様のアレコレを片付けておくべ。すぐにでもあちらに行きたかろうも、置いていきたくはなかろう?」


 複雑な心境で溜め息をつきつつ、二人は顔を見合せ自宅に入っていった。




 翌日、二人は千早の魔法で実家に転移していた。


 必要な物だけリュックに詰めていく親父様が、ふと何かを思い出したかのように奥の仏間へ歩いていく。

 そして仏壇を軽く押すと、なんと仏壇がカラカラと音をたてて横にスライドした。

 呆気に取られる千早に苦笑し、親父様は先祖代々から伝わる隠し棚だと話してくれた。


 なんでも代替わりした当主にのみ口伝で伝えられるらしい。直系が絶えた場合、家を取り壊さないと中身が取り出せないとか。


「継ぐ者はない。...回収する」


 千早の脳裏に愚弟が浮かぶ。


「アレは駄目」


 心読むなし。


 自分の思考を見透かす親父様を千早はジト眼で見つめた。その視界の中で、親父様はなにやらカチャカチャと動かしている。


 組み木合わせか。


 パズルのようなパネルを正しくスライドさせないと開かない仕組みらしい。 

 カコンと小さな音がしてパネルが開いた。

 中に手を入れて親父様が出した物は一本の巻物。


 聞けば我が家の家系図だという。


 あれ? でも家系図なら自宅の方にもなかったっけ?


 えらく古臭いが質の良い和紙で重厚な作りの巻物は、柔らかい雅な絹で包まれている。


「見ても良い?」


「.............ああ」


 なんだ、その長い溜めは。


 訝りながらも千早は仏間の畳に家系図を広げた。


 ふんふんと親父様や自分達の名前から上に辿ると、あからさまな違和感に気づく。


 は? え? なに?


 幼女の瞳が、みるみる険しくすがめられる。


「親父様。初代のすめらぎって....」


「宮家の御子みこ様だ」


 はいぃぃいっ??!


 四十三代遡れる家系図。そこには初代に宮家の御方が記載されていた。


 何でも双子の片割れで死産と判断され、産後の母親に心労を与えないよう双子であった事を隠し、帝の命により密かに埋葬される予定だった。


 それを請け負ったのが石動いするぎ家らしい。


 今でこそ落ちぶれたが、その昔は明治維新で土地を失うまで周辺一帯を所有する豪族だったと聞いている。

 山一つを丸々差し出し、祠を作って手厚く弔う予定だった。

 しかし翌日、なんと赤子は息を吹き返してしまったのだ。

 既に東宮誕生が大々的に発表された後である。今さら実は双子でした。死産と思ったので内々に処理しようとしていましたとは、とても言えない。


 結果、そのまま石動の養子として育てる事になり、せめてもの親心から、時の帝は袂を別った御子に皇の姓を与えた。


 石動の養子となった御子は石動の娘と夫婦になり、皇の姓は代々当主が受け継いできたという。石動の陰に隠され歴史に記されない宮家の一族として。

 その際に石動とは別の家系図が作られた。御子を当主とした皇の家系図である。


「まぁ....落ちぶれた豪族の。...夢物語?」


 真実は闇の中ってか? なら、一緒に持ってるその懐剣はなにさ?


 巻物と一緒に入っていた懐剣を千早は鑑定する。


 ・天土あまつちの懐剣


 八紘一宇の祈りが込められた古き刀。草薙の剣と対を為す一振り。如何に離れようとも御互いを繋ぐ。


 帝の祈りにより皇の血族にしか抜刀不可


 無いわー。御神宝と対の刀を他人に下げ渡すなんざ、有り得ないわー。


 しかし考えて見れば我々は異世界に行くのだ。もう地球世界とは無縁になる。ある意味僥幸か。

 隠された一族なら、そのまま闇に消えれば良い。秘密の詰まった実家ごと。


 千早はいきなり明かされた実家の秘密に戸惑ったが、今まで世間に欠片も知られていない秘密である。

 家ごとなくなってしまえば、このまま何事もなく終わるだろう。


 私らの代で消えるのも、また一興。


 その世代に立ち会えた事に、ちょっぴり優越感を持つ千早だった。




「これ...やる」


 真ん丸目玉をパチクリさせているのは千尋の一人息子な十弥とおや。離婚した旦那さんとともに呼び出され、今ここで対面中。


 小洒落た喫茶店の片隅で親父様が差し出したのは十弥名義の通帳。

 十弥が生まれてから親父様がコツコツ積み立てた物と、今回の私の預金残高。そして親父様の所有する土地の権利書その他諸々。

 他の姉弟に任せても泡銭あぶくぜにとして消えるのは眼に見えている。なので、子供をすっ飛ばして孫に生前贈与したいと親父様ではなく私が説明する。


 目の前の二人に、私達が爺叔母である事を説明した時よりは簡単に受け入れてもらえた。


「話には聞いていましたが。まさか貴殿方が異世界に行かれるとは。驚きました」


 珈琲を啜りながら、千尋の元旦那は焦燥を隠せない。だが、飄々として掴み所のない若い男性が、石動の当主である事は間違いないと考えたらしい。

 寡黙で一風変わった雰囲気は常人に出せるモノではなく、孫にいたっては一目で爺ちゃんと呼び掛けた。

 そんな父親の横で十弥がソワソワしながら口を開く。その眼はキラキラと輝き、年齢のいった成人男性が持つべき眼ではない。


「ダンジョンやドラゴンがニュースやネットに上がってきてるし、至高の間ってとこでエリクサーとか作れるって本当に?」


 矢継ぎ早に質問してくる甥っ子に、千早は苦笑しながら女神様案件以外を正直に答えた。

 千尋は結婚が遅かったため、十弥はまだ大学在籍中の学生である。好奇心旺盛な御年頃だ。


「異世界かぁ。行ってみたいな」


「バカを言え。二度とこちらには戻れないんだぞ」


「それなぁ。叔母ちゃん何とかして、あちらとこちらに国交つくってよ」


 無茶を言う。


 ダンジョン一般開放からこっち、最奥の魔法陣が異世界への片道切符だと周知され、昨今の賑わいになっている訳だが、爺様の裁定はしょっぱくて、未だに踏破者は親父様しかいない。


「御実家はどうされますか? 頂いた遺産で我々が管理しましょうか? 文化財指定の打診があった家屋ですし、残しましょう」


「もったいないよ。俺が貰ったんだから俺が住むし。あの家すごく好きなんだ。祠の御勤めもやるよ」


 人好きする似通った笑顔の二人に、千早は小さく首を振った。


「もう鶏小屋しかないよ。鶏は処分したし、実家も祠も、あちらに持っていく。新しい方の家はそのままだから、暮らすには困らないよ」


 えっ? と呆ける二人を急き立てて店を出ると、四人は弁護士に法的整理を依頼して書類上は恙無つつがなく相続が終わった。


 もらった遺産の金額に再び眼を丸くする二人だが、異世界には持ってっても意味がないし、姉弟らは当てにならないから石動と最上の墓守り宜しくと、半ば強引に押し付けた。

 快く引き受けてくれた二人に感謝し、千早達は次なる問題に向かった。




「聞いてないわっ!」


 言ってないし。


「実家がなくなるって、どういう事だよっ、俺長男なのにっ跡継ぎなのにっ」


 頼んでないし。


 目の前の二人にうんざりした眼差しを向け、千早は斯々然々と事の経緯を告げる。


 各自に振り込まれた一億が贈与であり、手切れ金である事。石動と最上の墓や権利関係については十弥に任せた事。

 私達は異世界に移住するので、後は頑張れ。


 そう締めくくると、千尋が眼を剥いた。


「父さんの遺産や、あんたの財産はっ?!」


「みーんなあるトコに寄付したよ。もう無いなり」


 十弥に寄付した。嘘ではない。

 彼らには千尋達から何かを聞かれても、すっとぼけるように指示してある。

 この二人を良く知ってる彼らは即座に頷いた。


「なんで勝手に寄付なんてするのよっ、家の物なんだから家族で相談して分けるべきでしょうっ!!」


「私の物は私の物だ。百歩譲って家族で分けるとしても、家族とは旦那と娘であり、お前らじゃねぇ」


 皮肉気に眉を上げ、吐き捨てるような幼子の言葉。目の前の二人を嘲るかのように、つり上がり歪んだ口角。


 この妹は何時もこうだ。こちらを小馬鹿にして。


 自分が欲しくて堪らなかった物を全て手にした妹。そして今度は父親すらも奪い、我々を置き去りにしていくという。僅かな手切れ金のみで。


 一億を僅かという神経が可笑しいのだとは気づかず、千尋はすがるような眼で父親を見た。

 本来なら大往生なはずの年齢な父親は、逆行現象で若返り、精悍な男性となっている。

 目の前に並ぶ二人の顔立ちは良く似ていて、現在の肉体年齢からいっても十分親子に見えた。

 今の彼を父親と呼ぶのは少し憚られるが、背に腹は変えられない。


「父さんまで? 私達を見捨てて行くの?」


 憐れな娘の言葉に、親父様は冷たい一瞥を返す。


「見捨てる? .....誰が? もう、十年も帰って来ない実家。...要らぬだろう?」


 千尋は言葉に詰まる。確かに離婚してから、恥ずかしくて帰るに帰れなかった。頼るに頼れなかった。

 しかし、在れど帰れぬのと無くなるとでは雲泥の差だ。何のかんのと言っても結局実家は拠り所なのだ。

 父親が亡くなったならまだしも、健在なのに失うのは理不尽である。理不尽だと思う。


 どう言い繕おうかと頭を巡らせている千尋を見つめ、親父様は小さい溜め息をつく。


「大人....だな? 二人...巣立ち? だな?」


 片言で言葉足らずは相変わらずか。


 しかし長年の付き合いから、目の前の二人にも親父様の言わんとする事は理解出来た。

 五十越えな姉弟が今更巣立ちを自覚させられるとは。あまりにも滑稽すぎる。

 さすがに恥ずかしくなったのか、二人は無言で俯いた。それを見て親父様は軽く頷く。


「元気で。....一億、大事。...な?」


 薄く笑みをはき、親父様は二人の頭を撫でて席を立った。瞬間、二人の顔が勢い良く上がる。

 が、既に遅く、件の親子は喫茶店の入り口から出ていった。


 二人はえもいわれぬ消失感に愕然とする。


 正論で二人を見下しウザかった妹。でも、本当に困っている時には何くれとなく手を貸してくれた。


 無口で掴み所がなく存在感の薄い父親。


 しかし父親が実家にいて、畑や養鶏をしている安心感は代えがたいものだった。

 いざとなれば帰れる家がある。それだけでも本当に心の拠り所だったのだ。


 甘えて依存しまくり、泣きわめいて困らせた。


 自らの自業自得で憤懣やるなかたない人生を歩んできた二人は、ぽっかりと空いた胸の虚空に戸惑いを隠せない。


 思うがままに我が儘が言えて、憮然とあしらわれながらも相手をしてくれた親や姉弟の存在の大きさを、今になって漸く理解した二人である。

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