第17話 オカン ある意味、ひきこもり


千早が色々なしがらみを片付けてから数日。


 いつも扉から首を突っ込んでいる爺様がいない。と思ったら扉の向こうで何やら話声がする。

 探索者でも来たのかなとチラ見しつつ、千早は畑の作付けを始めた。

 だが幾ばくもしない内にガヤガヤと数人の男らが入ってきて千早に向かって、にっこりと手を振る。


「よう、元気?」


あつしけいじゃん。また来たんか」


 見知った顔ぶれである。


 千早が畑仕事の手を止めて近づくと、男らを掻き分けて逆鱗様と、更に見知った顔が飛び出してきた。


「最上さんっ、来ましたっ!」


「神埼さん?? はやっ!!」


 心底嬉しそうな神埼は、してやったりとした顔で逆鱗様を肩に乗せてにっかり笑う。


 びっくりである。


 話を聞けば、何でも回復職は治癒でレベルが上がるらしく、ならば実践あるのみと考えた神埼さんと逆鱗様は、草部達のパーティーに半ば無理やり参加したとか。

 回復魔法があるため、かなり無茶なペースで最下層まで突破してきたらしい。


 至高の間の薬草群をキラキラした眼で見つめ、満面の笑みな神埼さんに千早は苦笑するしかなかった。 


 苔の一念だな。


 彼等は至高の間の希少素材が目的らしく、千早は簡単に方向を指で示して教える。

 草部達は鉱石。神埼は薬草。時間が許す限り薬を作って行きたいらしい。

 一番に動いたのは神埼である。指し示した森の中に喜び勇んで駆け出して行く。


 リアルでひゃっほうっと叫ぶ人、初めて見たよ。


 逆鱗様と森の中に突進していく神埼を、残念なモノを見る眼で見送りつつ、千早が畑仕事に戻ろうとすると、少し遠くで草部達が手招きしている。

 他の連中と鉱石採りに行ったのではなかったか。


「どしたん?」


 近寄ってきた幼女に草部は一振りの短剣を差し出す。見覚えのある短剣に、思わず千早の眼が座る。


「これ鑑定しても読めない部分があるんだ。ただ最後に千早メイドとあるから、あんたが知ってるかなと。恐ろしく良く切れる」


「あ~。知ってるっつーか、私が作った」


「「は?」」


 草部と木之本の間抜けな声が重なる。


 斯々かくかく然々しかじかと経緯と宝箱システムを説明し、まぁ、一式揃いであるから探してみ?と、笑う幼女に、草部達は落ちた顎が地面に着くかと思った。


 初期層で人力でトンカンやってる連中が聞いたら卒倒ものだ。


 草部は、あ~~と空を仰ぎ、何とか納得しようと努力する。


 が.....


「出来るかぁっ!!」


 頭で理解力しても感情が納得しない。あまりにも便利すぎだろう。不条理極まりないっ!!

 なんでも有り過ぎるだろう。魔法だから? それで全て片付けて良いのか?  

 本来、人が努力して手に入れるべき力を、神々の加護でスルーしてるとか、女神様やドラゴンからマンツーマンで、みっちり指導受けてるとか、恵まれ過ぎにも程がないかっっ?!


 草部は思うがまま千早に疑問をぶつけた。


 自分らは死にもの狂いでダンジョンに挑み、力をつけたのだ。常に満身創痍で。


 ワクワクした楽しさなど中層で吹っ飛んだ。


 なまじ鑑定なんかを持ってたばかりに、中層で発見した薬が人類の希望になるような代物だと解ってしまい、バカ正直に上に報告して更なる階層へと追い立てられるようになった。


 目の前の幼女には何の関係もない。


 しかし、一度噴き出したわだかまりはとまらなかった。


 安全なセーフティエリアで、異世界の恩恵に浸りまくるとか、どんな温ゲーだ。


 言いたい事を吐き出し幾分溜飲が下がったのか、肩で息をしながら草部は千早を見下ろした。

 そんな草部に何も言わず、千早は軽く眉だけを上げ、何事もなかったかのように畑に戻っていく。


「待てよっ!」


 自分を眼中に入れてない幼子の態度は、あからさまな無関心。まるで草部の努力やしがらみなぞ、どうでも良いとでも言わんばかり。

 草部は瞬間沸騰した頭で怒りに任せ千早の後を追おうとした。その刹那。


 ものすごい勢いで何かに弾き飛ばされ入口横の壁に激突した。


 あまりの衝撃に痛さなど感じない。軋む身体がバラバラになりそうだ。一体何が起きたのか?


 そこに聞き慣れた声がした。


『大概にせよ。聴いてるこちらに虫酸が走るわ』


 弾き飛ばしたのはドラゴンの頭突き。手加減はされていたのだろうが、強かに頭を打ったのか草部の視界が軽く揺らぐ。


『いきなり自宅が地上から消滅し、ダンジョンの最下層に転移したのが恵まれていると申すか』


 草部の目の前でドラゴンはユラリと鎌首を持ち上げ、矮小な人間を睨め下ろす。


『五歳の幼子が、如何にしてここで生きて参ったか、御主に解るか? あの小さな手足で、まだレベルも低く、ろくに魔法も使えない。森の野草や木の実で飢えを凌ぎ、試行錯誤で生きてきたあやつが、何の努力もせず恵まれておると言うのか? 半年もだぞ?』


 草部が呆然としながら眼を見開く。

 ドラゴンは鼻先を草部の顔スレスレまで近づけ、その見開いた眼を正面から見据えた。


『確かに我らがいた事は、あやつにとって僥幸であったろうよ。だが、我らには教える事しか出来ぬ。姫神様はあの通りだし、我の巨体では首までしか、ここに入れぬ。手は貸せぬのだ』


 草部は言われて気付いた。山に迷い込んだ子供がなすすべもなく死にいたる。世間では珍しい事でもなく、捜索に加わった草部も、幾度となく痛ましい遺体に遭遇した。


『見てくれは幼子だが、中身が成人していたがゆえに生き延びたのだ。あれは不条理をするりと受け入れたぞ? こちらが驚くほど自然体でな。いまの御主のように混乱を極める事も怒りに我を忘れる事もなかった』


 ドラゴンは、うっそりと笑い、畑の幼女を眺める。

 千早は遠巻きにしていても、こちらが気になるのか、チラチラと視線を寄越していた。


『あるがままに受け入れる。疑問があっても、そう言うモノなのだと納得する。恐ろしいほど素直だ。それゆえだろう。魔法も何もかも凄まじく上達が早かった。.....おかげでこちらまで引き摺られて、いらん事まで教えてしもうた』


 ドラゴンが遥か彼方まで遠い眼をして、胡乱げに呟いた。何があったのだろうか。


 こちらのやり取りがどうしても気になるのか、千早が足早にてちてちと駆け寄ってくる。


「なじょしたかね。爺様、今、敦の事吹っ飛ばしてござしたろう。地球人が丈夫とはいえ、あれはない」


 とがめるような幼女の眼差しに、ドラゴンはほくそ笑む。そして、したり顔で草部を振り返った。


『見よ。御主の癇癪かんしゃくなど気にもとめておらぬわ。なんという事はない。こやつが余りに見苦しい泣き言をほざくゆえ、ちと撫でてやっただけよ』


 そう言うとドラゴンは鼻先で千早を転がした。


「泣き言も何も仕方なかろうも。なってしまった事は変えられん。したら今をかんがみ現状を変えるしかなかろうも。どうしたかじゃない、どうするかだ」


 ドラゴンの鼻先をペチペチと叩きながら、幼女は草部を見上げた。


「世の中の八割は不条理に満ちとる。嘆く暇があるなら、やりたい事をやったがマシや。あんたは神々の御力を恩恵と思うかもしらんが、アタシにしたら、そんなもの全て返上してでも家族と暮らしたかったよ」


 真理だった。


 誰にとって何が幸せかなんて千差万別だ。一つの物差しで測れる訳がない。

 なのに自分は、己の価値観や憶測で目の前の幼女を詰った。謂われない理不尽を彼女にぶつけた。


 相手が違うだろ。ぶつけるなら現場を知らず簡単に命令を出す上役にか、あるいは薬を求めて無茶な要求をする人々にか。


 自分が求める知識や力を持つ幼子に嫉妬したのだ。情けない。恥ずかしい。


「すんませんした。頭に血がのぼって....バカな事言いました」


「ええんよ。あんたさんはまだ子供やき。泣いて喚いて発散出来るのは特権や。それを受け止めるのが、大人の仕事や。せやないか? 爺様」


『む....そうだな。肉が食べたいと、そなたも泣き叫んでおったしな』


 草部を吹っ飛ばした事を暗に責めるような物言いの千早に、ドラゴンも暴露ネタで意趣返しする。


 「そういうんじゃなくてねーっっ」


 暢気のんきな二人のやり取りに、草部は思わず吹き出した。彼等にとっては、これが日常なのだろう。

 異世界感はんぱないダンジョンで暮らす奇妙な二人。いや、女神様も来るから三人か。


「でも、やっぱ羨ましいっすよ最上さん。俺もここに引きこもって暮らしてぇ。しんどくても楽しくやれそうだし」


 ドラゴンと千早は顔を見合せ頷いた。


「世捨て人になるんなら格好の場所あるやん。地球世界全てを捨てていけるなら、片道通行、行きはよいよい帰り道は無しな異世界行き魔法陣が」


 草部が眼を見開き、今さら気付いたかのように件の祠に視線を向けた。


 あの中ある魔法陣。片道通行の異世界への扉。


 なんと魅力的な事か。


 地球世界に疲れ切っていた草部は、抗いがたい誘惑に固唾を呑みつつ、しばらくの間立ち竦んでいた。

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