第129話 サティスへ。これはあのときのお返し

 久々の王都の街並みは華やかで、ふたりで歩きながらじっくり見ていると、澄んだ空気が心を吹き抜けるとうな心地になった。


「改めて見ると大きな建物がかなり並んでますね。商会でしょうか」


「こんなにデカい建物が店なのか?」


「まぁそんなところですね。ただ取り扱ってるものは出店とか小さな店舗の品とは違ったりするようです。……こっちはかなり高級品みたいですね」


「へぇ~」


 立ち並ぶ建物を横目にセトはまだ見ぬ景色に目を輝かせながら、サティスの手を握る。

 なんでもない時間が、日々の世界にゆとりをもたらしてくれることをふたりは知っていた。


 だから、なにも言わなくても互いの思うことがわかる瞬間というものがある。

 自然に互いの手を丁度いい力加減で握り合い、行く方向もシンクロしていた。


 十字路を右に曲がり、装備や装飾品が置いてある街並みへと歩みを進める。

 食べ物がある街並みとは違い、金属製特有の鈍い照りと宝石系のきらめきが合わさり、行く道を光で包んでいた。


「すごいところだ。ここまでくると眩しいな」


「わぁ~、こんな場所があったなんて……見ていきましょうか!」


「おう!」


 この通りになると武芸者であったり魔術師であったりと、専門家の姿が多い。

 誰も彼もが真剣な眼差しで品定めしたり、ときには値切りをしようと必死に店主に交渉をしている者までいる。


 戦いの装備品だけではなく、ちょっとしたアクセサリーも売っているのが少し粋なところ。

 それを見てセトはふとウレイン・ドナーグの街のことを思い出す。


 サティスに貰った貝殻のアクセサリー。

 海へ行ったときの大切な思い出。


「サティス。ここで待っててくれるか?」


「どうしたんですか?」


「いいから。ここでちょっと待っててくれ。すぐに戻る」


 セトは駆け足で店の中へと入っていく。

 店内を見渡して、品を見て回るのだが、如何せん鑑識眼などは存在しない。


 なにが良くてなにがダメなのか。

 値段は高いものがいいのかそれとも安いものがいいのか。


 不良品かそうでないかその他諸々。


(そういやこういうのに今まで興味なかったからなぁ……まいった。こういうときのために下調べくらいしとくべきだったか)


 だがあまり悩むことに時間を使ってサティスを待たせ過ぎるのもよくない。

 かくなる上は自分の感覚を信じるほかなかった。


「よし、これだ……。あの、これ買いたいんだけど」


 店主のほうに駆け寄り、セトはアクセサリーを購入した。

 金を払ってアクセサリーを受け取ると、サティスの待ち場所まで走る。


 サティスは嫌な顔ひとつせず待ってくれていた。

 セトに気づくとにこやかに手を振ってくれたので、セトも思わず振り返す。 


「ずいぶん早かったですね。なにか欲しいものでもあったんですか? それだったら私も一緒に見たのに」


「いや、こういうのは……なんだろ、直前で渡したほうがいいかなって……ホラ、これ」


 そう言ってセトはサティスに手渡す。

 さっきの店で買ったアクセサリーだ。


 魔術の補正がかかるものでもないし、フィジカルの弱さを克服するためのものでもない。

 旅の思い出、どこにでもあるような普遍的なネックレスだ。


 ハートの形をしたチェーンに、ペンダントトップには赤い石が埋め込まれている。

 

「これは……」


「ホラ、貝殻のアクセサリーを俺にくれたろ。その礼を俺はまだしてない」


「そんなことしなくていいのに、まったくこの子は」


「いいから。普段からの礼もかねて買ったんだよ」


「……ん~」


「どうした?」


「セト、これはいくらで買いました?」


 そう言ってサティスは金を出そうとする。


「待てって! これはアンタに買ったんだ。払わなくていいよ」


「え、でも……」


「今俺にできるのはこれくらいだからさ。ホラ、今ここでつけてみてくれ」


「そうですか? じゃあ……」


 そう言ってサティスは慣れた手つきでネックレスをつける。

 大人の女性の仕草にセトは目を奪われながらも、自分のプレゼントをつけてくれたサティスに喜びの表情を浮かべた。


「似合いますかセト?」


「あぁ、とっても」


「ありがとうございます。大事にしますね」


「俺も、大事にするから……」


 満足げな笑みを携え、またふたりは手を繋いで街を歩く。

 次はどこの区画へ行こうかと思いながら、ゆっくりとした時間を過ごしていった。


 ほんの1日ではあったが、想い人と過ごす充実した休日になった。




 場所は変わり、王都より西方にある砂漠。

 立入禁止区域指定を受けている『ウプーアウト砂漠』。


 別名『死への道』とまで言われるほどに恐れられる場所がある。

 まだ砂漠のウェンディゴの勢力圏が及んでおらず、そこには貴重な遺跡があり、王都より調査隊が送られていた。


「見ろ。無貌のトーテムポールだ。間違いない。ここは赤砂漠の民が……」


「あぁ、ここは儀式の場所にして……"墓場"だ」


「墓場? 墓って、どこに?」


「わからないか? 明らかにデカい祭壇らしきデカブツをいくつも見たろ」


「え? まさかあれが墓? 赤砂漠の民の墓ってこんなでしたっけ?」


「そうじゃない。あれは祭壇じゃない。────"石棺"なんだ」


 調査隊に緊張走る。


「赤砂漠の民の伝説にはいくつも"巨人"の描写がある。巨人なんてただの迷信だと思ってたが……間違いない。これは……」


 祭壇だと思われていた石棺のふたが開けられたとき、誰もが確信に至る。

 豪華な装飾品と錆びた武器とともに納められた巨大なミイラだ。


「バカな……」


「ありえない……」


「まだ石棺はある。ひとつずつ慎重に開けていけ! ミイラと装飾品に傷をつけるな!」


 


 ……ズリ、ズリ、ズリ。


(ん、今なにかを引きずる音が。気のせいか?)


「おい、奥になにかあるぞ!? これは……結晶か?」


「なかに"人"がいる……女性だ」


「……テントにいる『あの人』を呼べ。なにかわかるかもしれない」


「あの人って?」


「……────

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