第20話 仲間が死んで、もうロクなことがない……誰のせいかわかってる?

 ゴブリン部隊を撃破し、延々と続く道を進む一行。

 その過程の中で悲劇が起こる。


 僧侶マクレーンが死んだ。

 過酷な道中で精神的にも追い詰められやつれていった彼は、ついに力尽き倒れてしまった。


 回復役としての柱だった彼が死んだことで、パーティーの力と士気は更に激減する。


「……どうするのよ? 私の回復魔術じゃ力不足よ。なにより攻撃と回復を両立してやれなんて難しすぎて出来ないわ」


「開口一番それかい? マクレーンが死んだ。仲間の死を悼まないのか?」


「ねぇレイドさん。こっちは水も食料も無しでもう何日も歩いてる。街や村は周辺には見えない。……これじゃあ魔王の城に辿り着く前に皆死ぬわ! また襲撃があったらどうするつもりなの!?」


「わかってるよ。今考えているんだッ!」


「だったら早く考えてよ! 勇者でしょ!?」


 取り乱す魔術師アンジェリカと勇者レイドが苛立ちを隠せずに言い争いをする。

 本来これらを諫める役目の僧侶マクレーンがいない為、言い争いは更に悪化していった。


「待てお前達! 冷静になるんだ! この状況の中狂いそうになるのはわかるが、もっと冷静にだな」


「なにが冷静よ! だったらアンタがなんとかしなさいよ! どうやってこの状況を切り抜けろってのよ……もうッ!」


 気性の荒いアンジェリカはもう誰も信じられない精神状態にあり、誰の意見も聞く気がなかった。

 そんなアンジェリカに、苛立ちと殺意を胸中に巡らせながらも、必死で抑える女武闘家ヒュドラ。


 そしてヒュドラはふとしたことを考え口に出した。


「もしも……もしも、あの少年兵のセトがいたなら。こういうとき、どう考えるんだろう。彼はずっと戦場で戦ってきたんだろうし、こういうときの行動を知っているのでは……」


 そう呟いた。

 だが、その言葉がレイドの癇に障ったのか、彼に掴みかかられる。


「君まで僕の判断を後からになって否定するのか? ……君もセトには侮蔑の目を向けていたのにッ!」


「ま、待て。私はただ……」


「そういうことだろ? 見損なったよヒュドラ。君は常に"仁義"という言葉を口にし、人道を説いてたね? 今の君は仁義に反しているんじゃないか?」


「な、なにを言っているッ!! 私はただこの状況をどうにかしたいと思って……それでふとセトのことを思い出しただけだ。彼は残忍とは言え、過酷な環境下で生き延びた戦士だ。なにか知恵を持っているかもと思って……それで……」


「それで? ……なんだよ? セトのことを考えたらなにか思いつくのか? 勇者である僕をそっちのけで!」


 レイドの目は血走り、旅立つ前とは最早別人のようにやつれて鬼気迫る表情をしていた。

 彼もまた冷静ではない。

 魔王討伐の旅は一種の過酷な戦場であるという現実にぶつかっていた。


 勇者一行の旅はもっと華やかで冒険に満ち溢れたようなもの。

 仲間と共に苦難を乗り越え、強敵を倒していく。


 そういった語り継がれる伝説級の物語。


 だが、現実は伝説とは違う。

 レイドの欠点はあまりに夢や伝説を信じすぎてしまっていたこと。


 それが反動として、大きく圧し掛かっている。


「レイド……頼む、落ち着いてくれ……」


「僕は十分落ち着いてる!!」


 普段上げないような怒鳴り声でヒュドラを威嚇する。

 その勢いに彼女は怯んだ。

 身体が震え、涙が浮かぶ。


 そんなとき、アンジェリカがほくそ笑みながらヒュドラに冷たく言い放つ。


「ねぇヒュドラ。そんなに言うのなら、アナタ……セトを捜しに行けば?」


「な、なんだって……?」


「アナタの武術は大したものよ。でもね、魔物相手には威力が不足してるの。わかる? 今のアナタ……はっきり言って?」


 衝撃の発言にヒュドラは固まる。

 これまでずっとこのパーティーの為、世界の為に身につけた武芸を披露してきた。


 幼い頃より培ってきた鍛錬の成果。

 だが、今この状況下においてヒュドラはセトと似たような境遇に立たされる。


 そして、アンジェリカの発言にレイドまでもが賛同した。


「……そうだね。君は志は立派だけど、肝心の力がない」


「おい、待て。待ってくれ。私はこれまでずっとッ!」


「魔力の素養もないのに、これからどうやって戦うんだ? 魔王の幹部クラスはもっと強いぞ? ……君はただ普通の人より強いだけだ。魔物相手になれば……」


「待てってば!」


 ヒュドラはこの状況に焦りを感じた。

 田舎に残した父は、彼女の帰りを待っている。


 これまで教えてきた武術が世界平和の為に役立ってくれるよう祈りながら。


 そんな中、もしこんな所で追放なんてされたらと思うと気が気でない。

 全ては無駄になってしまう。

 国の期待を、そして父の期待を裏切ってしまうのは、まさしく仁義に反する行いだから。


「頼む、お願いだ……追い出すなんてことはしないでくれ。なんでもする、どんな命令も聞く。だから……見捨てないで……」


 弱気な姿勢を見せるヒュドラ。

 この際もう自身のプライドなどどうだっていい。


 魔王を倒すまでの間、自分はどんな存在にもなる。

 そう決めた直後だった。


 ニタリと不気味な笑みを浮かべたアンジェリカは、項垂れるヒュドラに歩み寄り、足を踏んずけながら言い放つ。


「あらそう、じゃあ命令してあげるわ。……セトを捜して連れてきなさい」


「え、でも……追放してから何日も経つ。セトだって動き回ってるだろうから今どこに……」


「口答えしないで!! どんな命令でも聞くって言ったわよね? だったら、あの戦闘狂を今すぐ捜しなさいッ!! あのガキがいれば、どんな魔物がいても怖くないわ。これまで以上に戦闘も楽になる」


「わ、わかった……捜せば、いいんだな」


「そうよ、捜しなさい。その後はたっぷりとアナタをコキ使ってやるわ。アーッハッハッハッハッ!」


 こうしてヒュドラは別行動としてセトを探すことに。

 だが、これは事実上、疑似的な追放処分だ。


 2人と別れ、これまで来た道を戻っていくヒュドラ。

 水も食料もない状態で、いつ死んでもおかしくない環境下。


 死の恐怖に耐えながらも神経をすり減らしていくヒュドラの心は、徐々に黒く冷たい悲しみに満ち満ちていった。





「ん~、2人だけになっちゃったけど、案外大勢いるより楽かもね」


「そうだねアンジェリカ。……ふぅー、少し冷静になって来たよ。少し休憩してからまた進もう。戦いになったときの連携も考えなきゃね」


「そうね。もしかしたら、私達これでベストなパーティーなのかもしれないわ。まぁ、マクレーンには生きててほしかったけど」


「仕方ないよ。彼も結構貧弱だったからね」


 その内容からは僅かながらも狂気を感じる。

 冷静、とレイドは言ったが最早その目は焦点があっておらず、アンジェリカもずっと歪んだ笑みを見せていた。


 最早勇者一行としての統率はないに等しかった。

 そして、ヒュドラを別行動にさせたことで、最悪の事件が起こることに……。

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