第19話 魔王軍の揺らぎ、崩れ行く戦線
「えぇい! まだ人間共を押し返せんか!」
「はッ! 彼奴等の士気はこれまで以上に上がってきており、このまま突貫を続ければ……」
「我等天下の魔王軍が人間の軍勢如きに負けると? 有り得ぬ! 我等魔王軍が……このワシが負けるなどありえんのだッ!!」
とある戦場にて軍を指揮する幹部のオークキングが、陣地内にて怒号を散らす。
集団による魔物の力は凄まじいものだが、人間達はそれを逆手に取り、魔物の数を一気に減らしていった。
オークキング直参部隊であるオーク達は、ほぼ壊滅状態。
後は魔王より預かった魔物勢となるのだが、その数も最早半分以下。
完全に劣勢に立たされており、これ以上の戦いは多勢に無勢、危険極まりない。
「進めッ! 突貫あるのみ! 気合で押し返すのだ!」
オークキングは怒りに任せ、指揮をとり、いたずらに魔物達の命を戦火にて溶かしていく。
人間達の巧みな陣形と兵力が魔王軍を追い詰めていき、この戦場の勝利は決まったも同然。
────だが、そこにイレギュラーが現れる。
半人半魔の存在にして、魔王軍最強の魔剣兵士。
ゴブリンのゴブロクを引き連れ、ギョロついた目で戦場を見渡しながら魔王軍の陣地に来た。
「お、お前は……」
魔物の1体が息をのむ。
ゴブリン部隊にいた男がなにゆえこの場にいるのか、ゴブロクが前に出て説明する。
「……魔王様より言伝があった。これよりこの魔剣兵士セベクが加勢する」
「な、なにぃ? どういうことだ」
「各戦場で我等魔王軍が劣勢に立たされている。戦況を立て直す為に派遣された」
セベクはこの話に興味なさそうに欠伸をし、勢いづく人間の軍勢にゆっくり目をやる。
主力となっている兵団はどこか、ならどこから斬りこめばよいか、それをずっと考えていた。
「魔王様からの言伝ぇ? その半端者が加勢だとぉ!?」
オークキングが巨体を揺らしながらズカズカと歩み寄ってくる。
指揮官である彼に見向きもしない不気味なこの元人間を睨みつけながら、またしても怒号を上げた。
「いらぬッ!! こんな魔物でも人間でもない下っ端の半端者の加勢などッ! すぐにでも盛り返してやるわぁ!!」
「……その下っ端の半端者をコキ使わなきゃ現場ひとつロクに回せないド無能はどこのどいつだよ」
戦場を眺めながらオークキングに即答で侮蔑の言葉を吐くセベクに、周りが一気に凍り付いた。
オークキングはあまりの言葉に口をパクつかせ、ワナワナとその身を震わせている。
「別にいいよ、他にも戦場はいっぱいあるし。……だがもしここで俺を使えば一気に逆転出来る。アンタの勝利、アンタは魔王に褒められる。……だがここで俺を追い出せば、人間達に負けてアンタは死ぬ。ゲームセット」
オークキングは顔を真っ赤にして鼻息を荒くしていた。
上級魔物としてのプライドと幹部として確実な勝利をもたらさなければならないという責任で、板挟みになっている。
しばらくセベクを睨みつけながら黙っていると彼がいきなり大声を上げた。
「じっかん切れぇえええええッ!!!!」
目を見開いたまま満面の笑みを浮かべて硬直。
その表情を保ったまま戦場の方を指差す。
オークキングは我に返りその方向を見てみる。
もうすぐそこまで人間達の軍勢が迫ってきていた。
戦場で戦っていた魔物達が全滅したのだ。
オークキングの顔から血の気が引く。
感情に囚われ完全に戦況から目を反らしていた。
喝采にも似た勝利の雄叫びを上げながら、オークキングの陣まで迫ってくる人間達。
(し、しまったぁッ! ワシとしたことが……とんだ失態だ)
オークキングは自慢の武器である巨大な斧を見る。
圧倒的な破壊力を持つ彼ならば、この状況を切り抜けられるかもしれない。
だが、人間達の勢いはすさまじく、思わずたじろいてしまう。
上級魔物にして幹部であるオークキングは、戦意を削がれてしまっていた。
人間とは言えど、雑魚ではない。
魔物達を討伐する為のあらゆる叡智と装備を彼等は持っている。
斧を振り回し突撃しても、これだけの数を相手には無理だ。
このまま行けば一気に蹂躙される。
「わ、ワシを守れっ! 貴様等! ワシの為に死ねぇ!!」
「お、オークキング様ッ!?」
「
オークキングは陣地にいる魔物達を残し、足早に逃げ去っていった。
当然幹部の現場からの逃走に、魔物達は混乱し一気に統率力を失う。
「いいねぇ、楽しくなってきたよ~。なぁゴブロク」
「そう思うのはお前だけだッ! ……来るぞぉ」
この2人を除いて魔物達がてんやわんやになる中、人間達は魔王軍の陣地に躍り出た。
槍を向け、剣を振り、そして魔術で焼き尽くす。
魔物達が蜘蛛の子を散らし、その猛威に踏み潰される中、セベクは魔剣を振るい人間達を圧倒していた。
「そんなんじゃ俺を満足させられないよぉ」
槍で突いてきた兵士の足元に滑り込むようにして潜り込むや、勢いのまま魔剣アポピスで胴部を一閃。
次にやって来た兵士の顔を、カポエラのように蹴り上げ、宙に浮いた兵士を唐竹割。
真っ二つに割れ、血と臓物を大地にぶちまける中、セベクは一気に前へ。
左右にいる兵士を左薙ぎ、右切上と刀身を操り、武器や鎧ごと命を刈り取っていく。
重心を低く保ったままの斬撃は凄まじく、敵ながらに見事な剣捌きだ。
「なんだこの魔剣使い……化け物かッ!?」
「囲めッ! 一気に槍で突き殺すんだッ!」
槍兵達が穂先を向けながらセベクを囲む。
通常剣の間合いでは槍の間合いには届かない。
極めてセオリーだ。
そんなセオリー通りの危機の中、セベクは笑う。
「甘いねぇ」
突如、セベクの魔剣の刀身が蒼白く染まり、それに呼応するかの如く、セベクの瞳もまた青白く光った。
次の瞬間、魔剣アポピスの力が発動する。
セベクはそのとき、そこに佇んだままだった。
微動だにせず、剣を振ろうとする素振りすらない。
にもかかわらず、周りにいた槍兵達は、まるで見えない刃に斬り裂かれたかのように身体がその場でバラバラになる。
噴き出す血に囲まれながらセベクは薄ら笑いを浮かべた。
それを見た人間達はたちまち動けなくなり、一歩また一歩と退いていく。
「く、退けぇ! 退けぇえッ!!」
人間達が退いていく。
たった一人の半人半魔に恐れをなした。
だが、勝利ではない。
オークキングは尻尾を巻いて逃げ去ってしまった。
「……オークキング殿は御無事だろうか?」
ゴブロクが剣を納めながらセベクに歩み寄る。
こちらは息せき切っているのに対し、セベクは呼吸1つ乱していない。
「ほっとけあんなクズ。どーせ魔王城に帰った所で、魔王にぶっ殺されるだけだ。……ともあれ殿は成功。俺達は別の戦場へ行こう」
「……戦うことばかりだなお前は」
「俺はね……最高の相手と戦ってそいつを殺したい。それと同時に最高の相手に殺されたい。絶対この世のどこかにいると思うんだけどねぇ~。……勇者一行は雑魚だし」
「変わった奴だな」
「……アンタもな」
ボロボロになった自陣には2人しか残っていなかった。
戦場の風が虚しく吹きすさぶ中、次の戦場へと渡っていく。
人間達の勝利であったと同時に、魔王軍の脅威を改めて思い知った戦いだった。
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