第27話 相談してみたけど
週末。
今日は椎名の試合がある日だ。
「ご主人様、お飲み物と軽食とハンカチとティッシュはお持ちになりましたか?」
「大丈夫ですって。いざとなれば近くにコンビニもありますから」
屋上で遠坂さんが気になることを言った後。
それからの彼女はいつもと変わりなく俺の為に尽くしてくれている。
でも、どこか距離を感じるようになったのは気のせいだろうか。
最低限の会話や家事以外ではあまり家の中でも彼女の姿を見ることがなくなったように思えるし、こっちから話しかけなければ向こうから絡んでくることもあまりない。
気のせいであってくれたらいいけどと、玄関先で俺の身支度を手伝ってくれる彼女を見ながら思う。
「じゃあ、行ってきます。あまり遅くならないように帰りますので」
「はい、気を付けて。椎名さんにもよろしくお伝えください」
いつもと変わらぬ笑顔で見送られ、俺は一人で駅へ向かう。
三駅向こうにある競技場で、今日は近隣の四校による親善試合が行われると。
一年生にして、そのメンバーに選ばれる椎名はさすがといったところだ。
あいつのレベルならこの辺の高校生相手でも軽く蹴散らすに違いない。
その雄姿を見届けてやるか。
「えー、間もなく女子100m競争の予選が開始されます。選手の方は……」
競技場に近づくと、アナウンスが聞こえてくる。
時刻は九時ちょっと前。今から椎名の予選が始まる。
外の階段から客席に向かい、閑散とする応援席の一つに腰かける。
ちょうどゴールの真横、一番いいところで彼女の姿を見ようと席に着くと、遠目から椎名の姿を発見した。
セパレートのユニフォームに身を包んだ彼女は、学校指定のハチマキを巻いて登場。
そのままスタートの姿勢に入り、やがて、号砲が鳴る。
勢いよくスタートした彼女は、他の学校の生徒を置き去りにして余裕の一着でゴール。
一年生の圧巻の走りに、他校の生徒たちからもどよめきが起こっていた。
そしてスタンドを見上げた彼女は、俺の姿を発見したのかこっちに向いて手を振ってくる。
少し照れくさかったが、俺も手を振り返す。
そのまま視界から姿を消した彼女は、しばらくして俺のところにやってきた。
「ちゃんと来てくれたんだ、ありがと」
「おつかれ椎名。すごいな、やっぱり」
「まあ、これくらいはね。決勝じゃそうもいかないだろけど」
「一年生で決勝なら立派だよ。二時間後だっけ?」
「うん。今日はそれが最後だからお昼には終わるかな。ちょっと待っててくれる?」
「ああ、わかった。頑張れよ」
「おっけー。じゃあまた」
そう言って椎名は陸上部が固まって座る席に戻っていく。
しばらくは暇なようだ。
ちょっと遠坂さんに電話でもしよう。
「……もしもし遠坂さん?」
「はいご主人様、何かありましたか?」
「いえ、試合の間に暇だったので。そちらはおかわりありませんか?」
「ええ、なにも。これから買い物へ出かけるつもりです」
「そうですか。気を付けて」
「はい、では」
電話はすぐに終わる。
でも、遠坂さんの声を聞くとやっぱり早く家に帰りたいなと。
椎名には悪いけどやっぱりそんなことばかり考えながら、必死に走る他の選手の様子を退屈そうに眺めていた。
♥
「急にすみません高峰さん。お時間いただきありがとうございます」
「別に構わないけど、遠坂さんから相談なんてどうしたのよ?」
遠坂は朝の掃除を終わらせてから高峰さんに電話をかけた。
相談したいことがあるから会えないかと伺うと、すぐに時間を作ってくれるとのことで。
やはりいい友人は持つものだと、しみじみしながら喫茶店の席に着く。
「率直にお伺いします。高峰さんは男性の方とお付き合いしたことはありますか?」
「恋愛相談ってやつ? まあそりゃああるけど、それが何か」
「いえ。遠坂はそういう経験がなく、そういう時にどうしたらよいものかと悩んでおりまして」
遠坂は、本当に人の少ない田舎で育った。
そんな環境もあってか周りに同年代の人も多くはなく、友人すらいないまま、中学時代も田舎の学校でひっそりと勉強を続ける日々だった。
高校受験は親の希望によって冬埼市の学校を受験。
娘の高校進学を機に田舎から出たいという両親の望みは叶ったが、しかし二人とも田舎暮らしの反動なのか遊びにかまけてしまい、どこかに行ってしまった。
ひどい親だなというのは、さすがの自分であってもわかる。
正直な話、メイドとしてご主人様の家にやってきた初日なんて、内心は腐っていたと思う。
でも。
「我が家だと思って好きに使ってくださいね、遠坂さん」
彼が嬉しそうにそう語る姿を何度思い出したことか。
あの笑顔で遠坂は、救われたんです。
こういうのがチョロい女だということを、昨日ネットで知りましたけど、まあチョロくても構いません。
あの日からずっと、ご主人様のことが。
深瀬純也君のことがずっと……。
「……」
「あの後輩の男の子?」
「へ?」
「図星ね。へえ、遠坂さんってああいう優男系がいいんだ。年下好きなのも意外」
「あ、あの、遠坂はそういう目で彼を見てるわけでは、な、ないことも、ない?」
「あはは、なにそれ。いいじゃん別に。好きなら好きって言えば」
「……」
好きなら好きと。
そういえば多分、遠坂は彼と付き合えるのかもしれないと。
恋人になれるのではないかと、期待してしまっている。
彼が先日、友人の方に遠坂を好きだと言っているところを聞いてしまったから。
さすがの遠坂でも期待してしまう。
でも。
「高峰さん、遠坂ってポンコツなんです。家事もろくにできず、世間知らずでそのくせとんでもない失敗をして、人様に迷惑をかけてしまうようなそんな人種だと理解しております。だからもし今、たまたま接点が多い彼が遠坂に好意を持ってくれてたとしても、それは果たして長続きするのかなとか。他の女の子を知らないから遠坂のことを好きだと勘違いしてるだけなのかとか……そう思うと不安なんです」
そう、不安だ。
今日だって、彼が椎名さんと一日一緒に過ごしたら、やっぱり遠坂なんかより椎名さんの方がいいじゃないかと思ってしまわれないか、不安だ。
ご主人様は遠坂といる時間が長すぎて、情に近い感情で私に好意を持っているだけなんじゃないかと。
「……それならいっそのこと他の女性と一緒になった方が彼の為じゃないかと。そんなことを考えてしまうんです」
「……遠坂さん、あんたバカなの?」
「へ?」
「あの子が誰と付き合うかとか、誰を好きだとか、その人のどこをいいと思うかとか、全部決めんのは本人っしょ? なんでそれをあんたが決めるんだって話」
「そ、それは……でも、なんか立場を利用してるようでそれも後ろめたくて」
「立場ってのは先輩ってこと? まあなんにせよ、遠坂さんがポンコツだってことなんて一回話せば誰でもわかるっしょ」
「そ、そうなんですか?」
「だから私もまあ、結構ひどいことずっとしてきたけどさ。でもあの子が初めて歯向かってきて。あんたがあの子の為に怒って。まあ、こうしてここで話すくらいの関係にはなったわけだし。いい子なんじゃない? あんたにはお似合いかもよ」
高峰さんは呆れた様子で肘をつきながら言う。
遠坂の悩んでることは、他人からすればそれくらいくだらないことなのかと思わせられるほど、彼女はうんざりした様子だ。
「……あの、遠坂は」
「で、その彼は今日どこにいってんの? 休みなんだから私じゃなくてあの子誘えばいいのに」
「そ、それが、友人の部活動の応援だというので」
「それって女子?」
「え、ええ、まあ」
「ふーん。それで落ち着かないんだ。なんだ、ヤキモチ妬くんだあんたでも」
「そ、そんなこと……いえ、モヤモヤしてます」
「そっか。ならラインしてみたら? お願い帰ってきてーって。飛んで帰ってくるって」
「そ、それはさすがに彼の迷惑になるから」
「いいから携帯貸しなよ。ほらほら」
「あ、ダメです高峰さん!」
机に置いてあった携帯をとられて。
ロックもかけていない(というより設定の仕方を知らない)からすぐに中を覗かれて。
彼としかメールとかしてないのですぐに宛先を絞られて。
メッセージを送られた。
「これでよしっと。じゃあ私帰るから」
「え、な、なんて送ったんですか?」
「会いたいって。連絡くるまで待ってたら?」
「そそ、そんな……ど、どうしましょう」
「いいから。じゃあね遠坂さん」
高峰さんは帰ってしまった。
その後携帯を見ると、彼宛に『今すぐ会いたい』と。
その後ろに今いるお店のURLを貼ってあった。
……どうしましょう、これ。
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