第14話 お出かけデート?

「遠坂はこの度の不祥事の責任をとって」

「とらなくていいですから。あと、すぐに腹を切ろうとしないでください。いつの時代ですか」


 ことあるごとに責任をとって切腹しようとする彼女に、今日ばかりはじっくりと説得を試みることに。


 だいたい本気で腹を切られたら責任をとるどころか俺に迷惑しかかからないじゃないか。

 いや、迷惑以前の問題か。それに彼女に責任なんてものをそもそも負わせたくない。


「いいんですよ俺は。遠坂さんがこうして仕事してくれてるだけで嬉しいので」

「ですが……仕事中にも関わらず居眠りをしてしまっていましたし」

「疲れてたんですよ。休みもないわけですからそんなこと……あっ、そういえば明日は土曜日だし休暇とりますか?」

「無期限休養というやつ、でしょうか」

「だから不祥事の責任とってとかじゃなくて。リフレッシュ休暇ですよ」


 遠坂さんがやってきてこのひと月、確かに彼女に休みらしいものはなかった。

 労働基準法がどうこうという以前に、彼女だって休みの一つくらいほしいに違いない。

 最も、その休みを使って誰と何をするかについては気になるところだけどそんな話をしていては始まらない。


 彼女のプライベートな時間も必要だ。

 明日は彼女のしたいようにさせてあげよう。


「リフレッシュ……でしたら私、水族館に行きたいのですが」

「いいじゃないですか。たまにはお友達と出かけるのも」

「あの、ご主人様はおさかなに興味はありませんか?」

「俺? うーん、ないこともないけど」

「でしたら……明日ご一緒しませんか?」

「……俺が?」


 え、それって俺と水族館デート? いや待て、それじゃ休暇の意味が……


「べ、別に俺を無理に誘わなくていいんですよ? 誰か誘いたい人がいれば」

「私はご主人さまをお誘いしたかったのですが……遠坂と行くのは嫌ですか?」


 美人は卑怯だといつも思う。

 困ったような上目遣いで、体をくねくねさせながら美人にお願いされたら断れるはずもない。

 いや、断る理由などそもそもないのだけど。


「お、俺でよければ」

「では、明日は楽しみにしています。遠坂はシャワーを浴びてきますのでご主人様は身体がお冷えにならないうちにお休みください」


 遠坂さんがそそくさと風呂場に向かっていったのを見送った後、俺はふつふつと喜びが込み上げてきた。


 よっしゃー、明日は遠坂さんとデートだー!


 ひゃっほうと柄にもない声を出してベッドに飛び込んで、枕をぎゅっと抱きしめた。


 ああ、明日が楽しみだ。水族館デート……ってことはその後ご飯行ってそれから……。


 期待は膨らむばかりだが、まあ過剰に意識しすぎては失敗するのが世の常。

 心を落ち着かせるためにも、そっと灯りを消して目を閉じた。



「……ん?」

「むにゃむにゃ、ごしゅじんしゃま……」

「うわっ!あーもう、またか……んん?」


 毎晩のように部屋に侵入してくる彼女に、未だに慣れない俺だけどしかし今日はいつもと違う彼女を見て固まった。


 ……おい、パジャマじゃなくて今日は何故か下着姿。


 思わずその均整のとれた美ボディに見惚れてしまったが、すぐにまずいと気づき彼女に布団を被せる。


 すると俺のベッドにダイブ。彼女は布団を被ったままスヤスヤと眠りについてしまった。


 あまりにも刺激的なものを見たせいで、俺は胸の動悸がおさまらない。

 それに……あっちの方もおさまりそうもなく、俺は仕方なくトイレに駆け込んで鍵をかけて、まあ勝手にすっきりしたのだけど。


 ただ、こんな状況では俺の理性が心配だ。

 正直今だって、誰もいないんだからちょっとくらいいいかもなんてことを思っていたりした。


 もちろん賢者タイムになってそんな発想はかなぐり捨てたけど、このままではまずいと、トイレに座り込んで真剣に悩む。


 そして出た答えが、まずは彼女の寝相をなんとかしようというものだった。

 もちろんどうやってか、なんて手段まではわからないが。


 結局この日は彼女が部屋から出てこないように、自室の前に傘や物干しざおでバリケードを作って彼女を封印し、リビングで『寝相 悪い 治す』なんて検索を何度もかけながら寝落ちする羽目となった。



「お、おはようございます。ご、ご主人様」


 今朝ももちろん遠坂さんの声で目を覚ました。どういうわけかバリケードが解除されていたのだが、それをツッコむ前に、まず彼女の様子がおかしいのだ。


 今日は終始もじもじしているというか、手を前にしていじいじしたり後ろに組んでもじもじしたり(まあそのしぐさが死ぬほど可愛いからいいのだけど)。


「おはようございます。何かありましたか?」

「い、いえ。その……今日は水族館、楽しみですね」

「そうですね。すっごく楽しみです」

「そ、それはどちらが、ですか?」

「どちら?」

「い、いえ、なんでもありません。お着替えは部屋の前に置いてありますので」


 遠坂さんは明らかに頬を赤らめて照れるようにそそくさとキッチンの奥へ引っ込んでしまった。

 何かやらかして気まずいのかとも思い、部屋に戻る前に風呂場やトイレをのぞいてみたが特に変化はない。


「あのー、何かありました?」

「ななな、なにもございません!べ、別に何もございませんよ」

「……別に何か割ったとか汚したとかなら正直に話してくれてもいいんですよ?」

「よ、汚してなど!洗えば大丈夫ですから」


 この人に嘘を貫く能力というものは備わっていない。

 だから何かを汚してしまってテンパっているというのはすぐにわかった。


 しかし頑なに話そうとしないので、一旦この話は置いておくことに。


「じゃあ、着替えれたら出かけましょう」

「ええ、服をお持ちしますね」

「いいですよ、部屋で着替えますから」

「ダメです、部屋は掃除中ですので絶対に入らないでください!遠坂がとってきます」

「……」


 つまりは俺の部屋の何かを、ということか。

 まあ、大して貴重品もないし別にいいんだけど、あとでバレるんだから隠さなくてもいいのに。


 そんな風に思いながらも今日は久々の彼女の休みだから大目に見ようと、リビングで安気に待っていると彼女が俺の着替えを持ってきてくれた。


 そして。


「では、お出かけの前に洗濯物を干してまいりますのでその間に着替えててくださいませ」

「わかりました。でも、洗濯は帰ってからでもいいですよ?」

「ダメです、今やっておかないとダメです!」

「……わかりました」


 つまりは、その洗濯物の中に汚してしまったものがあるのだと、まあこれは誰でもわかることだけど。


 でも、わざわざ見に行くようなマネはしなかった。

 別に洗って綺麗になるならそれでいいし、俺は彼女を責めたいわけでもない。


 着替えているとすぐに遠坂さんも戻ってきたので、俺はこの話題をここまでにして一緒に家を出た。


「すみません、遠坂の手際が悪いせいでお待たせしてしまいまして」

「いいですよ。それよりせっかく行くので楽しみましょうね」

「はい、今日の夕食はお刺身にしましょう」

「それは別日にしませんかね……」


 優雅に泳ぐ魚たちをみて、その夜に魚を食すというのは気が引けたので却下。

 まあそんなところも彼女らしいが、やっぱりどこかズレている彼女とずれた会話をしながら俺たちは電車に乗り、隣町にある水族館を目指す。

 

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