第5話:無個性という個性:なんちゃって一匹狼が一番ハズい

昼食が終わって、一人、音楽室でギターを弾く。

軽音楽部の部室があるが理由わけあって行かない。

実は私、叔父の影響で3歳からギターをやっている。

スタジオミュージシャンの叔父に連れられて、気がついたらプロの中にじって弾いていた。

今ではエレキでもアコギでも何でもござれだ。

もう身体からだの一部。

今日はアコギ。

昼休みのエレキは禁止されている。響くからね。

まずは、ジェフ・ベックの『Jeff's Boogie 』だ。

どんなに忙しくても、これだけは弾いて寝る。私の練習日課だ。

ギターって本当に美しい。

ギターのボディが乳房と腰骨のふところまるときは何度でも興奮する。

秋のやわらかい陽光にキラキラ玉虫色に反射する鉄の弦。

チューニングには毎回ワクワクする。

わわーんと響くアコースティックの音。

音が両壁に反射して頭を麻酔のようにゆらゆらとなででて、怪しいタバコの煙のように私の頭をくゆらす。

この瞬間だけが、学校においての私だけの時間。

乾いた秋風が鼻の穴からのどをスーッと冷やす。

たまに楽器をいじりたい連中が冷やかしでやってくる。

この歳でキャリア15年の私のバカテクは少年たちの中途半端な興味の対象になる。

アレやれコレやれとうるさい。

オリコン1位を取るバンドのリクエストばかり。

適当に付き合ってやる。

オリコン1位を取るバンドって、大抵コード進行もフレーズもがいタレの亜流。

弾きたくない。

オーティス・ラッシュとか気の利いたリクエストよこせよと言いたいが、邪魔臭いから適当に弾いて帰す。

帰り際、がんばれよ、と無責任な声援をもらう。

この声援を聞くたびに不愉快で少しへこむ。

でも、このくらいしか私と男子との接点はない。

バンドやってるキャリア2・3年のギター少年は、複雑な心境であえて私には近づかない。

昔から、これと言った個性の無い男たちばかりが寄って来る。

でも、それは私自身の鏡。最近気付いた。

私も、風采ふうさいの上がらない男から冷やかされる程度の取るに足らない女ってわけだ。

四畳半フォークじゃないけど、Eマイナーでも弾きたい気分だ。


教室に帰ると、今岡が一人教科書を読んでいる。

雑誌ではなく教科書だ。

つい数日前までファッション雑誌を扇子せんすを扇ぐようにペラペラ軽々とめくっていたのに。

他人を刺激しないよう、さもつつましやかに同じページを凝視している。

体育館と同様、逆スポットライト。

今、ファッション雑誌なんか見ていたら火に油だ。

紙のページが鉛板なまりいたのように重く持ち上げられる。

昨日の白が、今日、黒になる。

明日は我が身。

私だってかつて今岡がファッション雑誌を自慢気に読んでいたように、人より一段上に立って光を浴びたい欲求はある。

ギターがあるからやろうと思えばできた。

でも、やっぱり教室では弾けなかった。

一歩踏み出せない。

やれば私がやられる。

嫌味に目立って周りを刺激するからだ。

だから、いまだに音楽室でせんずりこくように一人チマチマ弾いている。

人が近づいても腹を割る勇気がない。

こんな自分に疲れる。

私は、こうやってチンタラ、フラフラ、ユラユラ、終わってしぼんでいくんだろうか……。

今岡の黒はまた白に戻るんだろうか?。

そうなったら、それはそれでマヌケだ。

でも、今岡は白になる日をじっと待って頭にはいりもしない教科書をめくっている。

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