第400話 前線の状況

 王宮での文化交流を恙無く終えた俺達は、フェリシアーノ殿下を筆頭にヴァロワ王国の軍務の重鎮達、それから大勢の騎士達を引き連れて前線の街に向かった。

 ヴァロワ王国はそこまで大きな国ではないので、王都から前線の町まで馬車で一日もあれば辿り着く。近いのはありがたいけど、それだけ脅威が迫っていると考えれば喜べることではない。


「今日は前線の街に泊まって、明日から行動開始で良いのでしょうか」

「はい。その予定でお願いいたします」


 フェリシアーノ殿下とはまた同じ馬車だけど、王都を出発してからずっと厳しい表情のままだ。

 それだけ被害が酷かったんだろうな……


「殿下、私達は被害を受けた街とは別の街に向かっているのですよね」

「その通りです。被害を受けた街は人が住める部分もあるのですが……今回のファイヤーリザード襲撃で魔物の森が大きく迫り出してきていて、危なくて住むことはできません。このままでは近いうちに飲み込まれてしまうでしょう。民も全て避難させました」

「そうですか……他の前線の街には、普通に国民が暮らしているのですか?」


 ラースラシア王国では、前線の街には騎士と少数の平民しかいない。いつ飲み込まれるのか分からない街に、一般人が住み続けるのは危険だからだ。前もって避難させることで混乱を防ぐという意味もある。

 しかしフェリシアーノ殿下は、その問いに頷いた。


 詳しく聞いてみると、ヴァロワ王国は国土がそこまで広くないこともあり、前線の街の住民を別の街に避難させる余裕がないのだそうだ。

 だからこそ今までは必死に魔物の森を押し返して来たけど、その必死で耐えてたバランスがファイヤーリザードによって壊されてしまい、大変な事態に陥っているらしい。

 ファイヤーリザードによる直接の被害ももちろん酷いけど、どちらかというとそのバランスを崩されたことの方が長い目で見たらヤバいのだ。


「魔物の森に一番近づかれているのは、被害があった街でしょうか」

「はい。ファイヤーリザードの襲撃で騎士達もかなりの被害を被り、数日間は魔物の森を放置してしまったこと、さらに対処できる人数が減少してしまったことで厳しい状況となっています」

 

 とりあえずまず駆けつけるべきは、被害があった前線の街かな。あとで街が復興できるように、魔物の森に飲み込まれないよう阻止しないといけない。

 ……ファイヤーリザードを倒しに行く前に、魔物の森を押し返す方を優先しようかな。


「被害を受けた街まで、本日向かう街からはどの程度の距離がありますか?」

「そうですね……馬車でならば一時間程度です」


 そのぐらいならファブリスに乗れば一瞬だ。……今日の夜から森に行こうかな。最近は精神的な疲れを感じても肉体的な疲れを感じることはなかったから、一日ぐらい寝なくても全然大丈夫だし。


「フェリシアーノ殿下、明日の朝から行動開始ということになっていますが、本日の夜から私とファブリスだけで魔物の森に向かいます」

「よ、夜にですか……?」

「はい。少しでも早く魔物の森を押し返したほうが良いですし、近くまで来てしまったら気になって眠れませんから」


 フェリシアーノ殿下は俺のその提案に難色をしてしていたけれど、結局は俺が折れないと分かったのか、感謝の言葉を述べてくれた。マルティーヌは俺の好きにやらせてくれるみたいで、絶対に危ないことはしないと約束して許可してくれた。



 それからも馬車は進み、夕方ごろに前線の街に到着した。中に入ってみるとその街は、前線の街とは全く思えないほどに賑やかだった。

 ファイヤーリザードはこんな街を襲ったってことか……どれだけの被害があったのだろう。


 俺達は代官邸に案内され、騎士達は騎士団詰所に案内された。そして被害もあったことから質素な夕食会を終え、それぞれ自室に戻った。皆は明日に備えて早く就寝するけれど、俺はここからが本番だ。


「ファブリス、準備は大丈夫?」


 俺に与えられた客室でのんびりと寛ぐファブリスに声をかけると、ぱさっと尻尾を揺らめかせながら頷いてくれる。


『もちろんだ。いつでも良いぞ』

「了解。ロジェ、他の皆も、魔物の森に行ってくるね。とりあえず朝まで頑張ったら一度帰ってくるよ」

「かしこまりした。レオン様、無理はなさらぬよう。お気をつけていってらっしゃいませ」

「もちろん。ありがとう」


 心配げな様子が見え隠れしている皆に見送られて、ファブリスと共に街の外まで転移をした。そしてそこからはファブリスに乗って、被害のあった前線の街まで駆け抜ける。思ってた以上の真っ暗闇だ。


「ファブリス、朝までにできる限り魔物の森を押し返したいんだ」

『了解した。我が全力を出せば一晩で相当押し返せよう』

「ありがとう、心強いよ。二人で頑張ろうね」


 暗い夜道を駆け抜けていることで少しだけ感じていた恐怖が、ファブリスの言葉で霧散していく。ファブリスがいてくれて良かった……そう思いながら背中にぎゅっとくっついて、温かさを全身で感じ取る。ふぅ、落ち着く。


『主人、目指している街はあれか?』


 それから少し進んだところでファブリスに聞かれたので前を見てみたけれど……いくら目を凝らしても何も見えない。


「ごめん、俺には見えないみたい」


 ファブリスの方が、暗いところでの視界は圧倒的に良いみたいだ。俺にとって一寸先は真っ暗闇で、多分目の前に人がいても気づかないと思う。魔物の森ではライトで思いっきり照らす予定だから良いんだけど。


『あと数分で着くぞ。街には寄って行くのか?』

「ううん、もう誰もいないみたいだしいいかな。それよりも街から一番近い魔物の森に向かってくれる? そこからできるだけ広範囲に押し返したい」

『了解した』


 それからファブリスは少しだけ方向を変えて走り続け、気づいた時には魔物の森が目の前にあるところまで来ていた。といってもファブリスにそう言われただけで、俺は何も見えてないんだけど。


「じゃあ光をつけるね。『ライト』」


 かなり広範囲を照らすように、上空で強い光を発するようにして魔法を使う。すると突然視界が眩しくなり、目が痛くて開けていられなくなった。ちょっとミスった……

 しばらく目をぎゅっと瞑り、眩しさに慣れてきたところで恐る恐る目を開くと……


 ……目の前に、フラワーボムが鎮座していた。


「ぎゃぁぁぁ!! ファブリス、なんてところで立ち止まってるの!?」


 めちゃくちゃビビった。目を開けたら目の前にフラワーボム、心臓が止まるかと思った。


『破裂しそうだったから対処が必要だろうと思ったのだ』

「だからって事前に言っておいてよ! というかもう赤くなってるし、あと少しで破裂するじゃん!」


 俺は急いでフラワーボムをバリアで覆った。フラワーボムは魔力を込めたバリアを破ることはないので、中で破裂させてからすぐに火魔法で燃やしてしまうのが一番なのだ。俺にしかできない方法だけどね。


 バリアで覆ったことでとりあえず落ち着いた俺は、照らした光で見える範囲をぐるりと見回してみた。


「誰もいないね」


 ラースラシア王国では、夜でも交代で魔物の森に向かっている騎士がいる。人数が足りないからかもしれないけど、こうして夜に放置してたらどんどん魔物の森が進行してしまうだろう。


『途中ではたまに人間が集まっているところがあったぞ』


 数日ごとに少しずつ場所を変えて魔物の森に対峙してるとかなのかな……本当に人手が足りないみたいだ。これは気合を入れてやらないとかもしれない。


「じゃあ魔物の森を駆逐していこうか」

『了解した』


 それから俺達は日が昇り始めるまで約八時間、途中で一度休憩を取った時以外はずっと働き続けた。ラースラシア王国側の魔物の森でいつもやっているように、ファブリスと役割分担をしつつ着実に押し返していく。

 そして八時間頑張った成果は……数百メートル四方に渡る魔物の森の壊滅だ。めちゃくちゃ頑張った。これでこの街の部分だけ迫り出していたところが、他と足並みを揃えるぐらいにはなっただろう。

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