第161話 世界一のクッキー

「レオン君、大丈夫?」

「あっ、イアン君……」


 そうだ。まだイアン君がいたんだったっけ。


「イアン君、仕事は?」

「さっき厨房に行ったけど、マリーちゃんとロニー君がいるから俺はお休みになった。流石に狭いからね」

「そっか……。うん? 厨房に行ったの!?」

「うん。気づいてなかったの?」

「呆然としてて……」


 俺は食堂をイアン君が出入りしてたことにも気づかなかったのか。我ながら慌てすぎだ。


「レオン君、大丈夫?」

「ううん、大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。マリーとロニーは何してたの? 俺に言えないようなこと?」

「はははっ……レオン君涙目だよ?」


 イアン君が笑いを堪えられないというように、吹き出しながらそう聞いてきた。


「だって、マリーに嫌われたかも……。マリーが、俺は邪魔だって。イアン君、どうすれば良いかな!?」

「ちょっ、ちょっと落ち着いて。レオン君、面白すぎる。ブハッ、ハハハッ……」


 イアン君が耐えきれないというように大爆笑し始めた。笑いすぎて苦しそうなぐらい爆笑している。

 イアン君、今は笑ってる場合じゃないからね! 一大事だから! 人生一番の危機だから!


「イアン君笑いすぎ! 今は危機的状況だよ?」

「だ、大丈夫だよ。マリーちゃんは、レオン君のこと、大好き、だと思う、よ?」


 イアン君が大爆笑しつつ、息も絶え絶えにそう言った。


「でも、だったら、だったら何で俺は入っちゃいけないの!?」

「それは、何か理由があるんだよ。とりあえず、リビングで待ってよう?」


 俺はそうして何とか笑いを収めたイアン君に手を引かれ、リビングまで引きずって連れて来られた。


「ちょっとレオン君? もう少しちゃんと歩いて! 全く、マリーちゃんのこと好きすぎるでしょ」

「そんなの当然だよ! あんなに可愛いんだよ? もう世界一可愛いんだよ? 大好きに決まってる!」

「そ、そうだね……」


 俺がそう宣言をすると、イアン君が少し引いてるように見えるけど、そんなの関係ない。マリーは可愛い。本当に可愛い。世界一可愛い。


「イアン君だって可愛いと思うでしょ!?」

「それはそうだけど……。でもレオン君、マリーちゃんもいつかは誰かと結婚するんだからね?」

「……そんなのわかってるけど、まだ先だから。まだまだ先だから。それに、俺が納得できる人じゃないと認めないから!」


 マリーが結婚なんて考えられないけど、考えられないけど……、でも、優しくて強くて明るくて楽しくて頭が良くて収入が良い、そんな人なら認めなくもない……かも。


「そんなこと言ってたら、マリーちゃんに嫌われるよ?」

「それは嫌だ。嫌だけど……」

「じゃあ、マリーちゃんの自由にさせてあげないと」

「でも、マリーに相応しい人じゃないと。優しくて強くて明るくて楽しくて頭が良くて収入が良くて……」

「レオン君! そんな完璧な人いないから。マリーちゃんを大切にしてくれる人ならいいじゃん」


 ……そんなことはわかってるんだよ。でもまだ、マリーには可愛い妹でいて欲しい。お兄ちゃんが一番でいて欲しい。

 娘がお嫁に行くお父さんの気分だ。実際はそんなに歳の差はないんだけど、気持ち的には娘ぐらい歳の差があるから、本当にお父さんの気分なんだ。

 ……世の中のお父さんの気持ちが理解できる。


「ロニー君とかは? 相性良さそうじゃない?」

「ロニー!? ロニーは……」


 あれ? ロニーってもしかして、超優良物件なのでは?

 給金も高くなるだろうし、優しいし頭はいいし、最近は明るくなってるし身体も鍛えてるし。


「……反対する理由が思い浮かばないかも」

「それ、そんなに落ち込むことじゃないでしょ」

「そうだけど……」


 そうして俺がイアン君に面倒くさく絡んでいたら、リビングの扉が開きマリーとロニーが入ってきた。

 凄く良い匂い……クッキーを作ったのかな。

 そう思っていると、マリーが運んできたお皿を俺の前に置いてくれた。そして満面の笑みで一言。


「お兄ちゃん、私からのプレゼント! お店を始めるのおめでとう!」


 マリーがそう言って、俺に満面の笑みを向けてくれた。


 ……もしかして、サプライズのために俺が入っちゃいけなかったの?


「こ、これ、お兄ちゃんのために作ってくれたの?」

「そうだよ! ロニーお兄ちゃんに手伝ってもらったけど。お兄ちゃんを驚かせようと思ったの!」

「ま、ま、マリー。あ、ありがど……ひっ、ひっく……」


 俺は嬉しくて感動して、一気に涙が溢れ出てきた。ヤバい、止まらない。嬉しすぎる。さっきまで落ち込みまくってたのが嘘のように素晴らしい気分だ。

 マリーが俺のために作ってくれたなんて。お店を始めるお祝いなんて。お店を始めて良かった……!


「お兄ちゃん!? 大丈夫? どうしたの?」


 マリーが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。俺はそんなマリーを思わず抱きしめて言った。


「マリー、本当に嬉しいよ。ありがとう。これは嬉し涙だから気にしないで」

「そっか。なら良かった! じゃあ食べてみて!」

「うん、貰うね。いただきます」


 俺はそう言ってクッキーを一枚手に取り、サクッと一口食べた。うん、美味い。これが世界一美味い。

 世界一のクッキーは確実にこれだ。異論は認めない。


「マリー、すっごく美味しいよ。ありがとう」

「本当?」

「うん。今まで食べたクッキーの中で一番美味しい」

「やったー!」


 マリーは俺がそう言うと、両手を広げて喜んでいる。マジで天使。

 そんなふうに無邪気に喜んでいたマリーだったけど、ふと何かを言おうか迷っているような表情に変わった。


「マリー、どうしたの?」

「うーん……」

「何か言いたいことがあるなら、何でも言っていいよ?」

「何でもいい?」

「うん」

「じゃあ、私も一つ食べていい? それはお兄ちゃんのために作ったんだけど、マリーも食べたくなっちゃったの」


 ……なんて可愛いお願いなんだ! 俺は顔がデレっと崩れそうになるのをなんとか抑え、平静を装ってマリーに頷いた。


「もちろん! マリーが作ってくれたんだから一緒に食べよう?」

「うん!」


 俺がそう言うと、マリーは一瞬で顔を輝かせて俺の隣の椅子によじ登り、クッキーを美味しそうに食べ始めた。

 そして一枚食べ終わると、クッキーを二枚手に取りイアン君とロニーにも渡しに行く。


「はい! 二人にもあげる!」

「マリーちゃんありがとう」

「ありがとう。嬉しいよ」


 俺は二人にはあげるって言ってないと、思わずそれを止めそうになったけど、寸前のところで耐えた。

 しょうがない。本当はマリーが作ってくれたクッキーは全部俺が食べたいけど、一枚なら許してやらないこともない。

 お皿の上には後五枚のクッキーがある。全部今食べちゃうのはもったいないなぁ。アイテムボックスに入れて、落ち込んだ時にでも食べるために保管したい。

 俺はそう思って三人がこっちを見てない時に、バレないようにさっと二枚のクッキーをアイテムボックスに仕舞った。

 アイテムボックスを使えて本当に良かった。この魔法を一番有効活用したかも知れない。このためにある魔法かもしれない。


 それからは残りのクッキーを食べつつ、三人と楽しく談笑しながら時間が過ぎていった。

 穏やかで楽しくて、本当に幸せな時間だった。



 その後は、ロニーと共に食堂の手伝いをしたり森に行ったりして一日を過ごした。そしてロニーはまた一晩泊まって、次の日の午前中に孤児院に帰っていった。

 両親がいないロニーをうちに招待するのはどうなのかと少しだけ思ってたんだけど、招待して良かったな。マリーともかなり仲良くなっていたし、ロニーも楽しそうだった。

 また機会があったらうちに遊びに来てもらおう。

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