第125話 レオンの待遇

 今日は遂に回復の日、クレープ会をやる日だ。ロニーはこの会が決まってから、今日までずっと緊張していた。

 今日は少しでもロニーがリラックスできるように頑張って手助けしようと思う。まあ、ロニーは公爵家の屋敷にいるっていう事実だけでずっと緊張してそうだけどね。


 そして俺は今、ロニーを迎えにいく馬車の中にいる。ステファンとマルティーヌはお昼時に屋敷に来るらしいので、その前にロニーを迎えに来ているのだ。

 俺がロニーを迎えに行くと言ってもロニーは荷車をひいていくからと散々断ってたけど、荷物も沢山あるし何より公爵家は広場よりさらに遠いので無理矢理迎えにいくと約束した。

 公爵家の馬車だけど、俺の実家にもよく来ていた質素な馬車だから大丈夫だろう。


 そうして公爵家からしばらく馬車に揺られ、ロニーの家の近くまで来た。ロニーの家の前までは道が狭くて行けないので、馬車には少し離れたところで待ってもらい俺はロニーの家まで歩いて向かう。

 本当は一人で行こうと思ってたんだけど、ロジェが当たり前のように付いてくるから二人だ。

 最初はどこにでも従者がついてくるのは窮屈だと思ってたけど、最近は慣れてきた。自分ではあんまり自覚はないけれど、もう貴族の生活に染まってるのかもな。

 そんなことを考えつつ裏路地を進み、ロニーの家の前まで辿り着いた。そしてロニーの部屋のドアをノックする。


「ロジェ、俺がやるからね」

「……かしこまりました」


 ロニーへの声掛けは流石に俺がやった。ロジェは俺にやらせるなんてって感じだったけど、ロジェの声で呼びかけられたらロニーの心労がまた追加されちゃうよ。


「ロニーいる?」

「は〜い。ちょっと待ってー」


 俺がロニーに呼びかけるとそんな声が返ってきて、すぐに部屋のドアが開く。結構声が明るいから緊張しすぎてやばいって感じじゃないのかも。


「レオンお待た……」


 あぁ……せっかくロニーがにこやかで明るい顔だったのに、ロジェが視界に入った瞬間に顔が強ばって固まっちゃった。

 確かにロジェって無表情だから、初対面の人は怖いのかもしれない。服装も公爵家の使用人のものでかっちりとしているし、俺も最初は無愛想で怖い人だと思ってた。

 今ではロジェが俺の従者で良かったと思ってるんだけど、初見だと良いところはわからないよね。


「ロニー、こちらは俺の従者でロジェ。無表情だけど怖くないから大丈夫だよ」

「ロジェと申します。よろしくお願いいたします」

「あ、は、はい! あの、ロニーと申します。よろしくお願いいたします」


 そうして二人は挨拶をしたが、すぐに沈黙が場を支配する。ロジェは必要以上に話さないしロニーも気軽に話しかけるタイプじゃないし、もしこの二人だけにしたらめちゃくちゃ気まずい空気が流れそうだ。

 俺はこの微妙な空気を断ち切るように、殊更明るく声を出した。


「ロニー、荷物は三人いるから荷車じゃなくても持っていけるかな?」

「う、うん! 三人ならギリギリ持てると思うけど、持ってもらってもいいの?」

「勿論だよ。じゃあ荷物を運んじゃおうか」


 そうして三人で手分けして荷物を持ち、また歩いて馬車に戻る。荷物はロジェが大量に持ってくれたので俺とロニーは楽チンだ。

 ロニーはその事実に恐縮して何とか自分で荷物を持とうとしてたけど、ロジェがどんどん持っていってしまったので諦めたみたいだ。


「レオン、レオンに従者なんているの? 僕聞いてないよ!」


 歩きながらロニーに、小声だけど強い口調でそう話しかけられた。確かにロニーにはロジェの話をしたことなかったかも。


「ロジェの話はしたことなかったよね」

「驚くから事前に教えてよね!」

「そんなに驚く?」

「驚くに決まってるよ! 普通貴族の後見がある平民は、従者として働いてることはあっても従者がついてることはないよ!」


 やっぱりそうなんだね。前にロンゴ先生にも驚かれたんだ。俺の待遇ってかなり良いんだろうなぁ、本当にタウンゼント公爵家には感謝だ。


「でも、俺にはロジェがついてくれてるんだよね。多分俺の待遇ってかなり良いんだと思う」

「かなりどころじゃないよ! ありえない待遇だからね!」

「そんなに?」


 そんなに言われるほどありえない待遇なのか。

 まあ、俺が普通の平民だと考えるとそうなのかも。この待遇になったのは俺が全属性って理由も大きいだろうし。


「そういえばずっと聞いてなかったけど、レオンは何で公爵家に後見していただけることになったの?」


 確かにそれ疑問に思うよね。でも何でって言われると困る。

 最初はただの偶然と……、公爵家の勢力にとって俺の身分と能力が望ましかったからだよな。


「うーん、説明が難しいんだけど、公爵家の勢力にとって俺の能力と身分が役に立つものだったからかな」

「でももしそうだったとしても、普通はここまでの高待遇にならないよ」


 そう言われると……、改めて考えると何でだろう? 最初からこんな待遇だったよね? やっぱり俺が使徒様との共通点があるからかな。マルティーヌに使徒様だと思われてるって前に言われたし。

 そう考えると、使徒様として祭り上げられないようにもっと気をつけないと。使徒様を騙った罪とかで天罰を受けたら防ぎようがない。


「まあ、公爵家の皆さんが凄く良い人たちだからじゃないかな。だからロニーも心配しなくて良いからね」


 全属性のことも言えないので誤魔化してそう言うと、ロニーは釈然としない顔をしながらも頷いた。


「納得できないけど……わかったよ」



 それからしばらく歩き馬車にたどり着いたので、俺たちは荷物を全て乗せて馬車に乗り込む。

 ロニーはリラックスした様子で座ってるけど、意外と緊張してないのかな?


「ロニー、そんなに緊張してない?」

「うーん、何かもうなるようになると諦めたというか……ちょっとは慣れたのかも。今はあんまり緊張してないよ。でもお屋敷に行ったら流石にやばいかもしれないけど」


 おおっ! ロニーが成長してる。これから貴族と接することも増えるだろうし、慣れておくとこれから先は楽になるだろう。


「段々慣れていくといいね」

「うん。レオンは慣れすぎだけどね。本当に平民なの?」


 ロニーが恨みがましいような目で俺をじーっと見つめてくる。


「俺も最初は緊張してたけどもう一緒に住んでるし……。こんなこと言ってもいいのかわからないけど、もう一つの家族というか、そんな感じなんだよね」


 この前リュシアンとリシャール様と話して、その気持ちが芽生えたんだよな。もう今となっては公爵家の屋敷は帰る場所だし、落ち着く場所になっている。


「はぁ〜。既にわかってたんだけど、今日でより理解したよ。レオンは特別なんだね。レオンだから、これで全部納得することにする」


 なんか俺が普通じゃないみたいじゃないか。まあ確かにそうなんだけど、何も反論できないけど、でも素直に頷きたくない。


「……そんなことないと思うよ」


 俺はせめてもの抵抗で小声でそう返した。するとロニーは俺をジト目で見て口を開く。


「レオンは普通じゃないからね! 絶対特別だから! レオンはもう平民だと言わないように!」

「でも、俺は平民だし……」

「すご〜く特別な平民ね!! 絶対に普通の平民じゃないから!!」

「まあ、そうかもしれないけど……」

「かもしれないじゃなくて絶対そう! わかった!?」

「わ、わかったよ……」


 なんかロニーが強くなってる。もしかして色々に巻き込んでる俺のせい? 良いことなのかもしれないけど、なんかごめん……



 そうしてそんな話をしているうちに、屋敷に到着した。そして馬車から降りると、使用人が来て荷物を下ろしてくれる。


「荷物は全部食堂に運んでくれる?」

「かしこまりました。荷物は使用人に運ばせますので、レオン様とロニー様はお部屋でお待ちください。ロニー様の客室もご用意しておりますが、いかがいたしますか? レオン様の部屋にお茶をご用意することもできますが」

「ロニー様!? 僕の客室!?」


 ロニーがロジェの言葉に驚き声をあげて、うるさかったことに気付いてハッと口を手で塞ぐ。


「ロニー様はリュシアン様とレオン様のお客人ですので、客室もご用意しております」

「あ、ありがとうございます。ただ、あの、レオンの部屋でお願いします」

「かしこまりました。ではお部屋にご案内いたします」


 そうして歩き始めたロジェに続いて、俺とロニーは歩き出した。

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