第110話 アルテュル様の戸惑い

 次の日の放課後、今は剣術の授業が終わり、ロニーと更衣室で服を着替えたところだ。


「とりあえず、屋台が順調みたいで良かったよ」

「うん。特に問題なく開店してるよ。かなり売り上げもいいと思う!」

「それは良かった。何かあったらすぐに言ってね」

「分かってるよ」


 ロニーは毎日屋台の状況を報告してくれる。今のところ大きな問題も起きてないみたいで安心だ。


「一度買ってくれた人は、殆どの人が二回目も買いに来てくれるんだ」

「味を気に入ってくれてるってことだよね。どっちの方が売れてる?」

「やっぱり豚肉サラダかな。でも蜂蜜バターも、贅沢な材料の割に安いからって買っていく人が結構いるよ」


 蜂蜜バターの方が原価が高いからな。豚肉サラダの利益がかなり出るからこそできる値段設定だ。


「上手く行ってるみたいで安心だよ」

「あっ、でもレシピを教えてくれってたまに言ってくる人がいるんだ。でも普通お店のレシピなんて教えないし、無理ですっていえば諦めていくよ」

「それって危ない感じじゃないの?」

「うん。皆一応聞いてみてるって感じの人ばかりだから」

「そっか……それならいいけど、強引な人がいたら自分の身を守ることを一番に考えてね」

「うん! でもたくさんの人がいる広場で強引なことなんてしたらすぐに捕まっちゃうよ」


 でも、行き帰りで何かをされるってこともあるかもしれないし、周りの目を考えないような馬鹿な人がいないとも言えないよな。

 そうなったらレシピは渡してもいいだろう。一番の優先はロニーの身の安全だ。

 でも、レシピを渡しても信じてもらえられないと思うんだよね。生の卵を使ってるし……そうなったら、公爵家から卸してもらってる特別な卵だって言って貰えば良いかな。あながち間違いではないし。


 基本的に平民は、貴族が関わっているものには極力関わらないから、そう言ったことでロニーが危険になる可能性はほとんどないと思う。

 こんなこと考えたくはないけど、貴族は平民を簡単に切り捨てると思われてるから、ロニーを攫っても人質にならないから意味はないと思われるだろう。

 まあ、もし万が一そんな事態に陥ったら、俺は絶対に助けに行くけどね! でも流石に公爵家は動かないだろうな。


「行き帰りに襲われることもあるかもしれないし、ロニーの身の安全を一番に考えて、もし危ないと思ったらレシピは渡してもいいからね」

「え!? いいの?」

「うん。でも、レシピを聞いて生の卵を使ってるって知ったら信じてくれないだろうから、そうしたら公爵家から卸してもらってる特別な卵だから生で食べられるって言えば良いと思う。公爵家って聞いたらそれ以上関わってくる平民はいないでしょ? とにかく、ロニーの身の安全が一番優先だからね!」

「確かにそう言われたら平民なら関わらないよね。僕だったら怖くて全力でその場を離れるよ。レオン、ありがとう!」

「うん! 後ロニーなら言わないと思うけど、殺菌の魔法具のことだけは秘密にしてくれる?」

「それは何があっても言わないから大丈夫! それに、そもそも魔法具のことを言う機会はないと思うよ」

「まあ確かにそうだよね。聞いてくるとしてもレシピだよね」

「そうだよ。でも気をつけるね!」

「うん。ありがと」


 そんな話をしながら更衣室から外に出ると、訓練場にはステファンとマルティーヌ、リュシアン、それにアルテュル様がいた。

 えっと……何事? 俺が疑問に思っているとステファンが俺に近づいてきた。


「レオン来たか」

「えっと……私を待っていらしたのですか?」

「ああ、アルテュルからレオンに話があるから仲を取り持ってほしいと言われてな」

「アルテュル様がですか……? 何の用でしょうか?」

「さあ、私たちも何も聞いていないのだ。とりあえず私達もそばにいるから話を聞いてあげてくれ」

「かしこまりました」


 なんだろう… ? また何か文句かな。でもそれならわざわざ俺のことを待ってまで言うことじゃないよな……

 俺はそのままステファンに付いて行こうとして、ロニーを巻き込んでいることに気づいた。

 ロニーは先に帰してもらえるかな? 流石にこのメンバーにロニーを放り込むのは可哀想すぎる。


「ステファン様、私の友人は先に帰っても良いでしょうか?」

「ああ、アルテュルはレオンに話があると言っていただけだから良いと思う」

「ありがとうございます。少しだけお待ちください」


 良かった〜。流石にロニーがここにいるのは辛いだろう。俺は少し後ろに立っているロニーを振り返った。するとロニーは真っ青な顔をして、少し震えていた。流石にこのメンバーにはまだ慣れないよね。


「ロニー、先に帰っていいらしいから、また明日ね」

「う、うん。レオンは大丈夫?」

「うん。リュシアン様もいるし大丈夫だよ」

「そっか……それなら僕は先に帰るよ。また明日ね」

「うん。屋台よろしくね」

「わかった」


 少し小声でそんな話をしてロニーは足早に帰って行った。


「ステファン様、お待たせして申し訳ございません」

「気にするな。では行こう」


 俺はステファンの後についてアルテュル様のところに向かった。


「アルテュル、レオンを連れてきた」

「ありがとうございます」

「アルテュル様、私に何か御用でしょうか?」


 俺がそう聞くと、アルテュル様は口を開きかけては閉じると言ったことを繰り返して、一向に何も話さない。

 どうしたんだ? いつもはあんなに饒舌に話してたのに。


「えっと……いかが致しましたか?」


 なんで何も話さないの!? 俺から何か話さないといけないとか?

 俺は困ってリュシアンを見た。するとリュシアンが助け舟を出してくれるようだ。アルテュル様の前まで歩いていく。


「アルテュル、私達も暇ではないのだ。何も言うことがないのならもう行ってもいいか?」

「まっ、待ってくれ。話はあるんだ……」

「ならば早く言えばいいだろう?」

「わ、わかった」


 本当にどうしたんだ? いつもの勢いもないし、自信満々な様子も鳴りを潜めている。

 どことなく戸惑っているような雰囲気だ。

 それからしばらく待つと、やっとアルテュル様が話し出した。


「この前のダンスの授業で、マルティーヌ様に平民のことをどれだけ知っているのかと言われた。それから私は考えたのだ。その上で私は何も知らないということに気づいた。父上から平民は卑しい存在だと、そう聞いていた情報しかなかった」


 え? 急になんの話?


「だから屋敷の者に聞いてみたのだ。メイドや執事、父上にもう一度聞いてみた。しかし皆同じ答えを返してくる。平民は卑しい存在だと。我々貴族とは違う生き物だと」


 メイドも執事もそう言ってるの!? プレオベール公爵家は洗脳が得意なの? それとも、そう言わないと何か不利益があるとか。


「だから私は思ったのだ。やはり私は間違えていないと。しかしその矢先に、王家が女神様と使徒様の教えを支持したと聞いた。平民とは助け合うべきだという教えだ。私は何が正しいのかわからなくなったのだ……父上にどっちが正しいのだと聞いたが、何も答えてはくれなかった。私はどうすればいいのだ!?」


 アルテュル様って、やっぱり素直なだけなんだな……根は悪い子供じゃない。小さな頃から周りにいる人全員に平民は卑しい存在で貴族とは違うと聞かされれば、それを信じて当然だろう。

 どっちが正しいのかは難しいが、この世界は女神様がいる世界で女神様の教えがあり、その教えを王家も支持した。ということは、そちらが正解になるのだろう。

 アルテュル様は今まで教えられてきた常識が間違えていた、ということを受け入れられるのだろうか? まだ十歳の子供なんだ。


「私は混乱したが、そこでマルティーヌ様の言葉をまた思い出した。自分の目で見て確認してみるべきだと。だから、俺に平民のことを教えてくれないか? お願いする!」


 アルテュル様はそう言って、俺を強い目で凝視してくる。十歳の子供が自分でここまで考えてこの結論に至るのは本当に凄いよね……アルテュル様はただの馬鹿な貴族ではないんだな。

 今まで色々言われてきたけど、アルテュル様も被害者みたいなものだ。俺が少しでも手助けできるなら助けてあげたい。


「アルテュル様」

「な、なんだ!?」

「私で良ければ平民についてご説明いたします」

「い、いいのか?」

「もちろんでございます」


 俺はそう言って、ニッコリとアルテュル様に笑いかけた。


「あ、ありがとう……」


 ヤバい……わんぱく坊主を手懐けた感じ! なんか達成感ある!

 俺は思わず顔がにやつきそうになり、なんとか抑え込んだ。


「アルテュル様、本日は何かご予定がお有りですか?」

「いや、特にないが……」

「ではこれから、平民の生活をご覧になりませんか? リュシアン様、良いでしょうか?」

「ああ、レオンの好きにしたらいいぞ」

「ありがとうございます」

「アルテュル様、いかが致しますか?」

「よ、よろしく頼む。ただ、リュシアンとは仲良くするなと言われているんだ……」


 確かに敵対勢力の子供だもんね。貴族ってめんどくさいなぁ……それだとタウンゼント公爵家の馬車にアルテュル様を乗せて連れ回すのは難しいな。

 うーん、王立学校の馬車ならいいかな?


「ステファン様、王立学校の馬車を借りることはできるのでしょうか?」

「ああ、できると思う」

「それならば、王立学校の馬車を借りてそれに乗り外に行くのはどうでしょう? アルテュル様の迎えの馬車には、今日だけ研究会に参加するとでも言っておけば問題ないでしょうか?」

「それなら大丈夫だろう」

「ではアルテュル様にはそのように連絡していただいて、また訓練場にお戻りください。訓練場の前に馬車を用意しておきます」

「わかった。よろしく頼む」


 アルテュル様はそう言って訓練場を出て行った。

 よしっ、頑張ってアルテュル様に事実を教えないと。俺はなんだか凄くやる気が出てきた。

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