第109話 回復魔法の特訓
しばらく怪我人は来ないかなと思って余裕で座って待っていたら、すぐに怪我人がやってきた。今まで怪我をしていたけど治療してなかった人も来ているのだろう。
俺たちの前にはそれぞれ椅子が置かれていて、そこに怪我人が座っていく。俺の前にも怪我人が座った。
「軽く切っちゃったんだけど治せるかな?」
頬がザグっと切れている。これ軽くなの? めちゃくちゃ痛そうなんだけど……
それにしても木剣で訓練してるはずなのに、何でこんな傷ができるんだろうか。魔法も使うからかな?
「治せますよ」
俺は切れている箇所に手を翳して、怪我が治るイメージを膨らませて魔法を使った。
「『ヒール』はい。治りました」
「え? もう治ったの!?」
騎士の方が驚いたような顔をして、自分の頬を触っている。そんなに驚くようなこと? この程度なら簡単に治せるよね?
「君は凄く腕がいいんだね! 怪我があった場所が触ってわからないし、それに凄く早かったし。ありがとう」
「い、いえ、魔法は得意なので……」
「そうなんだ! 将来有望だね」
「ありがとうございます……」
その騎士の方は軽い足取りで訓練に戻っていった。
あの程度の怪我を治すだけであそこまで驚かれるのか。俺はさりげなく周りの皆を見回してみた。
すると軽い切り傷を治すのに時間がかかってるし、治し終わっても傷跡が残っている。
やばい……こんなにレベル低かったんだ。俺、どうやったら治すのに時間をかけられるのかわからないよ! それにどうやったら傷跡が残るの?
魔法では出来る限り目立ちたくないんだけど……常人レベルの優秀さならいいよね。というか、これ以上力を抑えるの無理だ。
そんなふうに悩んでいたら次の怪我人が来た。とりあえず、出来る限り力を抑えよう。
「酷い打撲なんだが治してもらえるか?」
次の人は、腕に赤黒い打撲痕があった。めちゃくちゃ痛そう……
「はい。治すので腕を前に出してもらえますか?」
「ああ、これでいいか?」
「はい。『ヒール』治りましたよ」
かなり痛そうだったのですぐに治して、大丈夫か確認しようと思い怪我人の顔を見上げた。すると何故か口を開けて、ぽかーんと惚けた顔をしている。
え? もしかして今のもやりすぎだった!?
内出血は難易度低いんだけど……
「えっと……どうかしましたか?」
「な、な、なんで!? なんでそんな一瞬で治せるんだ!?」
やっぱり治す速度が速すぎるのか……でも、どうやって遅くするのかがわからないんだよ!
もう、回復魔法が得意ってことで押し通すしかない。
「回復魔法はかなり得意なんです。魔力量も多いですし」
「そうなのか……それだけでここまで早く綺麗に治せるのか?」
「私は恵まれているようです。あっ、次の怪我人が来ましたので……」
「……わかった。治してくれてありがとう」
「いえ、また訓練頑張ってください」
なんとか誤魔化せた……? もう誤魔化せたことにしよう。
「次の方どうぞ」
「ああ、よろしく頼む」
次の怪我人はかなり痛そうに足を引きずってるみたいだ。捻挫かな? もしかして骨折?
「足ですか?」
「木剣を足に思いっきり受けたんだ。当たりどころが悪かったのか……これは骨が折れてると思う。だから……」
「凄く痛そうですね。すぐに治します」
「え……?」
凄く痛そうだ。脂汗を浮かべてるし早く治してあげないと……それにしても、この世界は回復魔法があるからって怪我しすぎじゃないか? まあ、すぐに治せるから無茶するのもわからなくはないけど。
「『ヒール』はい。治りましたよ」
「え? あれ? 痛くない!? なんで治せるんだ!?」
えっと……もしかして骨折を治すのはダメだった?
「治すのは無理だろうから、無理でも騎士団の治癒士のところに行くから気にするなって言おうとしてたのに……」
何それ! もっと早く言ってよ!! 流石に骨折を治すのはヤバかったのかも……
どうしよう。なんとか魔力を使い切って治せたことにしようかな。それならまだ誤魔化せるはず……!
疲れ切った演技だ。意識が途切れる寸前を演じるんだ。俺頑張れ!
「はぁ……はぁ……無理かと、思っていたんです、けど、なんとか治せたみたいです……もう、痛みはないですか?」
「ああ、もう完璧に治ってる。学生なのに凄い治癒士なんだな。治してくれてありがとう」
騎士さんはそう言ってニカっと笑いかけてくれた。この人いい人だ……! それに、騙されてくれたみたいでよかった。騙してごめんなさい。
「いえ、訓練、頑張ってください」
「おう! しっかりやってくる」
そう言って騎士の方は訓練に戻って行った。よしっ! とりあえずセーフだ。
この後は後ろに戻って、疲れた様子で休んでれば完璧だろう。俺は椅子から立ち上がり、後ろに下がった。
「オッセン先生、魔力がほとんどなくなったので休みます」
「はい。ただ、君は魔力量が多かったはずですが、酷い怪我でも治したのですか?」
「はい。三人目の方が足の骨折で、それを治して魔力がほとんどなくなりました」
それにしても、この世界ではいくら魔法を使っても魔力量は増えないはずだよな。それなのにベテラン治癒士の方が酷い怪我でも治せるのは何でなんだろう?
うーん、何度も魔法を使っていれば、魔法を使うのに慣れてきて消費魔力が抑えられるようになるのかな? もしかしたらそうかも。それに、慣れてくれば治すイメージも明確になってくるからな。
魔法の熟練度みたいなものなんだろう。
まあ、俺にはほとんど関係ない話だな。魔力量はどんどん増えていくし、イメージも日本での記憶のおかげでこの世界の人よりは明確だし。
「骨折……骨折を治せたのですか!?」
え? 先生にもそんなに驚かれるほどなの?
「骨折を治すには魔力が必要なのはもちろんですが、切り傷などわかりやすいものと違ってイメージしにくいので、魔力があっても治せないという人も多いのです。君は魔力量も多い上に魔法の扱いも上手なのですね」
骨折ってそんな扱いだったの!? 俺にとっては切り傷を治すのと同じだったから……そんなの知らないよ!
「わ、私は、回復魔法が他の人より得意みたいです」
「そうみたいですね。使えば使うほど上手くなりますから、才能に胡座をかかずしっかりと鍛錬してください」
「はい!」
とりあえず常人レベルには収められたみたいだ……良かった。
俺は後ろにあった椅子に座り、身体を休めているフリをして他の人の魔法を観察した。
マルティーヌの様子を見てみると、俺が授業をしていた時よりも時間をかけて、傷跡を少し残すように治している。マルティーヌ、力の抑え方がめちゃくちゃ上手いな。
ステイシー様は、軽い切り傷にかなりの時間をかけて治している。もう結構疲れているみたいだから、魔力終わりかけてるのかも。
もう一人の男の子は、ステイシー様と同じくらいの時間がかかって治しているが、まだ魔力は少し余裕がありそうだ。軽い切り傷程度なら後一人はいけそうだな。
それにしても、若くて自信がありそうな男性騎士は殆どがマルティーヌのところに行っている。ステイシー様のところには若くてあまり自信がなさそうな人達。男の子のところにはもう少し年上の騎士達。
多分マルティーヌのところに行ってるのは、実家が高位貴族の若い貴族達なんだろうな。あわよくばお近づきになれたらって感じかな。
ステイシー様のところに行っているのは、若いけど実家の身分が低くてマルティーヌのところにはいけない人って感じだ。
男の子のところには、もう結婚してる人達かそういうのに興味がない人って感じだな。
そういえば俺のところに来たのも、若いとはいえない騎士が多かった。
こうやってみてると面白いな……そんなことを思いながら治療風景を眺めていると、皆が後ろに下がってきて授業は終わりになった。
「これからは毎週この授業になります。回復魔法の授業は週に一度しかないですけど、魔法は使えば使うほど上手くなりますので授業外でも積極的に使ってください。では、王立学校に戻ります」
俺たちは騎士の方達に挨拶をして、馬車に乗り王立学校に戻った。毎回普通のレベルに合わせるのは辛すぎる。回復魔法の練習にはなるけど、どうせならもっと何十人もバンバン治して魔法に慣れたいなぁ。
全属性を明かせるようになったら、アレクシス様に頼んで騎士団でたまに回復魔法の練習をさせてもらおう。
でもとりあえず一年は我慢だな。疲れ切った演技、頑張ろう。
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