第75話 馬車の中の親睦会

 馬車に乗ると、まずはマルティーヌが話しかけてきた。


「レオン、最近会ってなかったから久しぶりね!」

「はい。お久しぶりです」

「もう、なんでそんなに他人行儀なの。ここでは敬語は必要ないわ。二人きりの時と同じでいいわよ」


 でもステファン様もいるし、リュシアンもいるし……


「ですが……」

「レオン、マルティーヌとリュシアンには砕けて話しているのだろう? 二人に聞いたぞ。私にも同じで敬語は要らないし、ステファンと呼び捨てにしてくれ」


 ステファン様も!? それに、なんでそのことを話してるんだ?


「レオン、私たち三人はレオンの話で意気投合して友達になったのだ。私もステファン、マルティーヌと呼んで、砕けた口調で話すことを許してもらった。周りに他の者がいない時はいいだろう。この四人だけでいる時はかしこまった口調はなしでいこう」

「レオン、お兄様は自分だけレオンと距離があるように感じて、寂しいのよ」

「マルティーヌ!」


 ステファン様は、焦ったようにマルティーヌを止めたが、少し遅かったみたいだ。俺たちはバッチリと聞いてしまった。


「そこまで焦らなくても良いのではありませんか? お兄様はしっかりしすぎなのです。少しは気を抜いた方が良いですわよ」


 マルティーヌがそう言うと、ステファン様は恥ずかしそうに俯いてしまった。堂々とした王子様の姿しか見てなかったから、こんな姿は新鮮だな。

 しかし、仲間外れに感じて寂しいとか結構可愛いところもあるんだな。もう王子様として完成されてるのかと思ってたよ。でも、良く考えたらまだ十歳だもんな。

 俺たちと話すことが、少しでも息抜きになってくれたら嬉しい。


 そんなことを考えていると、ステファン様が復活したようだ。さっきまでより少しだけ表情が柔らかくなった気がする。


「確かにそうだな。私だけに敬語を使われるのは、距離を感じて寂しいのは確かだ。私にも親しく接してくれないか?」


 そんなこと言われたら、了承するしかないじゃないか。 

 まあ確かに、マルティーヌとリュシアンには砕けた口調で話してるんだし、ステファン様だけ仲間外れにするのも微妙だよな。

 他の人がいない時だけなら良いだろう。俺がしっかり使い分ければいいんだ。頑張れ、俺。


「わかった。じゃあ、ステファンって呼ぶよ。これからよろしくね」

「ああ、レオンありがとう」


 ステファンはそう言って、嬉しそうに笑った。なんでこの三人は俺が敬語を使わないと嬉しそうにするんだ? 普通は逆じゃないか?


「そういえばレオン、さっきはどうしたんだ? 何か言い合ってたみたいだけど、私はレオンが怒っているのを初めて見たぞ」


 そうリュシアンに聞かれた。さっきの言い合いか……どこから聞かれてたんだろう? 


「どこから聞いてたの?」

「レオンが言い合っていた相手が、逃げるのか! って叫んだところからは聞こえてたぞ。その後にレオンかなり怒ってただろ? あんなことをいうレオンは初めて見た」


 そこ聞かれてたのか! 結構イラついてて、汚い言葉遣いだった気がする……今まで保ってた良い子のイメージが! 

 まあ、そんなイメージがあったのかわからないけど。


「あの時はイラついてて……聞いたことは忘れてください。お願いします」

「あれは、忘れられないぞ」


 リュシアンが少し笑いながらそう言った。リュシアン、俺を揶揄って楽しんでるだろ! たまにそういう子供っぽいことするんだよな。


「リュシアン!」

「ははっ……わかったわかった、忘れるように努力はする。それよりも何であんな言い合いになったんだ?」

「それは……俺がタウンゼント公爵家の後援を受けてるって話を聞いてたみたいで、そんなのは嘘に決まってるって言われて、そこから言い合いになっちゃったんだ」


 今思えばもっと冷静でいれば良かった。入学式の時からイライラが溜まってたから爆発したんだよな。でも、今思い出してもムカつくな。


「確かに、今まで公爵家が平民の後見をすることなんて、なかったからな。レオンがタウンゼント公爵家所属の平民だと、広めた方がいいかもしれないな」


 やっぱり広めるよね。まあ、それによって俺は煩わしいいじめが減るというメリットがあり、公爵家は勢力の後押しとなるというメリットがあるんだから、広めた方がいいよな。


「その方がいいかもね。でも、多分俺が言っても信じてくれないよ」

「うーん、どうすればいいだろうか? レオンが公爵家の馬車を使っているからいずれは広まると思うが、できれば早い方がいいだろう」


 リュシアンと俺が悩んでいると、ステファンが助け舟を出してくれた。


「それならば、昼食を共にすればいいのではないか? レオンが公爵家の特別食堂で食事を取れば、すぐにでも広まるだろう」

「確かにそれはいいな! レオンはそれでいいか?」


 えっと……まず俺は、特別食堂が何か良くわかってないんだよな。


「ちょっと待って、俺は特別食堂が何かよく知らないんだけど……」

「説明されなかったのか?」

「うん。高位貴族が使うものだから関係ないって感じで、説明が省かれたんだ」

「そうなのか。特別食堂は確か、二十部屋くらいあるんだ。一つ一つの部屋に小さな厨房と食堂があって、一年単位で借りることができる。高位貴族はそこを借りて、家から料理人と従者を連れてきて昼食を取るんだ」


 そんな仕組みになってたのか! そういえば、昼食の毒見はどうするんだろうかと思ってたけど、そんな方法で解決してたんだな。


「そんな仕組みになってたんだ」

「ああ、公爵家で特別食堂を借りているからレオンもそこで一緒に食べよう」


 これはありがたい! 俺も毒殺は気をつけないといけない立場になるだろうから、お昼ご飯をどうするか迷ってたんだ。


「ありがとう。一緒に食べさせてもらうよ」


 これで昼食の問題は解決だな。そう思ったけど、これからが大変だった……


「お兄様、私達もリュシアンとレオンと共に昼食を取りませんか?」


 マルティーヌが突然そう言った。え? 二人も一緒に食べるの?


「マルティーヌ、それはいいな」

「ですよね、お兄様!」

「王家と公爵家の共同で、特別食堂を借りるのも良いかもしれない」

「それは素敵ですわ!」


 何か二人の間だけで意気投合している。でもちょっと待って!!

 二人と毎日一緒にお昼を食べてたら、流石に目立ちすぎるだろ。それに、王族が特定の公爵家に肩入れとかしてもいいのか? 仲が良い人がいるのはいいと思うけど、共同で借りるのは流石に肩入れしすぎじゃないか?


「ステファン、マルティーヌ、公爵家と共同で借りるのは、タウンゼント公爵家ばかりを贔屓しているように見えて良くないんじゃないか?」


 俺がそういうと二人は、ハッと気づいたような顔をした。


「確かにそうだな……二人と仲良くなれて少し舞い上がっていたみたいだ。共同で借りるのは流石にやりすぎだな」

「確かにそうですわね……」


 二人とも凄く落ち込んでしまった。そんなに落ち込まれると、俺が悪いみたいじゃないか。

 どうすればいいだろう? 何か良い案はないかな?


「えっと……共同で借りるのはやりすぎだけど、たまには昼食に招待という形にして、一緒に食べればいいんじゃない?」


 俺がそう言うと、ステファンとマルティーヌの顔が輝いた。


「それですわ! 特別食堂に友人を招待するというのは皆やっていることですし、問題ありませんわ」

「確かにそれなら良いだろう。ただ、リュシアンとレオンばかりを招待するわけにはいかないから、他の高位貴族も招待すべきだな」

「それは……気が乗りませんわ」


 マルティーヌのテンションが急に下がった。他の貴族の子供たちがそんなに嫌なのだろうか? 友達が増えるのであれば良いことだと思うけど?

 俺のそんな疑問がわかったのか、ステファンが少し苦笑いで説明してくれた。


「高位貴族の子息たちは、マルティーヌと会うとあからさまにアピールしてくるから、それにうんざりしてるんだ」

「そうなのですわ。あの方達は、私を自分の地位を上げるための道具としか見ていないのです。そんな方とは友達になんてなれませんわ」


 そっか……この国は確か一番の大国だから、マルティーヌは他国に嫁に行くよりは降嫁する可能性が高いのか。そうなれば、可能性のある高位貴族の子息はアピールするよな。

 こんな歳から、もう結婚のことを考えないといけないなんて……それはうんざりするかも。


「その点レオンとリュシアンは、とても自然に私と話してくれてありがたいのです! 私を政略結婚の駒ではなく、一人の人として見てくれていると感じています。二人ともありがとう」


 マルティーヌはそう言って、花が咲くように笑った。それは今まで見た笑顔の中で、一番綺麗な笑顔だった。

 俺はしばらく見惚れてしまい、その言葉にスムーズな返しをすることができない。

 俺って女の子慣れしてないんだよ! 日本で二十年以上生きてきたのに、情けなさすぎる。


「マルティーヌはとても明るく聡明だ。親しく話したのは今日が初めてだが、とても楽しいしこれからも仲良くしたいと思っている。これからもよろしく」


 俺が慌てていると、リュシアンがスマートにそう返していた。俺、十歳に負けてるよ! 

 そんな言葉すらすらと出てこない! 貴族教育がすごいのか、リュシアンが凄いのか、俺がやばいのか、わからないよ!


「リュシアンありがとう。高位貴族にも貴方のような方がいると知れて良かったわ」


 二人がお互いに微笑み合っている。なんかいい雰囲気だな。リュシアンなら身分は申し分ないし、もしかしたらこの二人が結婚することもあるのかもしれない。


「レオン? そのような怖い顔をしてどうしたの?」


 俺が考え込んでいると、いつの間にか二人の話は終わったみたいだ。マルティーヌが俺の顔を覗き込むようにしている。

 俺はそんなに怖い顔をしてただろうか? ただ、少し考え込んでしまっただけだ。


「怖い顔なんてしてた? ちょっと考え込んじゃっただけだよ」

「そう? それならいいのだけど……」

「うん。それより、俺の方こそマルティーヌと友達になれてとても楽しいんだ。ありがとう」


 俺がそういうと、マルティーヌは途端に笑顔になった。


「はい! 私もとても楽しいですわ」


 この笑顔が曇るようなことになってほしくないな。俺はそう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る