二章 王立学校編
第70話 入学式の朝
今日は王立学校の入学式だ。
緊張で昨日は寝付きが悪く、今日は朝早くから目が覚めてしまった。
緊張してもしょうがないんだけど、試験の日にあんな出来事があるとどうしても憂鬱になるんだよな。
俺は緊張しながらもなんとか準備を終えて、少し早めに玄関に向かった。
するとそこには、リシャール様とカトリーヌ様がいる。どこかに出掛けるのかな?
「リシャール様、カトリーヌ様、おはようございます」
「レオン君、おはよう。いよいよ今日から王立学校だな。しっかりと頑張ってくれ」
「かしこまりました」
「無理せずに頑張るのですよ。気分の悪い思いも多々あるとは思いますが、公爵家を頼ってくれていいですからね」
「はい。ありがとうございます」
二人はそう言って俺を馬車に送り出してくれた。もしかして俺たちのお見送りで来てくれてたのか?
やっぱり、めちゃくちゃいい人たちだな……
それから少し待っていると、馬車のドアが開きリュシアンが入ってきた。
ドアが閉まると馬車が動き出す。
「リュシアンおはよう。ついに入学式だね」
「ああ、ワクワクするな!」
リュシアンは本当にワクワクしているようで、緊張感のかけらもなさそうだ。俺はこんなに緊張してるのに。
まあ、リュシアンは公爵家の長男だから、表立って何かをされるようなことはないだろうからな。俺は逆に嫌がらせをされる未来しか見えない……
強く生きよう……
「一緒に通えるのは嬉しいけど、教室も違うだろうし、顔を合わせる機会はあんまりないのかな?」
「そうかもしれないが、父上が合同の授業もあると言っていたから、会う機会もあると思うぞ」
そうなんだ……嬉しいけど会う機会がない方が平和だった気がする。でも平民の有能さを見せつけないとだからな、頑張ろう。
あれ? でも有能さを見せつけるだけなら、良い成績をとって一年で卒業するだけでいいんじゃないか? 別に貴族の方々と会う必要はないよな。
そう考えると合同授業なんていらないかも。
リュシアンとそんな話をしながら馬車に揺られていると、すぐに会場に着いた。今日の入学式は貴族や平民で会場が別れてはいないようで、俺が試験を受けた体育館のような建物に案内された。
王立学校の中では、基本的に従者や護衛を伴わないことになってるので、俺とリュシアンだけで歩いている。いつもは誰かしらを伴ってるから少し新鮮だな。ただ、安全面は大丈夫なのだろうか? まあ、学校の周りは門以外高い壁で囲われてるし、門には騎士が沢山いる。中に不審者が入り込むことはできないのだろう。
それに、隠れた護衛とかいそうだよな。例えば職員に扮した護衛とか、めちゃくちゃ強い掃除の人とか。なんとなく俺のイメージだけど。
しばらく歩きリュシアンと建物の中に入ると、この前とは全く別の建物になっていた。まるでパーティー会場のようだ。
床にはカーペットが敷かれ、丸テーブルがたくさん置いてあり、一つのテーブルに椅子が五つずつ置かれている。
机の上にはグラスとお皿が置いてあるけど、食事も出るのか? 全然想像の入学式と違うな。
「新入生の方はこちらにお越しください。お席にご案内いたします」
職員の方が受付でそう言っているので、俺とリュシアンはそちらまで歩いていく。
「合格証明書を提出して頂けますか?」
合格証明書とは、合格したことが書かれていたあの紙のことだろう。入学式の案内に持ってくるように書かれていた。
俺とリュシアンは合格証明書を提出する。
「ありがとうございます。リュシアン・タウンゼント様とレオン様ですね。こちらが学生の証となるブローチです。王立学校の校内にいる時は、身に付けるようにしてください」
そうして渡されたブローチは、葉っぱのような形に青い宝石が埋まっているものだった。これって宝石なのかな? 無くさないように気をつけなきゃ。
「では、職員がお席にご案内いたします」
横にいた職員がリュシアンを連れて行き、俺にも違う職員が来て席に案内してくれた。
リュシアンの席は、奥にある舞台の一番近くの席だ。多分舞台の近くから、身分の順なんだろう。
平民である俺の席は、当然一番後ろの端だ。俺的にはここが目立たなくて一番いい席な気がするけど。
ただ王立学校は、建前だけだが身分は関係ないことになっているので、生徒の座っている椅子やテーブルには貴族や平民で差がない。
高位貴族に粗末な椅子に座らせるわけにはいかないので、必然的に俺が座ってる椅子も良い椅子となっている。まあ、俺はいつも公爵家でこのレベルの家具に囲まれてるんだけどな。
周りを見てみると、後ろの方に座っている子たちは少し恐縮していたり嬉しそうな顔をしていたりするので、貴族でも下位貴族では、そう贅沢はできないのだろう。
そういえば平民はほとんどいないって聞いてたけど、俺以外の平民はいるのだろうか? 豪商の子供とかが何人かはいるはずだけど、見た目では判断できないな。
俺の今の格好だって、下位貴族相当のものだし。これ以上良い服を着ると身分が低いくせにと言われるし、これ以上ランクを落とした服を着てると、これだから平民は貧乏で嫌なんだと言われるらしい。
なので豪商の子供も、俺と同じくらいのレベルの服を着ているのだろう。それだと本当に見分けられないな。
俺が人間観察をしながら時間を過ごしていると、俺の隣の席に男の子が来た。茶髪に金の瞳で綺麗な顔立ちだが、なんだかすごくおどおどとしてて、かなり緊張してる感じだ。顔は青白くて今にも倒れそうだけど、大丈夫か?
この様子だと多分平民だよな?
「あの……大丈夫ですか?」
俺がそう話しかけると、その子はビクッとわかりやすく驚いてこっちを見た。より顔が青白くなっちゃったよ。
「あ、あ、あの、申し訳ありません……」
え? なんで謝られたんだ? 俺のこと貴族だと思ってる?
「私は平民ですが……」
俺がそういうと、その子はあからさまにホッとした様子で、少し体の力が抜けたようだった。
「良かった……僕もです」
「じゃあ、同じ平民同士仲良くしませんか? 崩した口調でも良いでしょうか?」
「うん、仲良くしてくれるのはすごくありがたいかも。僕緊張しすぎて倒れそうだったんだ」
「見てたらわかるよ。今にも倒れそうな顔色だよ。俺はレオン、君は?」
「僕はロニー、よろしくね」
ロニーはそこで、やっと少し笑顔を見せてくれた。それにしてもこの子は豪商の子供なのかな? そんな感じしないけど、それに服装も平民の中でなら良い方だけど、この学校だと浮くレベルだ。
「ロニーは商人の子供なの?」
「ううん、僕は王都の外れで母さんと貧しい暮らしをしてたんだけど、母さんが病気で死んじゃって、妹と孤児院で暮らしてたんだ」
「そうなの? なんで王立学校に?」
「それが、孤児院の先生ですごく熱心な人がいてね、隙間時間で僕たちに勉強を教えてくれてたんだ。まあ、ほとんど時間は取れないんだけどね。僕はその時間が凄く楽しくて熱心に勉強してたら、ロニーは頭がいいから王立学校を受験しなさい、卒業できれば役人になって高い給金がもらえるわよって言われて、それで受験したんだ。でも貴族がたくさんいる学校だなんて知らなかったんだ。合格した後でそのことを言われて……」
まさかの孤児院育ちなのか……それで合格できるんだからかなり頭はいいんだろうけど、ここでやっていくのは大変だろうな。
「僕、そんな学校通えないって言いたかったんだけど、孤児院で大騒ぎになってお祝いしてもらったら何も言えなくなっちゃって……この服も教会の人とか孤児院出身の人たちが、必死にかき集めてくれたお金で買ったものなんだ。そこまでしてもらったらもう入学するしかなかったんだ。でも平民はほとんどいなくて貴族ばっかりだって、不敬だとか言って殺されないかな? 僕怖いよ……」
そんな経緯だったのか……それならこのビビり方も頷けるな。王都の外れなら、貴族の怖さは知っていても実際に会うことはなかっただろうし。
「今更怖がっててもしょうがないから、平民同士助け合って頑張ろうよ!」
「うん……もうここまできちゃったから腹は括ってるんだ。ちゃんと勉強して卒業して役人になって、お金を稼いだら妹と孤児院のみんなに、お腹いっぱい食べさせてあげるんだ。皆多分お腹を空かせてるだろうから」
「孤児院で十分なご飯が食べられないの?」
「うーん、僕はあの孤児院しか知らないけど、子供の数の割に国からの給付金が少ないから大変だって言ってたよ」
そうなのか……国営の孤児院って聞いてたから環境はいいのかと思ってたけど、そうでもないんだな。まあ、確かに普通の平民の暮らしを見てたら、孤児院が裕福なわけないか。みんな孤児院に行きたがるようになっちゃうもんな。最低限生きていけるくらいなのかも。
最初はわからなかったけど、俺の家は王都の外れでは恵まれてる方なんだよな。小さなアパートの部屋みたいなところに一家四人で暮らしてて、かなり貧しい人たちもいる。大通りから少し外れると、どんどん貧しくなっていくんだ。
それにしてもまだ十歳なのに、自分が稼いで孤児院と妹にお腹いっぱい食べさせてあげたいなんて……めちゃくちゃ泣ける話だ。
俺は今の話を聞いただけで、ロニーの力になってやりたいと思っていた。我ながらちょろいな。
「ロニー、俺たちはもう友達だ。助け合っていこう。ロニーが危なそうだったら俺が助けるよ!」
「本当に? ありがとう、レオン」
そこまで話したところで段々と会場が暗くなって、奥にある舞台だけが照らし出された。会場の壁に取り付けられていた光球の魔石が取り外されているようだ。
入学式が始まるな。
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