第30話 母と父の実家
寒く厳しい冬を超えて、暖かい春がやってきた。次の冬には王立学校の試験を受けて春には入学なので、ここで暮らすのもあと一年だ。
少し寂しいが、一生の別れでもないのでワクワクしている気持ちの方が強い。
そして、俺が転生してから一年経ったことになる。あっという間だった。日本での記憶はまだ残っているけれど、俺はレオンだと言う気持ちの方が強くなっている。
日本を忘れていくことは悲しいけれど、この世界で生きていくためにはいいのかもしれない。
まあ忘れられないものもあるけれど、快適で便利な生活とか、醤油や味噌、米などの日本の味とか、テレビやスマホ、ゲーム、漫画などの娯楽用品とか、やっぱり全然忘れられない!!
思い出せば思い出すほど欲しくなる……とりあえずは、快適な生活を手に入れる! その後に醤油や味噌、米も手に入れたい。どうすればいいのかわからないけど……
でも諦めずに行こう!
そんな春のある日の朝、母さんと父さんに唐突に言われた。
「レオン、マリー、明日から一週間、おじいちゃんとおばあちゃんの所に行くからね」
俺はその言葉を聞いて衝撃を受けた。そういえば、普通に考えておじいちゃんとおばあちゃんって存在するよな……
今まで必死に生きてきたから思いつかなかった。それにこの一年で一度も会ってないし。
レオンの記憶では…………すごく小さい時に会ったことがあるかも。でも小さい頃の記憶すぎて、曖昧でよくわからない。
「おじいちゃんとおばあちゃん?」
マリーが首を傾げて聞いた。俺が覚えてないくらいの時にしか会ってないなら、マリーは覚えていないだろう。
「そうよ。私の母さんと父さん、ジャンの母さんと父さんのことよ。マリーが生まれた時に行ったきり一度も会いに行ってないから、今年は行こうかと思ったのよ」
「レオンとマリーに会ったら、みんなすごく喜ぶと思うよ」
全然会いに行ってないってことは、近くに住んでないってことだよな。王都にいないとか?
「おじいちゃんとおばあちゃんは王都にいないってこと?」
「王都にはいるんだけど、父さんの両親は農業をやってて、ロアナの両親は畜産をやってるから、王都の郊外にいるんだよ。実家は隣同士なんだ」
森に行く時に見えてる農地にいるってことか! 実家が隣同士ってことは二人は幼馴染ってことだよな。やっぱりこの世界は両親の紹介とかで結婚することが多いのかな?
というか、父さんと母さんは、なんで農業と畜産を継がなかったんだろう?
「父さんと母さんはなんで仕事を継がなかったの?」
「父さんは次男だからね。兄さんが継いでるんだ」
「母さんの家も兄さんが継いでるわ」
そういうことか、それで結婚して街に来て、お店をやってるってことだな。
……ということは、この家は結婚してから買ったってことだよな? この家って結構いい家だと思うけど買ったのかな? 買ったのなら高そうだけど……
俺の家は、中庭があって井戸がついてる。最初は各家に井戸があるのが当たり前だと思ったんだけど、これはすごく贅沢なことらしい。大体の家が、その地域で一つくらいの井戸を共有しているそうだ。
「父さんと母さんは結婚してこの家に越してきたの?」
「そうよ。最初は小さな部屋を一つ借りて、お互いにどこかの工房に雇ってもらおうと思ってたんだけど、実家に仕入れに来てくれてた商人さんが、この家を紹介してくれたのよ。確かお金持ちの商人さんが、食堂をやりたい次男のために作った家だったらしいわよ。でもその次男には子供ができなくて、食堂を継ぐ人がいなかったから私たちに話が来たのよ」
「この家を安く買えたことは本当にラッキーだったよね。ロアナともずっと一緒にいられるし」
「ジャン…………」
二人が見つめあってなんだかラブラブな雰囲気を出し始めた。気まずい……何か話題を振らないと。
「え、えっと、あのさ、おじいちゃんとおばあちゃんの家ってどのくらい遠いの?」
「そうねぇ……馬車で行ければそんなに時間はかからないんだけど、歩きだから結構遠いのよ。朝に家を出て夕方くらいには着くかしら?」
え!? そんなに遠いの? というか歩きで行くの!?
「馬車はでてないの? 乗合馬車とか」
「農地の方に乗合馬車はでてないわよ。商人さんの馬車に運良く乗せてもらえたらラッキーだけど、行きは農地で売る商品を、帰りは街で売る商品を載せてるから、余分に人を乗せられる商人さんはあまりいないわね」
そうなのか、歩きか……
まあ、トレーニングもしてるし、身体強化魔法も使えるんだし、そんなに大変じゃないだろうけど。
俺は魔法を使えるんだから、みんなの荷物も持つくらいの心意気じゃないとダメだな。
「それなら歩きで行くしかないね。頑張って歩くよ! 荷物も持つからね!」
「あら、ありがとね。それで今日は明日の準備をするわよ! 今日から営業はお休みにするわ」
「うん! 何を持っていけばいいの?」
歩きならそんなにたくさんの荷物を持っていけないよな。そんなに必要なものってないのかな?
「レオンとマリーはいつも森に行く籠に、自分の服を入れて準備してね。あとは一応の護身用に、獣よけの鈴とナイフも準備するのよ」
「わかった」
「私も!」
それくらいなら全然持てるな。何かお土産でも持っていこうかな?
「母さん、何かお土産とか持っていってもいいかな?」
「それは凄く喜ぶと思うわ」
「何がいいと思う?」
「そうねぇ、どっちの両親も外での仕事だから、日を避けられるものとか、手ぬぐいとかが喜ぶんじゃないかしら」
「わかった! じゃあ俺はお土産見てきてもいい?」
「いいわよ。気をつけてね」
「うん!」
俺はそう言って出かけようとした時にふと思った。そういえば、おじいちゃんとおばあちゃん以外にも、お兄さん夫婦とその子供もいるんじゃないか?
「あのさ、母さんと父さんのお兄さん夫婦と子供もいるんだよね?」
「ええ、いるわよ」
「じゃあお土産もっと必要かな?」
「あったら喜ぶだろうけど、なくても良いと思うわよ。いつもお土産なんて持っていかないもの。向こうに着いたら一緒に遊んで仕事を手伝えば十分よ」
「そうか……まあなんか考えてみるね! 行ってきます!」
俺は家を出て、お店がたくさんある通りに向かいながら考えていた。何がいいかな? まずは服とか布を売ってる店を見てみよう。
俺はこの辺では一番良いものが売ってそうな、布製品のお店に来た。
「いらっしゃい。何が欲しいんだい?」
店員さんはふくよかなおばちゃんだ。俺は不自然にならないように、敬語を使わないように答えた。
「おじいちゃんとおばあちゃんにプレゼントを買いたいんだ。手ぬぐいとかってある?」
「あるよ。この辺だね」
そこには色を染めてない手ぬぐいがほとんどだったが、いくつか色を染めてある手ぬぐいもあった。
「この色付きのっていくら?」
「それは一つ小銅貨五枚だよ。色がついてない方は小銅貨二枚だ」
五百円と二百円か。まあそこまで高くはないな。
ここは色付きのにしようかな、せっかくのプレゼントだし。
「青と赤を二つずつちょうだい」
「はいよ、小銅貨二十枚だ」
「銅貨二枚でもいい?」
「いいよ」
「じゃあこれで」
「ありがとね!」
俺は青っぽい手ぬぐいと赤っぽい手ぬぐいを、二つずつ買った。おじいちゃんとおばあちゃんで色違いがいいかと思ったのだ。
よし、あとはどうしようかなー。この世界って物がたくさんあるわけじゃないから、お土産って困るかも。
俺は他の人たちへのお土産に迷いながらお店がある通りを歩いていると、木製の食器を売っているお店を見つけた。食器なら壊れて買い換えることもあるだろうし、お土産にいいかもしれないな。
そう思ってそのお店に入ってみた。このお店の主人はがっしりとしたおじさんだ。
「いらっしゃい! 坊主お使いか? 何が欲しいんだい?」
「お使いじゃなくて、今度おじさんたちに会うからお土産を探してたんだ。何かいいものある?」
「それならちょうどいいものがあるぞ! これ、竹でできた水筒なんだ。なんか、昔はこれが主流だったが、ある時から何故か皮袋が流行り始めて、最近またこっちが流行ってきてるんだとよ。俺も使ってみたけど、絶対こっちの方が便利だぜ。なんで皮袋が流行ったんだかわからねぇよ」
竹もあったんだ! そういえばいつも行く森にもあるかも……? あんまりしっかり見たこと無かったから、気づかなかった。
絶対竹の水筒の方が使いやすいだろ! 皮袋めちゃくちゃ飲みづらいし。なんで皮袋が流行ったんだろ……?
まあ、何が流行るかはわからないけど、何か作為的なものを感じるな……
「坊主これ買うか?」
「それ一ついくら?」
「これは一つ銅貨一枚だ。そんなに高くねぇだろ? 坊主には買えねぇか?」
安いな……やっぱり原材料がどこでも取れるからかな。
それより、お土産にこれいいかもしれない! 外で働くなら水分補給は必須だし、麻紐がついてて首から下げられるし、腰にくくりつけることもできるから便利だよな。
これ俺も欲しいし、家族の分も買おう。
うちに四つとお兄さん夫婦に四つで全部で八個だな。
「じゃあ、これを八個ちょうだい」
「八個!? そんなに金持ってんのか? 全部で銅貨八枚だぞ?」
「ギリギリ持ってるんだ。はい、銀貨で払うんでいい?」
「お、おお、持ってるならいいんだ。ちょっと待ってろ、たくさん買ってくれたからサービスで麻袋に入れてやるよ。持って帰るの大変だろ」
「ありがとおじさん!」
「いいんだ、はいよ。お釣りの銅貨二枚と竹の水筒八個だ」
「ありがとう!」
「おう、また何かあったら来いよな」
「うん!」
よし、いい買い物できたな。これで俺が森に行くのも便利になるな! 本当は水魔法を使えば水筒なんていらないんだけど、俺は回復属性ってことになってるから、バレないように水魔法を使えないんだ。早くいつでも使えるようになりたい……
あとは子供達だけど、何が必要かわからないし、確か砂糖が残ってたから、持っていってお菓子でも作ってあげればいいかな。
俺はそう考えて、家へと帰った。
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