第23話 あくまで撮影です
「はぁい、榊原芸能事務所のアイドルチャンネルです。通称サカゲーチャンネル! 本日も、わたくしコロネちゃんと――」
「若様とほーりぃでお送りするぜ!」
本日は動画撮影。心音は敬礼して、かわいらしい笑顔を振りまく。和奏は拳を突き出し、勇ましく笑みを浮かべる。穂織は「ふふっ」と、笑っていた。
「やっぱり、自分のコトを若様って呼ぶのって痛いですね。じわじわきます」
「仕方ねぇだろ。社長命令なんだから」
「私はかっこいいと思うけどね。若様って。ふふ、若様」
「ええと、前回の動画は大反響でした! おかげで登録者数が1万を越えました。これも皆様の愛のおかげと、若様が身体を張ってくれたおかげです。ちなみに、ニュースにもなっちゃいましたけど、あれは撮影ですからね。マジ撮影!」
心音が、グッと親指を立てて力説する。
「さて、あの動画に、たくさんのコメントをいただきまして、今回は、その中でも多く寄せられた質問に答えていこうと思いまーす」
「へえ、どんな質問なんだ?」
「ええと『若様って、本当に強いの?』という質問が大量に……。まあ、この前は京さんに半殺――やっつけられちゃいましたからね。疑うのも無理はないと思います。けど、実際のところ、どうなんでしょう?」
「強いよ。舐めんなよ」
「ふむふむ。けどですねぇ。それを証明することってできますか?」
心音が、眼鏡をきらりと光らせる。
「全国大会で二位になったときの表彰状でも持ってこようか?」
「そんなのを映したって面白くないです。そもそも、表彰状なんて、ただの紙切れ。偽造って可能性もあり得ます。――そんなわけで、今回は若様の実力を証明する、素晴らしいアイテムをご用意させていただきました! アシスタント兼社長の京さーん。お願いしまーす」
京史郎がカメラにイン。テーブルの上にスポーツバッグがドンと置かれる。
「ありがとうございます。あ、ちなみに、前回の騒動があったので、京さんには、しばらくモザイクかけておきますね。写すと、動画を消されちゃう可能性がありますから」
「なに? 俺、ちんちんと同じ扱いなの?」
「台詞も、存在もヤバいですね。音声も変えときますし、ちんちんの部分にはピーを入れておきまぁす。――じゃ、鞄を開けていきましょう!」
ジッパー解除。鞄の中から取りだしたるは『瓦』だ。それを両手に持ち、コツコツとぶつけて硬さをアピールする心音。
「もしかして、瓦割りか? あたしにそれを割れっていうのか?」
「はい。空手家なら誰でもできるって聞きました」
「ふん、やってやろうじゃねえか」
「おお、自信満々のようですね。それじゃあ、スタンバイお願いしまーす」
穂織と緑色のモザイクが、テーブルを片付ける。そしてカメラ中央に瓦を積み上げていく。
「……ちょっと待て。いったい何枚割らせる気だ?」
ひょいひょいと、緑色のモザイクが瓦を積み上げていく。
「なにかな、バ奏ちゃん。もしかして二、三枚割ったぐらいで、強さをアピールできると思っていたのかな?」
「ど、どんだけあんだよ――ひぃ、ふぅ、みぃ……」
計十枚。結構な高さだ。
――しかし、これは台本通りなのである。
十枚なら割れる。視聴者は絶対にできないと思っているだろう。それを女子高生が砕けば、その視覚効果は凄まじい。
「いけるかな……」
不安そうに、ジロジロ見やる和奏。だが、それはあくまで演技。割れるんだよ。十枚は。
「さあ、若様! 瓦十枚にチャレンジです! いってみましょう! 頭で!」
「ふぇ? え? ……あ、頭?」
「どうしましたか? もしかして、できないんですか?」
不思議そうな表情をする心音。その背後の京史郎がにやにやと笑みを浮かべている。はいはいそうですか。そういうことですか。今度はこういう仕掛けですか。
「どうしたバカ様ぁ? 自信ないんですか? 瓦の枚数減らしますかぁ? 二、三枚割っても面白くねえですしぃ。かといって手で割るなんざ、空手家なら当たり前のことですしぃ? どうしますぅ? 動画的にすっげえつまらなくなりますけど、それでも枚数減らしますか? それともやめますか? アイドルもやめますかぁ? 人間やめますかぁ?」
「京史郎……あとでぶっ殺す」
「和奏ちゃん、ぶっ殺すはまずいよ。始末するとか、消すとか、そういう言い回しにしよう」
会話を全部自主規制音に変えちまえよ。画面も全部モザイクにしてくれよ。その裏で、京史郎を始末するから。
「無理そうだな。じゃ、やめとくか。あーあ、おまえには期待してたんだがなぁ」
「うっせえ! クソ社長が! やりゃあいいんだろやりゃあ!」
普通の女子高生ではいけない。かわいさも歌唱力も平均点以下。残ったのは、強さと勇ましさ。ボーイッシュなヒロインとして、キャラを確立しなければ、ファンは増えやしない。
「おお! 若様、やる気のようです! 頭突きでの瓦十枚に挑戦です!」
――やれる。たぶんやれる。
頭突きで瓦を割ったことはない。頭突きの練習も、たいしてしていない。だが、額を殴られたことは何度もあるのだ。決して、和奏の額は柔らかくない。
たった一度。この日この時この瞬間。撮影さえ終われば、噴水のように血を撒き散らしたっていい。もう、これで終わってもいい。だから、ありったけの力を――。
「和奏ちゃん、無理しない方がいいよ」
ピッと、掌を向けて穂織を制する和奏。大丈夫。これは和奏にとってチャンスなのだ。成功すれば、注目を浴びることができるのだから。
構える。
精神を統一する。
呼吸を整える。
「ドキドキの瞬間です!」という、心音の声を耳に染みこませる。
「いくぜ……」
――上体を仰け反らせる。そして、全身の関節と筋肉をフルに駆動させ、額という人間の中でも最硬の部分を、瓦という人工物に叩きつけるのだ。
「はぁッ!」
ごっちん!
「す、凄い音がしま――」
「っぎゃああぁぁあぁあぁぁッ!」
跳ね返されるように仰け反り、踊るように痛がる和奏。
「若様、撃沈! さすがに無理があったようです!」
――ああ! 無理があったよ! 頭突きはやったことないよ! せめて一週間前に告知しといてくれよ! できるように訓練するから!
「なんだ、空手が得意ってのは嘘だったのか。ホラ吹き。詐欺士。ゴミ、カス、クズ。っていうか見抜けなかった俺の落ち度か。そもそも、この前も俺に負けてたし。このザコ」
「ぶっ殺すぞ、こんのクソミドリムシが!」
強さをアピールさせたいなら、この場で京史郎を叩きのめそうか。それが一番手っ取り早いし、精神的にもベストなのではないかと思えてくる。
「おら、もう一回だ。かっこいいところを見せろよ。おまえから空手をとったら、ちんちんしか残らねえだろうが」
「残るはずのちんちんは、最初からねえんだよ!」
「じゃあ、なにも残らねえじゃねえか……どうすんだよ……」
悲壮感を表情に溢れさせる京史郎。
「やりゃいいんだろ、やりゃあ! 瓦を砕いたら、次はてめえの頭かち割ってやるからな!」
なんだかやれる気がしてくる。アドレナリンが分泌してきて、痛みもなくなってきた。先程は心に恐怖と躊躇いがあったのかもしれない。
「おお、完全なアホだ」
――よし、瓦を京史郎だと思ってやろう。
「このコロネちゃんも、若干引いております。若様、二度目のチャレンジ。もしかしてマゾなのでしょうか」
マゾじゃない。これは夢への階段だ。こういう小さな積み重ねを繰り返すことで、アイドルという夢に近づけるのだ。瓦の前で構える和奏。ふと、京史郎が声を落とす。
「バ奏。目を強く瞑って、歯を食いしばれ。顔に力を入れて、身体を脱力させろ」
意外にもアドバイスをくれる京史郎。人をからかって楽しんでいるばかりいるのではないかと思っていたクズが、以外にもまともなことを言っている。
和奏は、言われたとおりにしてみる。まぶたを閉じて顔に意識を向ける。そして、身体は限界まで弛緩させる。――よし。
次の瞬間。後頭部が何者かにガシリと掴まれる。
『ふぇっ?』と、心の中で思った。だが、顔に力を込めているため、声は出さない。出せない。すでに、構えは出来上がっていたのだから。
「うおらあぁぁあッ!」
極道よりも極道な社長が、和奏の顔面を鈍器にして、全力で瓦へと叩きつける。
京史郎の腕力と、和奏の額の硬さ。それが相まって、十枚という瓦は、ガリグシャバキンと一枚残らず派手に砕き割れた。
床へと着地した和奏の額からは、煙すら漂っていたかのように思える。
「和奏ちゃーん! 和奏ちゃーん!」と、穂織が駆け寄ってきた。
京史郎はあとで殺すとして、とりあえず瓦割りは成し遂げたことになるのだろうか。少しは勇ましくかっこいい姿を視聴者の皆様にお届けすることができただろうか。
「え、ええっと、これはあくまで撮影ですのでご安心ください。あははははっ!」
そうだ。これはあくまで視聴者を楽しませるための動画。このままでは、先日のようにサイトもツイッターも動画コメント欄も爆発炎上してしまう。
朦朧とする意識の中、和奏は最後の力を振り絞って己の役目を遂行する。
ぐぐ、と、腕の力で立ち上がる和奏。
「は、はは。そ、そうそう、昔からね……親父にね……額から血ぃ流れるまで、コンクリブロックに頭を叩きつけられてたもんでね。気ぃ失うまでね。こ、こんなの日常茶飯事……ッ」
そこまで言って、和奏はふらりと倒れ込む。穂織がすかさず肩で支えてくれる。
「じゃ、じゃあ、本日はここまで! 動画がいいと思った人はグッドボタンとチャンネル登録の方をお願いしまーす。またねーっ!」
手を振る心音。穂織は、ぐったりとする和奏の手をつかんで、操り人形のように手を振ってくださるのだった。
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