第18話 訪問
翌日お昼。
ああ今日は眠い。1日6時間は寝たいところです。世の中には3時間睡眠で元気!って人もいるらしいけどボクには無理。
『帰宅して手紙書いて少し寝て早番の出社前に手紙届けたんだもんね、プププ。社畜乙』
「待たせたな。支店長は直接向かう。午後の業務は気にしなくていい」
「はい、了解です」
ニコさんを連れ、教育所に。マルクス所長と面会し、モルさんやムルガル情勢について情報収集を行う予定です。本来なら軍や行政の仕事なんでしょうが、今回は依頼にも関連しているのでギルドも他人任せにはできません。万一、所属冒険者が被害に遭ったら大変ですからね。
「訪問する旨は伝えてあるんだよな?」
「ええ、朝イチで手紙を届けました。今年の就職斡旋の話という体裁です。お陰で眠いですよ……」
「悪いな。ギルドとしてはなるべく証拠を残したくない。もちろん労働分の報酬は出す」
この辺りの関係は正直よく分かりませんね。教育所は領主さまの直接管轄だから、本来はギルドからの依頼に応じる必要は無いのだそうです。と言うか、応じてはならない?というニュアンス。この前所長が言ってたのはこういうことでしょうか。如何なる権力にも~みたいな話。
冒険者ギルドも教育所も大通りに面していますから、そんなことを考えているうちにもう到着。徒歩5分ですね。
「こんにちは。マルクス所長に面会予定のユーキです」
「おう、お前か。そっちは?」
「こちらは冒険者ギルド副店長のニコさんです。私の上司ですね」
「ああ、就職関係の話か。通っていいぞ」
教育所の入り口には一応門番として領兵さんが立ってます。警備はご覧の通りのザルっぷり。顔なじみのボクがいたからだとは思いますが、ちょっと危ないですね。まあ、領主さまの直轄機関に手を出すなんて正気じゃできませんけど。
「ユーキ、来たわね。そちらは?ああ、冒険者ギルドの方かしら。お疲れ様ですね。あの女もすぐに来るでしょう」
「所長、度々お邪魔します。こちらは上司のニコさん」
「ギルドのニコです。よろしく」
程なくして
「そこから入るなっていつも言ってんでしょ。覚えられないの?覚える気が無いの?あなたの頭は鳥さんですか?
「うっせーないちいち。領兵に顔見せたくないんだよ。分かれよ」
「せめて裏口使えって話。認証キーは伝えたはずよ?それも忘れたの?」
「はいはいすんませんね。あー……ユーキ、ニコ、なんかすまん」
ア、ハイ。ちょっと想像と違いますが……意外と仲がいいんでしょうか。長い付き合いのパーティーメンバーみたいな雰囲気。
「改めまして。所長のルーシー・マルクスです。見た通り、そこのおバカさんとは長い付き合いよ。あまり公言してないから内密にしてくれると嬉しいわ」
「こいつは軍部だけどな、ギルドの協力者だ。いや逆か?」
「そうね。相互補完的とでも言うのかしら」
「なるほど……。支店長も情報大隊に一枚噛んでる、そういうことですね」
「ニコさんだっけ?話が早くて助かります。ああ、この部屋の中では盗聴術式は無効化されるから安心して。ルクシア支部も軍部を敵に回すほど耄碌しちゃいないでしょう」
「じゃあ本題だ。ムルガルの状況を教えろ」
ちょ、展開が早い。所長たちが立ち上げた東方軍の情報部、
『でしょうね。長年にわたり、リゼ支店の右腕たるニコにも知られず。……こりゃ相当ね』
「ユーキ、ここからは重要な話だ。すまんが退席……」
「いえ、そのまま。今部屋から出るのはまずい」
「だな。見られてる」
「ええ?そうなんですか?だ、大丈夫でしょうか……」
見られてる?一体誰に?ギルドのルクシア支部?いえ、この緊迫感はたぶん違いますね。となると所長関係の敵さんでしょうか。
「就職斡旋関係の打ち合わせってことになってますからね。ユーキが退席するのは不自然です」
「しゃーねー、ユーキ、そのまま聞いてけ。どうせいつかは知る話だ」
聞くのは構いませんが、そんな危険な話をする予定なんですね。ちょっと心構えが足りてません。眠気はもう吹き飛びましたけど。
「じゃ、改めて。ムルガルの状況は?」
「もう無理だわ、あれは。聖騎士団は完全に教会と敵対。やったわ、あいつら」
「やった?」
「教会領の国務長官……王国で言う外務大臣と内務大臣を兼務しているような貴重な人材ね、それを」
「暗殺か」
「表向きは病死だけど時期的にまず間違いないでしょう。軍に情報が届いたのは3日前。事件発生は7日前」
いやいや、国家機密じゃん!こんなところで話していいの?どうしてボクは聞いているんでしょう。逃げ出したい。けどもう聞いちゃったから逃げられない。軍に追われるのは嫌だ。……ってか所長とトットさんだけで良くない?ニコさんはまだ分かるけどボク要らないよね?なんでここに居るんだっけ?
「ってことは暗部も抱き込んだか。いよいよだなそりゃ」
「暗部も一枚岩じゃないわ。恐らく教会上層はとんでもないことになってるわね、今頃」
「枢機卿だろ?国務長官て。お互い引けなくなったな」
「しかし……ムルガルにそれ程の動機と戦力があるのでしょうか?」
『この会話に入っていくニコ、勇気あるなぁ』
「ああ。バックがいるのは間違いない。帝国か、都市同盟か、商工会議か、その全部か」
「くっそ面倒くせえな。じゃあモル子もその騒動で逃げてきたんかな」
そう、モルさん。ムルガル難民の可能性が高いようですが、本人は話してくれません。所長は何か掴んでいるでしょうか。
「出どころは大まかに割れた。あれは教会領だ。イグニス本流沿いの農村住民あたりが有力ですね」
「あん?ムルガル側じゃねーのか?」
「ああ。……聞くか?」
「言えよ」
「ムルガルはイグニス沿いに治安部隊を置いてる。内向きのね」
『えげつな……』
治安部隊……警吏隊みたいなものでしょうか。内向き、ということは住民を対象に?……あ。
「そりゃあつまり」
「脱走防止のため、ですか?」
「……そして連日、彼らが何かを燃やしてるんだそうだ。何かを、ね」
「うっわマジかよ」
『それは聞きたくなかったわー』
何かって何でしょう?狼煙のようなもの?連日?……川沿いの草でも刈ってるんでしょうか。脱走防止の治安部隊が?
違いますね。つまり彼らが燃やしているものは。
「ユーキは理解しないでくれ。頼むから」
「……脱走者を、殺して、燃やしている」
ああ、理解しちゃいました。そんな。自国民を……。
『連日燃やすほどの人数が脱走を企ててるってのも異常ね。実際にはブラフも交じってるんじゃないかしら。それを見れば強引に脱走しようとは思わないだろうし』
「どうやら、そのようだ。だからムルガルからの大規模移民は無い。あるとすれば教会領だ。で、不法移民のリスク犯してまで南部経由の正規ルートを使わないのはイグニス沿岸の農民くらいだろ」
「はぁ……。モル子の件は分かった。それじゃ大した情報は得られんな。で、ムルガルがそこまで厳重に脱走を防ぐ理由は何だ?」
「現時点では不明だ。不明だが、情報流出を恐れているのは間違いないだろうな」
「近々何かやる、ということですかね」
「ああ」
何か……って何でしょうね。やっぱそういうことですかね。始まるんでしょうか、戦争。
『ムルガルの周囲は海と帝国、教会領、そして我らが王国。三方敵で開戦はあり得ない。となると、少なくとも帝国と通じてるのは確定かな』
「さすがに全面戦争は考えにくい。教会領の対ムルガル強硬派を数人まとめて暗殺、ついでに聖都で象徴的な何かを破壊、そのあたりと踏んでる」
「教会本部襲撃か?さすがに無理だろ。腐っても魔術管理者のトップだぞ」
「何か手があるんだろ。この情報封鎖は異常だ。魔女とでも組んだかね」
分からない話がいくつか出てきました。それより魔女です、そうだ、魔女。すっかり忘れてましたが、フレンシィさんについて所長に聞いておこうと思っていたんでした。
「魔女ねぇ。『傀儡』の出現はどう見る?」
「さてね。王国内に出たのはあの時以来……15年ぶりでしょうか?懐かしいわ。お前、挨拶して来いよ」
「本体が来てるんなら考えてやる。ってか、あれは間違いなくあたしら宛てだろ?どうすんだよ。怪しさ満点じゃねーか。ルクシアも勘づいてんじゃねーの?」
「そう言われてもね、彼女の意図が分からんことには対処の仕様が無い。だが、エリオを探せってのは奴の伝言に間違いないだろう。調べたら出るわ出るわ」
んんん?……これ、もしかして。
「あの、フレンシィ……傀儡の魔女さんとお二人は、お知り合いなんでしょうか?」
「ああ、黙ってろよ?これは本当にヤバいから。魔女の知人だなんて知られたらどうなることか」
「え?……そんなに嫌われているんですか?魔女って」
「逆だよ逆。魔女に会いたい奴、魔女を調べたい奴、魔女を殺したい奴。大人気だ、知られたら拉致られて情報吐くまで拷問だろう」
「な、なるほど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます