魔女と教会

第17話 変化

 フレンシィさんの妙な依頼が発注されてから5日。ここまで目ぼしい情報はなく、毎日夕方に現れる彼女に調査報告を行うのはカウンター内で罰ゲーム化していたが。


「……まずいわねぇ、うふふ」

『どうしてニッコニコなんですかね……』


 珍しく斡旋部の部屋に集合がかかる。通常営業を終了し残務処理も終わった21時。早番のボクは早く帰りたいけど、謎に笑顔のナーシアさんと顔色の悪いニコさんがを連想させます。


「何かあったんですか?緊急依頼クエストとか?」

「……今日ルクシア支部の調査官から報告が上がってきた。例の依頼についてだ」

『銀級と鋼鉄級を拘束し続けてる謎の高額依頼ね』


 ニコさんがいつになく真面目な顔で話します。ってかあの件、支部の調査官が動くほどの大事になっていたんですね……。


「報告は2点。ひとつ目は依頼対象のエリオについて。もうひとつは依頼人のフレンシィについて。ナーシア、報告書を」


 斡旋部の狭い部屋に集められた5人。正面には副店長兼斡旋部部長のニコさんとご存知ベテラン受付嬢のナーシアさん。両側には初登場の二人、怪我で冒険者を断念した22歳のマイアさんと教育所上がりで1年先輩のクルルさん。ニコさんたちの向かいにボク。

 ナーシアさんが取り出した1枚の報告書を、みんなでのぞき込みます。かなり急いで書き上げた報告書のようで、ところどころに誤字や訂正跡があって読みにくい。要約すると――




 ――依頼対象エリオについて【取扱厳重注意】

本名:エイリオ・ベルデー・ラッシュ

概要:西部諸侯領、ラッシュ男爵家次男。3年前に出奔し行方不明。登記上死亡扱い。教会領ムルガル聖騎士団自治区との接触濃厚。南東交易商会との長期取引履歴有り。

注意点:男爵家資産横領の嫌疑。南東交易商会を利用し教会領へ逃亡した模様。商会本店のあるルクシアにも滞在歴有りと考えられる。依頼者との接点、依頼者がリゼの町で発注した理由は不明。


 ――依頼者フレンシィについて【取扱注意】

本名:不詳

通称:フランチェスカ・シュタルヒン

概要:「傀儡」の二つ名で知られる魔女。ギルドに現れた発注者が魔女本人である可能性は低いが、依頼発注書に魔力紋を陣形成として残していることから関係者とみられる。侯爵あるいはギルドへの何らかのメッセージか。魔女の本拠は教会領または帝国国内と考えられているが不詳。

注意点:【傀儡】はその異常な言動に目が行きがちだが、魔女の中では理性的で抑制的だとされる。わざわざリゼに現れた理由、この依頼自体の意味について検討すべし。



『魔女?どうして魔女が……?フランチェスカ?帝国?』

 ……なんでしょう、これは。

 よく分かりませんが、内容的にリゼ支店で対処できる限度を超えているような。魔女?行方不明貴族?しかもムルガルとの接点。キナ臭すぎて言葉が出ません。


「あー、読んだか?そういうことだ」

『どういうことよ』

「いやどういうことやねん。あたしら何すりゃいいのよ。魔女?どゆこと?」

「男爵家のお家騒動ってことよねぇ。まったく面倒なお話だこと、うふふふふふ」

「西部諸侯領……王都の西ですよね?なぜムルガルの話が出るのでしょう?」


 マイアさん、素が出てます。ナーシアさんは笑顔が怖い。クルルさんは興味津々。ボクは傍観するしかなさそう。


「貴族や魔女なんて厄介なモンが絡むんだ、本来は支部預かりになるような依頼だが……支部でも意図が読めず困惑してるらしい。当面は依頼を尊重し現状対応を維持する」


「当面ってのは対象確保までってことやんな。それだとムルガルに戦力送り込むって判断になるんちゃうか?大丈夫なん?」

『今越境はまずいでしょ。それこそ諜報員か工作員でもなきゃ』

「現状、この辺りに手がかりはなさそうよねぇ。うふふ、魔女さんは何故この町で依頼を出したのかしら。ああ面倒だわ」


 発注時の話からすると、エリオさんはフレンシィさんの恋人だったはず。教会領や帝国といった遠方にいるはずの魔女さんが、王国西部の失踪貴族さんと恋人関係に。貴族さんは魔女さんの元を離れてしまったのでしょうか。そして彼女はかなりの労力を割いて、何故かリゼで探している。ルクシアならまだしも、どうしてリゼに?ふーん、さっぱり分かりません。


「これからしばらく、越境申請は受理できない。ムルガルは言うまでもないが、教会領でもダメだ。理由は……これもユーキが受けた件だったな。未発表だが、現在ムルガルからの不法移民が東部各地で散見されているらしい……重傷者も少なくないとか。どうやら政変か、それに近いものが起きた」


「はあ???ムルちゃん戦争やんの?まーじでぇ??頭ゴブリンなのー?」

『マイア、キャラ濃いわね』

「落ち着きなさい、マイア。今王国から教会領に戦力が入ればムルガルを刺激します。だから冒険者であっても越境申請は認めない。そうですね?ニコ」

「ああ。だが、情報は欲しい。明日、依頼者が来たら応接室に頼む。今日の本題はそれだ。お前らもそれらしい情報には注意しておいてくれ」

「承知しました」

「はーい」


「当然だが、この件は機密事項だ。他言厳禁、危険度レッド相当」

「「「はい」」」



 隣国で政変が発生、どうやら先日の依頼はそこと関連しているらしい。カウンターでもそれとなく情報収集にあたり、越境申請は却下し、フレンシィさんが現れたら応接室にご案内。こういうことですね。


『魔女……なぜリゼに?ルクシアじゃない理由は?避けた?……情報が足りない。ユーキ、貴方も動かないと、これまずいことになるかも』


 魔女かー。魔女と言えば現代魔術研究の第一人者でもあったアリスが有名です。が、それ以外の魔女をボクはほとんど知りません。ってか、魔女って何でしょう?よく考えたら何も知らない。魔術に長けた女性?

 ……それだけじゃないですよね。言葉の響きに、どことなく忌避された雰囲気が漂います。よく知っていそうな人に聞いておきたい。



「それからユーキ。ちょっと残ってくれ」

「え?わかりました」


 何でしょう。ボクもそろそろ寝たいです。明日も4時起き……今は22時過ぎ。


「(モル子にも話を聞きたい。が、上に通せない関係でギルドは避けたい。教育所……マルクス氏と交渉したいんだが、どうだ?)」


 筆談……ああ、なるほど。そういうこと盗聴術式ですか。もちろん協力させていただきます。明日の昼休憩あたりに行ってきます。

『術式は部屋じゃなくてニコに付与。ルクシア支部ね、これ。なるほど危険度レッドだわ。幹部と銀級みんな付いてるかも。気をつけましょ』


「(急ぎたい。俺も一緒に行きたいんだが、どうだろう)」

「(うーん、そうですね……。勘ですが、マルクス所長は恐らくトットさんてんちょうの出席を求めるんじゃないかと)」

「(ああ……確かに。そうなるかもな。分かった、支店長は俺が押さえておく。頼む)」

「(あ、術式は大丈夫なんですか?)」

「(あの所長ならどうとでも対処してもらえるだろ)」


「承知しました!それでは、お休みなさい」

「遅くまですまんな、お休み」



『残業代、しっかり貰うからね!』


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