第15話 妄想

「ボクらはいつまでこうしていられるのかな」



『……は?賢者タイム?質問の意味がわからない。ってか、自慰直後にあたしに話しかけるってずいぶん勇気あるわねユーキ。だ、ダジャレじゃないわよ』


「君は、いつまでボクの中にいてくれるのかな……、って」


『ああ、そういう。てっきりアンニュイなセカイ系疑問文かと思っちゃった』



 「セナ」って呼んではいるけど、ボクは君が本当のセナだとは思ってない。――あの教会でセナは死んだ。神官を滅多刺しにし、自分の首を切り裂いて。だけど「セナ」がいなくなったら、ボクは何のために、どうやって生きていけばいいのだろう。それすら分からない。



『まあ、そうよね。あの時わたしは……間違いなく死んだわけだし、もう何年も続くこの状況を説明できる材料は何もない』


 たぶんは、ボクの心が作り出した虚像なんだよね。自分の境遇と重なるセナに、あの苦痛を肩代わりしてもらうための。そんな話を聞いたことがある。だから、これは一種の自問自答。


『そう思うんならそうなんじゃない?わたしに解答は無いわ』


 ……自分が情けなくてさ。だけ都合よく君を使って、自分は傷つかないように逃避して。なのに今日は……。

 自分の都合で道具のように彼女を使う。これじゃあの神官たちと何も変わらない。結局、ボクだってそういう人間なのかもしれない。


『ん?気にしてんの?快感に溺れてたこと?いいじゃない別に。ユーキだってそれくらいの些細な幸せを享受する権利はあるわよ。わたしだって楽しんでたこともあるんだし』


 でも、本物のセナはもう死んでる。気持ちいいことも、嬉しいことも、ボクらの何十分の一かしか経験せずに。しかも、ボクらを守るために。どうしてボクがやれなかったんだろう。こんな役立たずが生き延びて、どうしてセナは死ななければいけなかったんだろう。



『あのねえ……。

 おい、こらユーキ!!

 馬鹿にしてんのか!?』



「えっ……?」


『セナちゃんかわいそかわいそです~ってか?ふっざけんじゃないわよ。

 わたしはわたしの希望で、わたしの意思であいつを殺した。娼婦になったらあいつみたいな男に好きなようにされると思ったから自分も死んだ。生きてても良くて犯罪奴隷でしょうからね。確かにユーキや他の皆を守りたいとは思った。けどね、わたしは可哀想なセナじゃないの。……せめて、自分の意思を貫いた、格好いいセナだと思って欲しいわ。分かった?分かったら返事!!』


 頭の中に響く。……声?

 ああ、セナの声だ。懐かしい。

 これもボクの作り出した虚像なのかな。だとしたら少しだけ自分を褒めたい。セナの声を覚えていたこと。


 そうだ、この声に何度も叱られた。

 孤児院でおねしょを隠していたとき。抜け出そうとして見つかったとき。焼き魚を失敗したとき。あの教会に行って……初めて泣いたとき。


『どう?思い出した?これがわたしよ?ふふん、格好いいでしょ?』


 ――ああ、そうだ。

 そうだった。

 どうして、どうして忘れていたんだろう。

 セナは可哀想な子なんかじゃない。


 いつでもボクたちを励まし、叱り、叱り、叱り、勇気づけてくれた。

 青い髪の、笑顔の素敵な、少し怖くて、とても優しい少女。ボクの大好きなお姉さんヒーロー


 そうだ、大好きだったんだ。だからセナを守りたかったんだ。


『そんなの知ってるわよ。10年前からね!フフ、バレてないとでも思ったか!』



 でも、守れなかった。死なせてしまった。ごめんなさい……


「ごめん……なさい……弱くて……力が、無くて……」


 ボクに力があれば。

 こんな、男らしさの欠片も無い貧弱なボクでなければ。

 物語の勇者のように、立ち向かう勇気があれば。


 セナにすべてを背負わせて、死なせてしまった。

 セナだけじゃない。孤児院からの仲間たち。

 モリスも、ジャックも、ケントも、フランも。


『はいはい、もう何百回も聞いたわ、それ。

 まあ、何度でも言ってあげる。

 わたしは何も後悔してない。

 何故かこんなことになってるし、しばらくはに居てあげるわ。離れ方も分からないしね。ま、早く立ち直ってわたしを安心させなさい。

 ってか、謝るならわたしの方よ。勝手に死んで、押し付けて、みんなの居場所まで失くして。……まさか教会燃やすとは思わなかったわ。

 一番大変なときに間に合わなくて。ごめんね。わたしのせいで、たくさん苦しませちゃったね。

 あの子たちもね、精一杯生きたんだよ。ユーキのせいじゃない。それに、ケントとフランはまだ死んだと決まったわけじゃないし。攫われたのかもしれない、どこかで生きてる可能性はある。勝手に凹まないで。

 ずっと居てあげたいけどさ、ユーキが不安定だとそのうち接続切れちゃうかもしんないよ?だからね、元気出しなさい』



 セナ……。

 もう、ボクの妄想でもいいや。

 そうだとしても、ボクの中には間違いなくセナがいる。


『ま、妄想みたいなものよね。別にいいわ。

 ……ああ、そうだ。いいこと教えてあげる。これはユーキも知らないはず。

 いつか、北部辺境の「アリシア」って街に行ってみて。そこの近くにわたしのお母さんの生家があるから。ま、びっくりすると思うよ』


 辺境伯領?セナのお母さん?

 確かに聞いたことのない情報です。というか、あの孤児院の子たちはほとんどが口減らしの捨て子。途中で鬼の大発生による孤児が何人も来たけど、彼ら以外は父母の顔など見たことも無いはず。どうして?


『わたしはね、捨て子じゃないの。まあ、両親とも死んじゃってるから境遇はそう変わらないけど。あれ?もしかしてそれも知らなかった?』


 初耳です。


『ちなみに……ユーキ、貴方も捨て子じゃないわよ?』


 初耳です。……ええ?


『なんだ、言ってなかったっけ。そっかー、てっきり知ってるものかと』


 そういうこと?

 あれ、これ……もしかして本当にセナなの?

 それとも妄想が暴走?だとしたらボク結構まずい状態?

 なんだか混乱してきました。


『あ、うん。そうね、今日は色々ありすぎたね。

 とりあえず寝ましょ。明日は仕事だし』


 はい、そうします。おやすみなさい。

 




 ああ、……もう一つ思い出した。


 ベティの匂い、セナに似てるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る