第11話 裏側
ギルドの別棟の一つに素材買取施設があります。採集した植物などは通常の受付カウンターで処理できるけど、さすがに動物や魔物の死体を持ってこさせる訳にはいかない。なので、別棟に専用のカウンターが設けられているんです。討伐証明書の発行もここ。
「おはようございます!今日の受注一覧です」
事前に入荷予定が分かっているものは、こうして知らせておきます。特に討伐依頼は証明書を作る必要があるので「必ず」伝えます。……伝え忘れると強面の番台長にめっちゃ怒られます(1敗)。みんなが番長って呼ぶ意味がわかったよ。
「おうユーキ、今日はカウンター入らんのか。サボってんじゃねーぞ?」
『番長おはよー』
「ええ、あの騒ぎですので……。討伐依頼も本日受注は1件だけですね。今日締めは4件ありますが」
「ああ、なるほどな」
騒ぎというのは昨日の件です。突如現れた「美味しすぎる」依頼票。Bランク指定のため受注者は鋼鉄級以上に限られますが、それ以外の冒険者にとっても話題性は抜群。受付カウンターや待合所は朝から大騒ぎです。お陰で通常依頼の受注受付はほぼ無し。
「受注するだけで金貨1枚だもんなぁ。くそ、俺も面倒がらず昇級試験受けとくんだったわ」
「
「はは、バルテリの野郎かわいそうに。こんな時に招集か」
『ほんとほんと。アンドルの金貨没収してバルテリさんにあげようよ』
銀級のバルテリさんはルクシア支部からの指名招集でこの数日不在にしています。支部直属となる銀級以上の冒険者は、鋼鉄級以下と違い支部内のどの支店の依頼でも事情説明なしに受注可能だけど、指名招集には最優先で対応しなければいけない。ふた月に一回ほど、こういう招集があるみたいです。ちなみに同じく銀級のサーシャさんは例の依頼を一番に受注。我先にと依頼票に殺到していた鋼鉄級の皆さんが、サーシャさんの姿を見た途端に道を開けたんです。さすがの人望ですね。
「しっかし……高位冒険者の無駄遣いじゃねえのか?他の依頼は大丈夫なんかよ」
「ええ、心配です。クラス的に専従依頼ですからね」
『上位の冒険者がみんな人探しに専念するわけだもんねー、ぷぷぷ、ずいぶん愉快な絵面だわ』
正直、不合理だと思います。人探しに投入するには過剰すぎる戦力。散発的に発生する魔物や街道の山賊対応が間に合わなくなりそう。
「チッ。
『わかるよ番長。こういうときって何故か面倒が重なるんだよねー』
「その時は支部への応援要請ですね。まあ、緊急なら自分が出ると
昨日の夜、ギルドは例の依頼の対処について緊急会議を開催。ボクが受けた話が大事になってしまい正直とっても緊張しました。吊るし上げられるんじゃないかとビクビクしてたけど、全然そんな雰囲気にはならず。トットさんはなぜか終始大笑い。変t……ガラムさんには「よくやった!」と背中をバシバシ叩かれ、ニコさんにも対応を褒めてもらいました。過剰なほどに。預り金をしっかり貰い、着手金や手数料の了解を得たことなどを一つ一つ褒められ、とても気恥ずかしくなりました。
「ババアが出るんなら大丈夫か。ニコもガラ……あの変態もいるわけだしな」
『そっちに言い直すんかい』
「トットさんなんて元
「とてもそうは見えねえんだけどな、ぐはは」
『いやいやー、ヤバいよ
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ギルドに就職してひと月半ほどが経ちました。最初は「優しいおばさん」くらいに思っていた支店長、実はとんでもないお方です。トトレア・ウルフ・ベリンガ。王国南部ザルパ地方に領地を持つベリンガ男爵家の令嬢にして、「鬼殺し」「
「大氾濫」――ザルペナ山脈で15年前に起きた鬼や魔物の大量発生事件の際に、トップクラスの戦功を挙げた一人。実はサーシャさんもその時のパーティーメンバーだそうで、早々に負傷離脱して戦果を挙げそこなったのだとボヤいてました。長い付き合いなんですね。10年前に結婚し表舞台からは引退、南部や王都で後進を指導し、支店長としてリゼに来てもう7年になるそうです。
ニコさんは冒険者としての経歴は「普通の銀級」と謙遜してましたが、ルクシア支部の新人教育担当として各支店を回り、高位冒険者を多数輩出。今のところバルテリさんが最後の弟子だそうですが、師匠と弟子と言うより対等な友人関係に見えますね。
変態さん、お名前はガラムさんと仰います。やっと聞けた。本当に変態らしいですよ。「あいつに性別や年齢は関係ない」と誰もが口を揃えるので、相当ヤバい人なんじゃないかと。近づかない方がよさそう。そんな方に渉外部を任せて大丈夫なのかな?立場的には副支店長ですが、対外交渉が多いらしくギルド内ではあまり姿を見かけません。
****
大騒ぎの裏側で起きていたもう一つの小さな問題。
昨日ナーシアさんが対応してくれた少女、モルさんの話です。昨夜の会議でも一瞬だけ話題に上りました。
「支店長、それであの子はどうします?」
「うーん、どうすんのがいいと思う?ニコ」
「穏当な線では身元不詳児童としてギルド宿舎で保護ですかね」
「穏当じゃない方は?」
「不法移民として領府に告発」
「そうだな、そうなるよなぁ。……いずれにしてもあいつの情報次第か」
……モルさん、どうやら王国の人間ではないかも?という疑惑が。確証は無いようですが、状況的に隣国からの不法移民という可能性が高いとか。
『文字がほぼ読めず、出身地不明、家族や身元引受人も不在かー。まあ不法移民だろうね。そうなると一人で来たとは考えにくい。リゼ周辺に不法移民集団が存在する可能性……これは告発
王国東部は対外的に二つの地域に面しています。一つは教会領。文字通り「教会」、――ジュネス教導会の私有領地です。私有領地と言ってもめちゃくちゃ広く、周辺の自治領を含めるとヴァルラン王国全域とほぼ変わらない面積になるとか。他国からは基本的に独立国家として扱われてます。
もう一つはその「自治領」なんですが……厄介なことに「国家」を自称し教会領からの独立を宣言しています。公式にはジュネス教導会ムルガル聖騎士団自治領、自称の方はムルガル鉄騎国。
王国東端を南から北へと流れる大河・イグニス川が大体の国境線で、北にムルガル、南が教会領。王国領の南端はザルペナ山脈の稜線だけど、教会領は山脈の東部を貫き南の海まで達している。つまり教会は北の海から南の海まで大陸中央部を貫通する巨大な私有地を持っていることに。で、その北半分が独立国家を自称しているという状況です。
教会領と王国とは長年の間(表面的には)友好的な関係を保っており、国境も越境許可証を持っていれば簡単な検査だけで通過可能。実際、王国南部のギルドでは越境依頼も少なくないとか。一方、ムルガルには「合法的に入国する手段は存在しない」と言われてます。少なくとも王国領から直接入国すれば不法移民、その逆もまた然り。
モルさんはこのムルガルからの不法移民ではないか、というのがニコさんたちの見立てだそうで。しかし証拠はありません。不法移民は重罪なので、告発が受理され捕縛されればほぼ死罪。王国と教会領のように国交のある国同士なら、犯罪履歴照会などで悪意が無いことが認められれば減刑され罰金程度で済みますが、ムルガルは全方位に喧嘩売ってる真っ最中。当然、国交も何もありません。
証拠不在を盾にリスクを無視するか、あの子が死罪になる前提で告発するか。組織としては悩ましいところですね。ボクはあの子を死なせたくないので、もしも告発する方向になったらスラムに逃がそうと思います。あそこなら手慣れた人がたくさんいます。もちろんボクは捕まるでしょうけど、モルさんは逃げ切れるはず。
****
「はあ……。ユーキ、安心しろ。お前がそんな顔するようなことにはならん」
「え?そんな顔?ボクどんな顔してました?」
『いつも以上にひどい顔』
「モル子を告発するなら刺し違え覚悟で逃がしてやる、って顔」
「!?」
『プっ、バレバレじゃん、ふひひ』
あれー、そんな分かりやすく顔に出ちゃってたんでしょうか。恥ずかしい。
「図星だろ。短い期間だが毎日お前を見てるんだ。それくらい分かる」
「い、いえ、そんな……ことは……」
「無理すんな。俺たちだって子供をお上に突き出すような真似はしたくない。信用しろとまでは言わんが……何と言うか、少なくとも俺たちはモル子やお前の味方のつもりだ」
「……はい」
ニコさん、ありがとうございます。
……安心したらめちゃくちゃ恥ずかしくなってきました。ボクは何を一人で思いつめ……。はあ……今ボクの顔は真っ赤になってるでしょう、言われなくてもわかります。
『プププ、もちろんボクは捕まるでしょうけど(キリッ)……、ふひひひっ、ひひっ、おなか痛い』
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