第10話 依頼2

 モルさんの件は一旦頭から除外し、先ほどからかなりの時間をかけて発注票に記入を続ける女性の方へ。捜索依頼の発注者は精神的にギリギリの人が多い印象。しっかりと対応しなければ。

 

「ご記入は進みましたか?」

「あ、はい……これで、いいでしょうか」

『げ、、』


 …………うわあ。

 字、字、字。記入用紙の隅々まで小さな文字でびっしりと。こ、これは……。


「わたくしの恋人が……いなくなってしまったの。未来を約束し合った間柄だったのよ!結婚式の衣装だって……作り始めているのに、ああ、どこへ行ってしまったのかしら。心配、心配だわ。リゼの町は隅から隅まで探しました。スラムにだって行きました。でも見つからないんです。わたくしのエリオはどこへ行ってしまったのでしょうか。ああ心配、心配だわ……」


『やっば。ナーシアにはこっち任せたかったわね。いや向こうも面倒……どっちもいらん!』


 落ち着け。

 まずはこの字を解読しよう。

 ……小さすぎてほとんど読めない。大半の字がインクの滲みで潰れてる。辛うじて読めるのは依頼者と捜索対象の名前。


「フィレ……フレン……フレンシィさん、で宜しいでしょうか。ご依頼は恋人のエリオさんを探し出すという……」

「そうです!そうなんです!わたくしのエリオがいなくなってしまったの。ああ、探さなきゃ。どこへ行ってしまったのかしら。エリオ、あなたは無事なの?声を聴かせて!姿を見せて!お願い、お願いだわ!」

「お、落ち着いてください……」

『どーすんだこれ』


 ナーシアさんをちらりと見ますが……モルさんと熱心に何か話している様子。これは助けて貰えませんね。


「わたくしの、わたくしの愛しいエリオ!ああ、どこへ行ってしまったというのでしょう。あんなに愛し合ったというのに、今のわたくしはあなたに触れることすらできない……ああ、エリオお願い!戻ってきて!」


 うん、無理。会話にならない。淡々と進めるしかないか。


「それでは、エリオさんの捜索依頼をお預かりします。達成報酬は金貨10枚……きんか?10枚!?」

『はあ!?』


 なんということでしょう。人間の捜索依頼だと相場は対象発見で大銀貨5枚程度。多くても金貨1枚です。

『普通じゃないわね……まあ見りゃわかるけど』


「わたくしの愛しい愛しいエリオを探していただくのです……それくらいは当然でしょう……」

「し、承知しました。報酬金額規定により、当依頼はBランクとして指定されます。ご了承ください。Bランク以上の依頼では着手金として報酬額の1割以上を受注者に支払う必要があります。受注者の数によっては達成報酬以上の出費となる可能性があるため、受注制限をお勧めしますが」

『みんなウハウハね。酒場が儲かるわ』

「エリオ、エリオが見つかるのなら……お金に糸目はつけません」


「そうですか……。Bランク依頼ですので、受注可能な冒険者は鋼鉄級以上となり、当支店では12名が該当します。受注者への支払いは達成報酬と合わせ金貨20枚程度になる可能性があります。また、ギルドの媒介手数料として総支払額の1割を頂戴します。この媒介手数料と合わせ、支払い担保のために金貨10枚をお預かりしたいのですが、可能でしょうか?」


「ええ、念のため30枚くらい取っておいてくださいな」

「は、はい?」

『うわぁ……』

「どうぞ。ああ、エリオ、エリオ。もうすぐあなたに会えるわ」

「……金貨30枚、確かにお預かりいたします。受領書を作成しますのでお待ちください」


 一体何者なんでしょう。財布の中にはまだまだ金貨が入っていそうな気配です。これ、実は有名な人だったりしませんかね。貴族さまだったりしたらどうしよう。

『うーん、見たことないと思うんだけどなぁ』


「うふ、うふふふふふ……もうすぐ、もうすぐよ……。エリオ、待っていてね……わたくしから逃げられるとは思わないことよ……絶対に見つけてあげるわ……うふふふふふふふふひひははははは」

『漏れてる、漏れてるわよー』


 なんか小声で言ってますが、ボクは何も聞いていません。


「それでは、明日より受注を開始します。進捗は定期的に文書で報告しますが、夕方以降にいらしていただければその日の調査報告を口頭でお知らせすることも可能です」

「ええ、ええ……もちろん毎日来ます……ふふふふふ……楽しみね……」

『ヒエッ』

「あ、ありがとうございました……お気をつけて……」


『ユーキ、分かってると思うけど要注意よ。あれ、ただ者じゃない』


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