第38話 女性サミット開催 :2023年4月

(女性サミットが開催された)


2023年4月。ネット会議。

国のトップが、女性であるケースが増えた。これは、ジェンダー問題を国際協調で解決する良い機会であるという意見が出てきた。アメリカ合衆国は、こうした声を受けて、女性政治家のトップを集めた女性サミットを提案した。提案は受け入れられ、女性政治家のトップによる女性サミットが開催された。参加国は、アメリカ合衆国、英国、フランス、ドイツである。

「これから、女性サミットを始めます。今回の議長は、私、ドイツのリリー・ベームが努めます。なお、参加国から提案された課題を整理したものを、事前にチェックしていただいていると思います。時間を有効に使うために、このリストをつかって、討議したいと思います。ご意見はありますか」

「異議なし」合意の声が響いた。

「提案していただいた課題を整理しますと、共通のキーワードは人権侵害です。人権侵害の中身は、大きく3種類に整理できます。

第1は、人種や少数民族差別です。これは、弾圧による死者など目に見える被害が生じた時には、それなりに対応がなされてきています。

第2は、皆さまのご関心の深いと思われるジェンダー問題です。ジェンダー問題の深刻なところは、被害が表面化しにくい点にあります。例えば、日本は先進国の中では、例外的に深刻なジェンダー問題を抱えています。そのことが、日本の少子化の原因とも考えられます。つまり、ジェンダー問題があるがために、女性が、出産・子育てができないという問題が発生しています。日本の映画には、登場する女性が、仕事か、出産かの選択で悩む場面も出てきます。このことは、「ジェンダー差別が、生まれてくるはずの子供の命を奪った結果、少子化した」ととらえることもできます。そう考えると、ジェンダー差別の影響は、弾圧による死者が出る人種差別と変わりません。違いは、奪われた命が、まだ生まれていないために、殺人とは見なされず、被害が表面化しないだけです。UNGP(ビジネスと人権に関する指導原則)、マグニツキー法などで広がった人権問題の対策が、女性差別撤廃条約にうまく結びついていないといういらだちを皆様が共有していると思います。

第3は、年齢やLGBTQに対する差別です。この問題は、ジェンダー問題ではありませんが、ジェンダー問題とは、微妙な関係にあります。微妙な関係というのは、この問題は単独で解決するよりも、ジェンダー問題とセットで解決する方が、効果的な場合が多いからです。なお、年齢に対する差別に対しては、既にアメリカ合衆国が経済制裁を発動していますので、後で、補足をお願いします。

さて、私の話が長くなりましたので、このあと、順番に、各国からコメントを頂くことにします。フランス、英国、アメリカ合衆国の順番にお願いします」

「フランスのルパンです。2つ、コメントしたいと思います。

第1に、フランスは基本的に自由恋愛の国です。恋愛は個人の問題なので、国が関与すべきでないという考え方が、伝統的には強いです。しかし、最近、政治家の愛人問題に端を発して、恋愛は個人の問題で、国が全く関与しないという方針は、女性に不利であると考えられ始めています。男性に、ジェンダー問題の責任を取らせる方法を考える必要があるという視点です。この点で、フランスのジェンダー問題は、新しい段階に達しています。

第2に、議長が、指摘されなかったので、補足したい事項があります。フランスは、伝統的には、ラテン系人種のキリスト教徒国でしたが、現在は、人種と宗教が多様化しています。そして、ジェンダー問題が、人種や宗教と関連する場合が増えています。これは、非常に厄介な問題です。例えば、ジェンダー差別を撤廃するような法律を作った場合には、それが、人種や宗教への弾圧と解釈される場合もあるからです。

以上です」

「英国のオースティンです。

先ほどのルパンさんの2番目の指摘は、英国にも当てはまります。しかし、この問題は、内政問題には、限定できないと思います。英国が、キリスト教徒以外の移民を受け入れるとき、その宗教が、ジェンダー問題を抱えていれば、移民の受け入れは、ジェンダー問題の受け入れに繋がります。ですから、移民を受け入れる以上、この問題を内政問題に限定して考える訳にはいきません。つまり、ジェンダー問題の元を断つには、外国のジェンダー問題を、外交的な手段で解決する必要があります」

「アメリカのフリーダムです。

アメリカ合衆国は、9割以上が移民の国です。オースティンさんが述べられたように、移民受け入れによるジェンダー問題の受け入れリスクは、アメリカ合衆国の場合には、非常に大きいと言えます。形式的には、移民は、アメリカ合衆国の国民になるためには、憲法を守ることを誓約します。つまり、誓約が守られていれば、ジェンダー問題はないはずです。しかし、実際には、多くのジェンダー問題が発生しています。このことから、オースティンさんが言われたように、ジェンダー問題は内政問題と考えることはできないと思います。

それから、年齢差別ですが、これは、高齢化が進む中で、避けて通れない人権侵害と考えます。私は、この問題が一番着手しやすいと判断して、経済制裁に踏み切りました。しかし、ジェンダー問題に対する経済制裁が発動されるのであれば、その時には、議長が指摘されたように、年齢差別は、ジェンダー問題の派生問題、オプションとして扱うべきであると思います」

「問題点を整理しましょう。年齢やLGBTQはオプションとして扱うことで、ひとまず検討の外におきます。その場合に、女性サミットが取り組むべき最大の課題は、ジェンダー問題としてよろしいですか」

「異議ありません」

「では、ジェンダー問題の解決には、外交手段によって、外国のジェンダー問題の解決をはかる必要があるという点は?」

「異議ありません」

「それでは、次のステップとして、外国のジェンダー問題の解決方法を議論しましょう」

英国とフランスのトップが女性になったあと、恐らくは、偶然のなす技と思われるが、ドイツ、アメリカのトップも女性になった。つまり、主要先進国のトップの半分が、女性で占められるようになった。そこで、彼女たちは、女性サミットを開くことにした。

女性サミットは、ネット会議で、開催された。女性サミットは、国のトップの女性が集まる初めての国際会議である。主要国のトップが女性でない場合には、一番トップに近い位置にいる女性政治家が、準メンバーとして参加することが出来る。女性サミットでは、通常の首脳会議では、取り上げにくいジェンダー問題を優先的に検討することになった。

女性サミットでは、従来のジェンダー対策は、声は大きいが、実質的な成果が少ない点が問題視された。例えば、数年前に、社会的なムーブメントになった、#metooも、今になって振り返れば、特定の男性に対する攻撃が中心で、社会システム改革としての、ジェンダー問題解決には、ほとんど、繋がっていない。これは、見方を変えれば、実効のあるジェンダー問題解決には、アプローチを根本的に変える必要があるということだ。この点で、女性首脳たちは、意見の一致をみた。

それでは、どのようなアプローチが効果的だろうか。女性サミットでは、この点に議論が集中した。ある女性首脳は、条約を作ることを提案した。しかし、女性差別撤廃条約をはじめ、既にある人権がらみの条約は、実効が上がっていないことがわかり、この提案は取り下げられた。

女性差別撤廃条約の成果が上がらない一方で、UNGP(ビジネスと人権に関する指導原則)が大きな成果を上げつつあった。UNGPは条約より、拘束力は弱いが、ラギー・フレームワークにより、企業も対象に出来る点が優れていた。

ジェンダー差別解消に、実効があった事例研究から、「ジェンダー差別に対する最も有効な解決方法は、各種定員に対する女性優先枠の設定である」ことが確認された。

これは、過去のジェンダー差別の解消の歴史を見ればわかる。選挙による女性差別は、投票権に対する女性枠をゼロにして行われてきた。この女性枠を制限して、差別する方法には、表向きは、ジェンダー差別を装っていない例も多い。例えば、採用条件に転勤や勤務時間に対する制約を付ければ、子育て中の女性に対する採用枠を実質ゼロに出来る。最も有効な対抗策は、女性優先枠の設定である。

女性サミットでは、経済制裁、または、UNGPを拡充して、女性優先枠を設定するように圧力をかけるべきという点に、意見が集約された。この方法には、「ユニバーサル・ジェンダー計画」という名称が与えられた。

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