第7話 ベーシックインカム法案の検討 :2022年6月
(ベーシックインカム法案の検討が衆議院の小委員会で始まった)
2022年6月。東京。衆議院。社会保障小委員会。
小委員長の峯山が口火を切った。
「本日の議題は、ベーシックインカム法案です。1か月前に終了したベーシックインカム実験のレポートが、2週間前に出ています。委員の皆様は、既に、レポートに目を通して頂いていると思います。
一応確認のために、私がポイントを申し上げますと、
今回の実験期間は6か月、参加者は500人、支払い金額は、生活保護を基準にして、その1.5倍です。ランダム化試験の比較のために、支払いをしない比較対象者を500人、設定しています。
ベーシックインカム・グループは、比較グループより就業率が3割増加しました。つまり、効果がありました。
マスコミ報道では、混乱が見られますが、ベーシックインカムには、完全なベーシックインカムと部分的なベーシックインカムの2種類があります。最初に、この点を、整理しておきます。
完全なベーシックインカムは、生活保護、失業手当、医療補助など全ての社会保障を一本化してベーシックインカムに統一します。統一することで、『事務経費が削減出来るので、トータルの政府支出あまり増やさずに、ベーシックインカムの費用が支払える』とします。過激な理論家は、『生活保護などは、最終的な受け取り金額に対する事務経費の比率が仮に50%あれば、ベーシックインカムにすることで、同じ財政主出でも2倍の支払いが可能である』とします。そして、『それができないのは、社会保障部門で働いている公務員が、自らの失業を恐れて制度改革に反対するからだ』と主張しています。
この主張には、混乱があります。完全なベーシックインカムのために受給者に支払う金額と、事務経費の問題は、ともに政府支出ではありますが、共通しているのはそこだけです。事務経費の削減は、ベーシックインカムとは直接関係がありません。公務員が、自らの失業を恐れて制度改革に反対する例はありますが、これは、社会保障に限りません。IT化が進めば、事務処理や窓口業務の9割以上はなくなります。このときには、失業する人が出ます。この問題は重要ですが、本小委員会の案件では、ありません。
部分的なベーシックインカムは、既に、一部で導入されています。例えば、国民医療保険もその例です。今回のベーシックインカム法案は、こちらに相当します。この法案は、生活保護と失業手当をベーシックインカム法案に一本化します。最近の景気悪化と失業者の増加で、自殺者が急増しています。つまり、自殺者が防止出来るセーフティーネットワークとしては、現在の制度は有効とは言えません。特に、生活保護は、手続きに時間がかかること、周囲の目を気にして、申請しない人が多いことが、分かっています。失業保険も期限があり、不況が長引くと使えません。
最初に、質疑を行います。質問に対する回答は、(案)の作成者の長山君にお願いします」
挙手があった。委員長が、指さした。
「必要とされる予算規模は、どの程度ですか」
「生活保護、失業保険などを除いた純増で30兆円と試算しています。ただし、2020年に、コロナウイルス対策で使われた、雇用助成金などは今後不要になります。つまり、小出しの対策は今後は止めます」
「30兆円ですか」
とため息がでた。
「30兆円は、原案です。受け取る側からすれば、これでは、足りないという意見もあります。支出する側からすれば、もっと減らせないかという意見も当然あります。
まず、法案の大筋を、ご検討頂き、その後は、この金額の大小が、本小委員会の主な検討事項になると予想しています。
先程、委員長から、ご説明がありましたが、最近の自殺者の急増をみると、現在の貧困対策の改善が急務であるというのが、この法案の作成の背景にあります。
また、70歳定年延長法案は、定年前に退職した人には効果がありません。つまり、差別を助長する条件になります。今回の法案はその差別を緩衝する意味もあります」
審議が始まった。
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