モッチャム
通りを二つも隔てると駅前の喧騒からがらりと一変する。ごちゃごちゃした人ごみや車のが嘘のように消えうせ、ホーホケキョとウグイスが啼く。古民家を改装したカフェの二階で女子校生霊能者同士が畳に脚を投げ出している。スカートが膝の半ばまでめくれあがり、みっともないことこのうえない。
それで件の彼女たちが何をしているかと言えば、ペラペラのプラスチック容器にストローで心拍を与えている。
「モッチャムってベトナム語で完全って言う意味なんだって」
みとりが肺活量を吸引に総動員する向かい側であかしが底にたまったタピオカをほじくり返している。ツルツルとしていてもっちり感も悪くはないのだが、いかんせん甘すぎる。それ自体が黒糖に浸してあるのだろう。抹茶ミルクティーを注ぐと強烈さが増す。とても飲めた代物ではない。
「あかしもほうじ茶ミルクにしときゃ良かったのに。もちろん黄粉抜きで」
「貴女、飲んでばかりでちっともすすんでないじゃない」
「ざっとサムネを流し読みしたけど、こんなもん使い物にならないわよ」
「こんなもんですって!?」
パンとあかしが両手をテーブルにつく。
「だって、色々おかしなことだらけじゃん。臼井と近隣住民がどんなトラブルを抱えているか知らないけど、民泊じたいは平常運転できている。臼井が恫喝したところで動画の拡散をやろうと思えば何時でもできるわけだし」
「茶番だってこと?」
あかしはポカンと口をあけた。
「そ」
みとりは容器をダストボックスに放り投げた。透明な蓋が外れ、飲み残しがポリ袋にへばりつく。
「貴女ねぇ…育ちがわかるわ」
「目に見えることばかりが真実とは限らないわ」
片膝を立てて腰を浮かそうとした瞬間、スカートがはだけた。ちらりと黒いブルマーが垣間見えたが、それより注目すべきはぴったりと太腿に食い込むベルトである。そしてホルスターに拳銃が挿してある。
「そ、それって?」
突き飛ばされたように全力で後ずさる生田あかし。
「玩具よ。もっとも飛距離と威力は本物と変わりないけど。んで、こっちが
ブルマーの後ろポケットからジャラジャラと物騒な弾丸が転がり落ちる。
「う、うそでしょ……看取り屋木津川流総本家って。とっくに絶えたはずよ」
プリーツスカートのすそを整え、ガンベルトの位置をなおす。
「きれいさっぱりエレガントにブリリアントにクライアントにジ・エンドをプレゼントする。木津川の傍流がこの世にやり残したことがあるの」
「羅生門の鬼を取り逃がした?」
「応仁の乱が遺した悪弊は鬼だけじゃないけどね。邪鬼、殺鬼、ちかごろじゃ吸血鬼、天邪鬼に疑心暗鬼。特にネットの時代には」
そうやって銃を抜き、障子に向けて構える。
「ひゃん!」
不意打ちされたあかしが尻もちをつく。その僅か数センチ上を射線がよぎった。
バン、と目が眩んで世界が回転した。
「こっちよ」
わけもわからないまま腕を掴まれて階段を駆け下りた。人ごみにもみくちゃにされながら、アスファルトを踏みしだく。ソックスを小石が貫く。つちふまずが痛い。
導かれるまま、闇雲に右へ、左へ、連れまわされる。息が切れる頃、ようやく視覚が戻ってきた。
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