第101話 《シャルの過去 ①》
テトに連れられ、シャルの部屋まで向かう。扉を開けると、シャルがベッドの上に腰掛けていた。今は右目を覆っていた包帯を解いている。包帯を新しいものに変えようとしているみたいだったが、傷はちっとも良くなっていない。しかし、治療してくれたシュテラを信じるほか無い。
「……来ましたか」
シャルがそっと呟き、傷口に新しいガーゼを当て包帯で顔の右半分を覆っていく。それから、包帯の端と端を頭の後ろできゅっと結んだ。
「傷、痛むの?」
とイブキが問いかけると、シャルは強がるように微笑んだ。
「別に、どうってことありませんよ」
それからイブキは椅子へと腰掛けた。テトは閉じた扉に背を預けて立っている。
一拍追いて、口火を切ったのはシャルだった。
「……私と、フランベールの件についてです。お二人も気づいている通り、私とフランベールは過去に出会っています。霧の谷で出会った時は、髪が短くなっていたのですぐに気づきませんでしたが」
「出会った……って?」
テトが掠れた声で問いかける。そしてシャルは、ゆっくりと話し出すのだった。
「話せば長くなります。あれは2年前——私が、初めて氷花騎士団の部隊へ配属された日。あの時……私は、レンに出会ったんです——」
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『2年前 エネガルム』
――氷花騎士団前の庭園に、5人の団員が横一列に並んでいた。その正面には、黒髪の男が立っている。切長の目、整えた髪、そして獣のような瞳——氷花騎士団団長、ノクタ=グレスレアだ。
「……っつーわけで、こいつがお前ら第2部隊の新しい仲間だ」
ノクタは、それから隣に立つ少女へ視線を向ける。
少女と言っても、まだ未成年なだけで、年齢は19歳だ。少女は金の髪を腰まで伸ばし、綺麗な青い瞳を持っていた。肌は透き通るように白く、胸も人並みにある。顔立ちはとても整っているが、引き攣った笑みを浮かべていた。
少女が口を開く。
「し、シャル=リーゼロットです。よろしくお願いします」
少女——シャルが上擦った声で自己紹介をすると、ノクタが手を打ち合わせた。
「んじゃ、後は任せたぜ」
もう戻っちゃうの!? とその場にいた全員が思ったが、ノクタはあくびを残して本部へと戻っていく。どうやら夜勤明けらしい。
すると、赤毛を逆立てた40代くらいの男が、シャルの肩をぽんと叩いた。
「まあ、最初は緊張するよな! とにかく……第2部隊へようこそ、シャル。俺はブレッド。部隊隊長だ」
それから、みんな順番に自己紹介をしてくれた。お調子者のザックに、無口なリケラ、ぽっちゃりとした体型のグレーグ、そして——。
「レンよ。女の子の団員が増えて嬉しいわ」
この部隊では唯一の女性、レンがシャルへウィンクしてみせる。すると、お調子者のザックが口笛を鳴らした。
「レン姉さんは女の子じゃないっしょー」
「あん? あたしはまだ30いってないんだぞ」
レンが睨みつけると、ザックは「ひいっ!」と声をあげてわざと飛び跳ねるのだった。
レンは黒髪を肩まで伸ばした、大人の女性だった。気は強そうだが、どこか優しさを感じられる。レンは、それからじっとシャルを見つめた。
「ってか、あなたほんと綺麗ねー。ライバル登場かなぁ?」
「あ、えっと……」
シャルはどういった反応をしていいかわからずに、口をぱくぱくとさせている。それから、無意識の内にこう告げていた。
「ま、負けませんっ」
すると、今度は無口のリケラが、ぼそっと呟いた。
「若さが、勝つ」
次にぽっちゃり体型のグレーグが同意する。
「シャルちゃんのほうが、胸も大き——ごふぅ!」
グレーグの体を、雷魔法が貫く。グレーグは、そのまま背後へばたりと倒れた。
雷魔法を放ったのはレンだった。指を鳴らした体勢で、冷たい表情を浮かべている。
「殺すぞガキども。誰がババァじゃい」
(だ、誰も言ってないのに……)
とシャルは身を引いている。そんなシャルを見て、部隊隊長のブレッドは笑っていた。
「ははっ! こんな感じで、俺たち第2部隊はバカばっかりなんだ! 君は、真面目で、すごく優秀だって聞いてるよ。逆に、こいつらをしつけてやってくれ!」
ブレッドの言葉に、みんなが抗議する。シャルは思わずぷっと吹き出してしまった。
それから、シャル・リーゼロットの第2部隊での生活が始まったのだった。
――部隊訓練や実践任務をこなしていく内に、みんなとは仲良くなっていった。部隊隊長のブレッドは全てにおいて頼りがいがあるし、お調子者のザックはいつもみんなを笑わせているが、戦闘力はピカイチだ。無口のリケラは頭の回転がとても良く、第2部隊の頭脳担当。グレーグは相変わらずの巨漢でシャルの仕草にいちいち「かわいい」と反応してくるが、戦闘になると土魔法でみんなを守ってくれる。
……そして、同じく雷魔法を扱うレンとは、他の団員よりも仲良くなっていった。
レンには、部隊の中で一番お世話になった。シャルは、リーゼロット家に伝わる雷魔法しか扱わない。しかし、強大であるが故に安定性に掛けていた。そんな時に、レンはコツを教えてくれたのだ。
「あたしが雷魔法を発動させる時は、ルーティンを大切にしているの。ほらあたし、発動前に指を鳴らしたりしてるでしょ? なんか、それすると集中できるのよね。後は、人差し指と中指をこう揃えて、顔の前に持っていったりとか」
シャルは、レンからたくさんのことを学んでいった。レンは、魔法を教えるのが上手い。みるみる内にシャルは力をつけていき、雷魔法も安定して放てるようになっていった。
シャルが第2部隊へ配属されてから、どんどん月日が経っていった。夏合宿に参加したり、冬にプレゼントを交換しあったりもした。もちろん、楽しい思い出だけではない。盗賊団と戦ったり、巨大な蜘蛛の魔物と戦ったり……任務を失敗したこともあった。
――1年が経ったある日、シャルは妹のリリスが氷花騎士団に入りたがっていることをレンへ相談したのだ。
レンは、ベンチに腰掛け夕日を眺めながら、「妹かぁ」と呟いた。
「じゃあ、妹さんもエネガルムにやってくるってこと?」
「はい。でも、大丈夫なのかなって……」
「それだけ、あなたと一緒にいたいんでしょ。それに、あたしがちゃーんと鍛えてあげるから大丈夫よ!」
「レンさん、結構厳しいから逆に不安です。……レンさんは、きょうだいとかいるんですか?」
レンは夕日に視線を向けたまま、
「いるわよ。あなたよりも年上の妹が一人」
「レンさんの妹……。会ってみたいです」
「ふふっ。妹も、あなたと同じくらい強いのよ。良いライバルになるかもね」
すでに、シャルはレンの実力を追い越していた。それどころか、氷花騎士団の中でもトップクラスの実力者となっていたのだ。
シャルは、《レンの妹》というワードに惹かれ、思いを馳せていた。風に揺れる金の髪を押さえつけながら、陽気な笑顔を浮かべている。
「どんな感じなんだろう」
「シャルちゃんは、少し妹に似てるのよね。髪の色も同じだし、同じ雷魔法を使うし。まるで本当の姉妹みたい」
「妹さん、名前はなんていうんですか?」
レンはシャルの頭に手を置いた。レンは、たまにこうして頭を撫でてくれる。なにか上手くいった時も、失敗した時も同じように撫でてくれるのだ。
これはレンの癖なのだろう。
にっこりと笑うレン。その笑顔は、夕焼けにも負けていない。
「――妹はね、《フランベール》っていうの。あなたと、仲良くできると思うわ!」
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