第100話 《幼女、砂の町へ》


「到ー着っ!」


 とイブキが両手を上げた。まるで、フルマラソンを完走した選手のようだ。


 ――サーバの町は、赤い砂に覆われた奇妙な町だ。

 立ち並ぶ石造りの家々。布を屋根代わりにした露店の商品には砂が積もり、道行く人々は口元をバンダナらしきもので覆っている。 

 しかし、そんな環境でありながらも活気に満ち溢れていた。


「さあさあ、砂が積もる前に買っておくれよ!」

 

 と野菜を売る女性が手を叩き、


「カバカラの雄、一頭で十万だよ!!」


 と、ラクダのような生き物を従えた男が群衆の前で声を張り上げる。見れば、同じような生き物に跨った人々が何人もいる。

 その、カバカラ? という生き物は、あっちの世界でいうラクダによく似ていた。しかし、頭には角があり、背中にはコブの代わりに小さな翼が生えている。……あと、なぜか舌をだらんと垂らし、やる気のない顔をしていた。


「……かわいいですね」


 とシャルが口元を袖で抑えながら呟いた。イブキは「はぁ?」と呆れた顔をしてしまう。


「本気で言ってるの?」


「もちろんイブキさんには敵いませんよ。私の中では、イブキさんが一番です。ヤキモチ焼かないでください」


「真顔でなだめようとするのやめて……」


 肩を落とすイブキ。そんなイブキの反応を笑いながら、テトが先導する。


「この先に、安くて良いホテルがあるのよ」


「この町のことは覚えてるんだ?」


 テトは、イブキたちが目指しているでの出来事を忘れている。どこからどこまで記憶をなくしているのか気になったのだ。

 イブキの問いに、テトは歩きながら答える。


「サンドゲートを抜けて、さらに進んだ先……海が見える場所まで行ったのは覚えているんだけどね」


「海? 海水浴でもしに行ったの?」


「そんなわけないでしょ、バカ。泳げないのに」


 イブキはわざとらしくため息をつく。


「あーあ。テトが覚えてくれていたらなぁ」


「あんたが覚えていれば済んだ話でしょ」


「仕方ねーじゃん! わたしがこっちの世界にくる前の話なんだから!」


「でも、《災禍の魔女》は存在していたんでしょ? ……あんたが忘れてるだけじゃない? 本当はコノアって名前で、イブキってのは偽名なのかも。あんたが言う、あっちの世界ってのも、ただの夢で、記憶が混乱してるだけかもよ」


 イブキは目をぱちくりとさせた。そんな風に考えたことはなかった。腕を組み、幼女姿に似合わない顔で、うーんと唸っている。


「だとしたら、わたしはこっちの世界出身ってこと……? でも、家族のことも覚えているし、社畜時代も……」


 考えれば考えるほど、複雑に絡み合っていく。どんどん、どんどん、深みへハマっていく。まるで泥沼に思考を引きずり込まれていくようだ。

 そんなイブキを見かねて、シャルが手を打ち合わせた。


「それを確かめるために、私たちは旅をしてるんです。考えていたって、答えはでないですよ」


 テトも、まあねと肯定する。


「シャルさんの言うとおり。どうであれ、あんたがおチビの魔女に変わりはないんだから」


 イブキは最後に唸った後、頭の中をリセットするように息を吐いた。


(確かに。いま考えても仕方ねーかぁ……)


 それから納得したように、自分で「うんうん」と頷くのだった。


  少し歩いたところで――。


 テトの言うホテルへと到着した。砂漠へ続く道の手前……巨大な石造りの建造物がそうだった。

 他の建物は1階建てなのに対し、このホテルだけは2階建てだ。白い外壁にはところどころに花や植物が描かれており、一定の間隔を空けてランプも取り付けられていた。

 広い玄関口は開放されており、中と外を隔てるのは吊るされた一枚の布だけだ。中へ入ると、外との温度差にびっくりしてしまう。かなり涼しい。氷魔法を使って、うんたらかんたら、なのだそうだ。イブキにはさっぱりわからなかったが、二人は納得していた。


 部屋は一人専用となっていたため、3つ部屋をとった。小さな部屋で、壁も床も天井も石だが、シャワーがある。ふかふかのベッドがあり、あとは椅子とテーブルがあるだけだった。

 質素な作りだが、どこか落ち着く。扉はしっかり木でできていて開閉もできるし、まったく不便はない。


「ふう……」


 イブキはローブを脱ぎ、椅子へと腰掛けた。


 こんな風に、いろんな世界を見て回れるなんて、とても楽しい。この世界は綺麗だ。社畜時代は世界が小さく、暗く見えたものだが、今は真逆だ。


「シャワー浴びよ……」


 服も着替えたいところだ。着替えは……テトが持っているんだった。


 すると、扉が開いてテトがやってきた。


「イブキ、シャルさんが呼んでるわよ」


「シャルが? 次の日まで自由行動じゃなかったのかよぅ」


 シャワーも浴びて、町を見て回りたかったのに、と呟く。しかし、テトは真剣な表情を構えていた。


「いいから来なさい。……《赤雷の魔女》フランベールのことについて、教えてくれるってさ――」




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