第76話 《追憶》
イブキは、何度目かわからないドロシーの攻撃を魔術で防いでいた。
ドロシーが、炎魔法、《メテオ・フレア》により巨大な火球を放ってくると、イブキは手を振り払って魔法を掻き消す。と、消し去った火球の陰から風の刃が向かってきていた。これには魔術も間に合わず、イブキは肩をわずかに切り裂かれた。
(くそっ、ヨユーな顔しやがって……!)
ドロシーは、城の屋根に立ったまま、手を動かすだけで全ての属性魔法を操っていた。赤と青の瞳が闇夜の中で不気味に輝き、ただじっとイブキを見下ろしている。
「もう終わりですか?」
可愛らしい顔つきに似合わない、大人びた口調でドロシーが訊いてくる。イブキはローブの袖を捲くりあげながら、「ふん」と鼻を鳴らす。
「あなたこそ、これで終わり?」
「ふふっ。負けん気の強さは相変わらずですね」
やはり、ドロシーはイブキがやってくる前の《災禍の魔女》を知っているのだ。
イブキは眉根を寄せ、唸るように言う。
「《災禍の魔女》のこと、教えてよ。あなたと、知り合いだったの?」
「ボクを倒して、聞き出すんじゃなかったんですか?」
「もちろんよ」
イブキが自信満々に答えると、ドロシーの周りに光の玉が点々と浮かび上がり始めた。イブキが手を前にし、ぐっと拳を握る。
すると、光の玉がバチッという音ともに弾け、閃光を放った。凝縮させた魔力を爆発させたのだ。爆発は連鎖して起きている。城の屋根は衝撃で砕けたが、爆発が収まるとそこにドロシーの姿はなかった。
「ここですよ」
探す間もなく、ドロシーの声が聞こえてくる。ドロシーは、城奥にある塔の上に立っていた。さっきまで、国王が立っていた場所だ。
ドロシーが指先を宙へ這わせる。すると、塔の手すりの陰から男の悲鳴が聞こえた。
そこから、国王が姿を現した。だが、自分の意思で現れたのではない。ドロシーの風魔法により宙へ浮かばされ、指先の通りに操られているだけだった。
「ぐっ、放せ!! もう私は関係ないだろう!!」
宙へ浮かび、体の自由が効かないまま、国王の体はドロシーの正面までやってきた。わざと宙吊り状態にされている。
イブキが展開しているバリアの外にいる住民たちが、息を飲んだ。
「なに言ってるんですかー? まだ関係ありますよ、王様」
王様、の部分をわざと強調し、ドロシーが軽い口調で紡ぐ。
国王は思いを吐き出すように、
「お前を、《災禍の魔女》に会わせただろ! 約束は守ったはずだ!!」
国王が絞り出した言葉に、イブキは二人のやりとりを見上げたまま呆然としていた。
まるで、二人は事前になにかを打ち合わせしていたかのようだ。おそらく、国王は利用されたのだろう。この《星火祭》は、仕組まれていたのだ。
イブキは国王と目があった。
「《星火祭》の招待状……わたしに送ったのは、そういうことですか?」
「こ、こいつに、そうするように言われたんだ」
「じゃあ、二日目の時、どうしてわたしたちクリア者を疑ったんですか? 犯人はそいつだって、知っていたんですよね」
「知っていても、言えるわけがないだろう!! 国王である私が、《紅血の魔女》と繋がっていただなんて、民の前で口が裂けても言えるものか!! 《災禍の魔女》と会わせたら、私の命だけは助けてくれると……」
宙吊り状態のまま、国王は言葉を飲んだ。目を見開き、バリアの外にいる住民たちに気がついたのだ。
もちろん、先程の言葉は住民たちへ届いている。みんなは、口々に国王へ罵倒を浴びせていた。
ドロシーは、その様子を楽しそうに眺め、妖美に微笑む。
「あーあ。バレちゃいましたね。《星火祭》を中止してまで、隠そうとしてたのに」
「うるさい!! そもそも、お前が二日目に手を出したのが悪いんだ!!」
「最終日まで我慢できなかったんですもん。まあ、でも」
テトが言葉を切って、指を振り下ろす。すると、国王の首元が突然切り裂かれ、大量の血を撒き散らした。
「――まあでも、本来の目的は、あなたですから」
そういってイブキへ赤と青の瞳を向けてくる。イブキは目を見開き、国王がもがき、絶命する瞬間まで視線をそらせなかった。
国王の体が地面へと落ちる。
直後、イブキは再び頭痛に襲われた。
(頭が……ッ)
頭が割れるように痛い。頭の奥で、知らない記憶が弾ける――。
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