第65話 《2日目 魔法サバイバル ④》


 イブキは魔力を辺り一面に展開する。グライファルトは怪訝そうに眺めていたが、様子見とばかりに土魔法を使ってきた。


 グライファルトの手の平から、石礫が放たれる。……が、それはイブキへ到達する前に泥となって地面へと落ちた。


「魔法の無効化、か?」


 グライファルトが一瞬の思考で、答えを導き出す。

 辺りに満ちた魔力。それは、グライファルトの土魔法を無効化するためのものだ。土魔法が触れたら、全部泥にするように魔術を放ったのだ。    


 イブキが手をそっと上げると、首元のタトゥーがより一層真紅の輝きを放つ。


 降り続けていた雪が、時間でも止まったかのように空中で静止した。雪の結晶は溶けることもせずにその場に留まっている。異様な光景だ。


 空気がピンと張り詰める。周囲に展開していた魔力も、びりびりと震え始めた。


 直後。


 イブキが手を振り下ろすと、グライファルトの真下の地面が、クッキーみたいに簡単に地割れを起こした。


「ぬ……!」


 こればかりは、予想外だったのだろう。グライファルトはバランスを崩して、地割れの中へと落ちていく。


 グライファルトが土魔法を展開して脱出を試みる。が、イブキの魔術のせいで上手く土魔法を発動できていない。  


 イブキは、グライファルトが元いた位置まで行くと、割れた地面の中を見下ろした。


 グライファルトが壁の突起に手をかけなんとか耐えている。自信満々に見下ろすイブキが、なにを求めているのか彼は瞬時に悟った。


「……わかった、降参だ」


 魔術の限界が全く見えない。イブキですら、混乱していた。現実的な想像なんて、やはり関係ない。想像は自由に。後は、イブキの命令通りに世界が動く。


「ふ、ふん」


 動揺を悟られないようにわざと悪態をついて、土魔法無力化の魔術を解く。と、グライファルトは土魔法を器用に扱い、難なく這い上がってきた。


「これが《災禍の魔女》よ。ほら、早く出しなさい」


 イブキは手の平を差し出す。魔法水晶のことだ。

 グライファルトがさっき手に入れた魔法水晶を合わせると、これで3つ揃うはずだ。

 あとは、ゴール地点へ向かうだけでいい。


「ふっ。流石、古代の力だな。勝てるわけがない」


 グライファルトは冷静に呟き、魔法水晶を2つ渡してきた。魔法水晶を奪われても、まだ終わりではない。まだチャンスがあると、彼はわかっているのだ。


(わたしも、ゴール地点へ向かうまで気をつけなけいと)


 さっそくその場を離れようとするイブキを、グライファルトが呼び止める。


「《災禍の魔女》、君は一体なにものなんだ? なぜ、魔術を使える?」


「知らない。過去の記憶が無くて」


 守戸唯吹もりといぶきとしての記憶はある。が、《災禍の魔女》としての記憶は無いのだから、本当のことだ。


「記憶が無い?」


「ええ。ちょっと、色々あってね」


 そこは誤魔化すしか無いだろう。イブキは視線を外す。


「なるほどな。両親のことも覚えていないのか?」


「両親……」


 イブキの脳裏に浮かぶのは、あっちの世界でのことばかりだ。


(そっか。《災禍の魔女》にも、家族はいるはずよね……)


 こっちの世界に転生したは良いものの、この体について、そんな風に考えたことは無かった。いずれ、イブキが転生する前の《災禍の魔女》を知る人物とも出会えるかもしれない。


 正直、怖い。どんなことになるか、想像できたもんじゃない。


「……今は思い出せない。けれど、記憶を無くした後も、色々な人に出会えたから。わたしには、この時間だけが全てよ」


 最後にそう答え、イブキはその場を後にする。グライファルトは、それ以上呼び止めようとはしなかった。


 夜空からは月光と雪が降り続けている。イブキは地図に記されたゴール地点へ向けて、勘を頼りに進んでいくのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る